第4話




 特設広場の熱気はすごく、王族専用の観覧席にいたカミルは少しだけ頭痛を覚える。

「特別参加も増えてるようですよ」

「ふるいにかけるウルリケも張り切っていますね」

 とは弟たちだ。幼い妹は侍女に抱かれてお祭りの意味を知らずに楽しんでいる。

 カミルは弟を見た。

 彼等も楽しそうだけれど、どこか視線は厳しい。

「安心してください。ウルリケに頼んでます」

「それぞれの担当者にも厳しく審査するよう、僕らが命じましたから」

「う、うん。そうなの? ありがとう」

 自国の、城下に住む者なら飛び入り参加も許されているらしいが、さすがに誰でもというわけにはいかない。だから事前に調査がてら、ふるい落している。ウルリケは剣の担当で、参加者を弾き飛ばしていた。

 会場の端を使っているため、カミルの視線はそちらに向いている。

 だから、頭が痛いのだろう。少し傾けすぎたに違いない。

 そう考え、カミルは視線を満遍なく向けることにした。


 広場での予備戦が終わると、次は勝ち上がり戦である。

 一番人気のある剣の戦いは後回しとなり、知の戦いから始まった。

 これは静かなものになるだろうと誰もが思っていたが、司会者が盛り上げようと実況を拡声器で伝えてくれる。そのため、会場にいた人々も楽しみ始めた。

 たとえば、商店でたくさんの買い物をしました、その合計は? という問題。

 読み上げた本の内容をどこまで暗記できたかなど、説明しながら進んでいく。

 勝ち上がるにつれ問題は難しくなり、最終的には観覧していた人々も問題は分からないなりにやんやの喝采だ。

 カミルだって分からなかった。難しい税率の計算を、早押しで答えるだなんて!

 勝ち残ったのは自国の下級貴族で役人をしている青年だった。


 歌の戦いでは、砂の国からやって来た踊り子が勝った。美しい女性で、露出の多い格好をしていた。しかし、その見た目で選ばれたのではない。

 この国の吟遊詩人とは違った、不思議な抑揚の声に人々は惹かれたのだ。

 また、ただ歌うだけの吟遊詩人と違って、くるくると舞い踊る姿も素晴らしかった。

 歌の場合は会場の拍手で決まり、彼女は満場一致で優勝した。


 美の戦いもまた、会場の拍手で決まるのだが、これは難航した。

 なにしろ、美に対する思いは人によって違う。

 何を持って美しいとするのか。とても難しい戦いだった。

 ある者は筋肉を自慢した。ある者は胸の美しさを強調した。ある者は瞳の美しさを。またある者は黄金色の髪。それぞれに美しいと思う部分を、惜しげもなく披露した。

 選ばれたのは、隣国の末の王子だった。

 彼は艶やかな黒髪に、銀色の鎧を纏い、優雅に演舞を見せてくれた。

 この国にはないキリリとした顔付きが、会場にいた者たちの心を掴んだ。


 優の戦いは、質問に答えていくというものだった。

 こういう場合はどうするのか。その時どう対応するのか。

 たとえば、こうだ。

「馬車通りでおじいさんが倒れてしまいました。通りの向こうからは貴族の馬車が来ています。あなたはどうしますか」

 優とは、優しさ、優れた心のこと。

 皆が滔々と高らかに答えていく。おじいさんを急いで抱き起こし、貴族の馬車を妨げないように頭を下げる。あるいは、自分は貴族だからと手を挙げ馬車を停め、従者たちにおじいさんを助けさせると答えた。

 けれど、合否を決める教会の長が選んだのは、とつとつと語った花屋の青年だった。

 彼はこう答えた。

「売っている、花を、舞い上がらせます。御者は、遠目でも、気付くはず、です……。花なら危険じゃない、と分かるけど、御者は念のために馬車をゆっくり走らせます。その間におじいさんを、引っ張り、ます」

 売り物の花が無駄になってもいいのかと質問された彼は、命の方が大事だからと答えた。

 他の者は突っ込まれると、しどろもどろになって答えはあやふやだった。けれど、花屋の青年だけはどの質問も一貫して誠実であり、命を一番に考えていた。

 残った青年を見て、会場の人々は「花屋の男が勝った!」と拍手喝采だった。



 最後に剣の戦いが始まった。

 勝ち抜き戦なのだが、予選を勝ち抜いてきた参加者が奇数だ。

 すると、司会者が広場の入口を指差した。

「人数合わせのために、最後のふるい落しを担当していた我が国の騎士ウルリケを参加させます」

 会場が途端に沸いた。カミルの街歩きに付き合わせていたため、ウルリケも人々に顔を覚えられていた。

 それ以前から、ウルリケは騎士の間で人気があったが、どうやら街の人々にも大いに顔が売れてしまったようだ。

 カミルは思わず立ち上がりそうになった。

 それを止めたのは両隣の弟たちだ。

「まあ、見ていましょう」

「どうなるか楽しみです」

「う、うん……」

 連日のふるい落としで疲れているのではないか。危険はないのだろうか。もし、怪我をしたら。

 カミルは不安になりながら、ウルリケを見つめた。

 そうすると、ウルリケがチラとこちらを見たような気がした。

 カミルは両手をぎゅうと握って、見守った。


 司会が、声を張る。

「皆様、本気で戦ってください。良いですか? 無様な姿を、草姫様の前でさらしませんよう、願います」

 それを聞いた他国の王子はいきり立った。

「俺が無様な姿をさらすものか!」

 すると、次から次へと宣言する者が出る。

「そうだ。僕だって、腕は剣豪と呼ばれる師匠を越えた」

「わはは! 俺様がみっともないことをするものか!」

「この者ども全員を蹴散らしてくれようぞ!」

 皆がギラギラと見上げてくる。カミルは怖くなって、震えてしまった。

 そして思わず視線を逸らした。

 右へ左へうろうろする視線は、やがてあるところで止まった。

 ウルリケだ。

 ウルリケはカミルと目が合うや、すっと軽く会釈して、それから強い視線のままに微笑んだ。

 カミルの胸がドクンと音を立てた。

 危ない時、背中から抱き留めてくれたことを思い出す。

 剣の練習では、鈍くさいカミルを決して莫迦にすることなく、真面目に指導してくれた。乗馬もカミルに合わせたペースで教えてくれる。

 とても優しいが、時に苛烈でもあった。ならず者を打ち倒した時、護衛の役を勝ち取った時。

 今のウルリケは、カミルの騎士になると宣言した、あの時と同じだ。

 必ず守ってみせますと宣言してくれた、あの時の。

 カミルは知らず知らずのうちに、ウルリケを応援した。


 一人抜き、二人抜き、やがて決勝戦になった。

 体力は保つのだろうか。

 心配と不安が押し寄せてくる中、とうとう始まった。

 いつしか、会場はシンとしてしまい、皆が息を呑んで見守った。

 疲れてきているのは、カミルにも分かった。両者とも体力は失われている。けれども、ウルリケの方がより不利だ。

 汗を拭いもせずに、時折、目を細めている。じりじりとしたやり取りの中、隙を突こうとしたのは隣国の王子だった。足で小さな石ころを蹴り上げたのだ。

 あっ、と叫んで立ち上がったカミルは、そのままの格好で時間を止めた。

 ウルリケは石ころには怯まずに、そのまま相手の懐に入り込んで剣を横に振った。

 相手の剣もウルリケに当たったが、致命傷となるのは相手の方だったようだ。

 ゆっくりと倒れて、司会が十数えても起き上がれなかったので、勝者はウルリケとなった。


 カミルは立ったまま、涙を流してウルリケを見ていた。

「良かった……」

 刃は潰している。だから死んだりはしない。分かっていても、カミルは心配でたまらなかったのだ。

 安堵の涙は、会場にいた人の目にも伝染したようだった。

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