第5話
お茶会が始まった。
不思議なことに、参加者たちは誰もカミルに求婚することはなかった。
役人の青年は、
「草姫様とお茶を飲めるなんて光栄です」
と、穏やかに告げる。
彼はカミルに役人ならではの裏話や、税率計算の早覚えを教えてくれた。
踊り子の女性は、歌を披露してくれる。露出は少なく、異国の面白い話をしてカミルを大いに楽しませた。
黒髪の王子は、カミルに正しい礼儀作法を見せてくれる。美しさにこだわる彼は、他者に不快感を与えないよう考える、思慮深い人だった。
花屋の青年はカミルのためにと、草の髪に小さな花を差し込んで、
「草姫様に似合うと思っていたんです……」
恥ずかしそうに告げたその顔には反面、自信が現れていた。彼は花のことなら何でも知っていて、カミルにいろいろ教えてくれたのだった。
剣の戦いで勝ったウルリケとも、お茶会をした。
「えと、大変だったね、ウルリケ」
「いえ」
「立ったままだと、お仕事みたいだよ」
「は……。では、失礼して」
会釈して椅子に座るのだが、ウルリケは椅子に浅く座って、辺りを警戒する。
カミルは苦笑した。
「大丈夫だよ。ここはお客様用のお庭だし、離れているけれど護衛たちが見張ってるもの」
その配置を命じたのはウルリケのはずである。そのことをやんわり告げると、ウルリケは表情を少しだけ柔らかくした。
「さようでございますね」
「うん」
しばらくは沈黙が続いた。
次に口を開いたのはウルリケだった。
「御髪の、白い花が可愛らしいですね」
「前の人が付けてくれたんだよ」
「そうですか。……申し訳ありません。献上品を持参せずにお茶会へ参加するなど」
「あ、違うの。そうじゃないからね?」
「ですが」
「ちょっとした、プレゼントなんだよ」
カミルは花屋の青年だけでなく、他の者たちとのやり取りを話して聞かせた。
ウルリケは頷きながら聞き終えると、口を引き結んだ。
「どうしたの?」
「……わたしには、カミル様に差し上げられるものがないと、思ったのです」
「え?」
「それぞれが素晴らしいものをカミル様に献上しております」
「あ、だから、それは違う――」
「いえ。カミル様。カミル様には素晴らしいものが献上されたのです」
ウルリケの言うことに、カミルもなんとなく気付いた。
そうだねと頷いて、ゆっくりウルリケを見つめる。
ウルリケがまっすぐにカミルを見ていた。
「わたしは。わたしはすでに、あなた様に命を捧げております」
「……うん」
「この腕、体ごとカミル様のものです」
「騎士の誓いだったね」
カミルの騎士となった者たちが、王の前で宣言する。この腕、命と共に捧げます、と。
当時を思い出して、カミルは少し寂しく感じた。
何故だろう。
どうして、胸がチクチクするのか。
カミルは眉を寄せ、不安げにウルリケを見た。
ウルリケが、目を細め、息を吸い込んだ。
「……カミル様」
「うん」
「わたしが他に捧げられるものは、ひとつしかありません」
「なんだろう?」
思いつかない。
カミルは小首を傾げつつ、ウルリケの次の言葉を待った。
ウルリケは真剣な顔で告げた。
「わたしは、カミル様に心を捧げます」
「……心?」
「はい」
「ええと、尊敬だとか?」
口にしたカミルだったが、尊敬されるようなことはしていないと頭の中で否定する。
すると、ウルリケもまた否定した。
「いえ、違います」
「あ、違うの。うん、違うよね」
「ああ、いえ、そうではなく!」
珍しくウルリケが慌てた。立ち上がり、違いますよ、と手を振る。それから息を吸って、ゆっくりと礼儀正しく椅子に座り直した。
それから、またカミルを真っ直ぐに見た。今度は、目元が赤かった。珍しいこともあるものだと、カミルは思った。
ウルリケが感情めいたものを見せることは滅多にない。
カミルに危険が及んだ時以外には――最近は笑顔も増えた気がするが――。
「カミル様。わたしはカミル様に、心を、つまり――」
胸に手を当てて、ウルリケは続けた。
「愛を捧げます」
「……愛?」
「はい」
「ウルリケの、愛」
「はい」
「……でも、あの」
「分かっております。わたしなど身分違いも甚だしい。おこがましいことは承知しております。ただ、この心を捧げたいのです。他の方々からも求婚されていらっしゃるでしょう。わたしはそのうちの一人に過ぎません。お気にされませぬよう願います」
ただ伝えたかったのだと、ウルリケは言った。
しかしカミルは。
愛と聞いて、気付いてしまった。
カミルのこれは、胸をおかしくさせるものは。
「……ウルリケはわたしの真実を知らないから、愛を告げるのです」
「存じ上げております」
「……わたしは、女の格好をしていますが、男です」
「護衛ですので承知しております」
「街に出て知りました。男は男の格好をしています。強くて頼もしい。ひらひらしたドレスは着ませんし、可愛らしいものを愛でたりもしません」
「大抵はそうかもしれません」
「女の子の格好をして、髪には草が生え、弱くて頼もしくもないです」
「お可愛らしく、髪は緑がかった美しい金色、弱いのではなくお優しい心をお持ちです」
「で、でも。わたしでは、男としてあなたをお守りすることはできません」
「構いません。わたしがカミル様をお守りすると誓ったのですから」
「こんなわたしでも、良いのですか?」
「それを申し上げますなら、わたしの方でございます。今までのお話を聞いておりますと、もしや期待してもいいのでしょうか」
「だって……」
カミルは泣きそうな顔で、ウルリケを見た。
ウルリケは笑顔になった。
「期待しますよ? わたしの両親は、このような娘は嫁になど行けないだろうと匙を投げておりました。騎士になるなら勝手にしろと、諦めていたのです」
「どうして。ウルリケほど良い人はいないよ」
「カミル様ほど、素晴らしい方はおりませんね」
返された言葉に、カミルはふふっと笑った。
「……カミル様。わたしと、結婚を前提にお付き合いいただけますか?」
「はい」
すぐに返事をしたものだから、ウルリケは目を丸くして、それから笑った。
凛々しい顔付きは、笑うと女性らしい柔らかさが見えていた。
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