第3話




 城下に一度行けば、また行きたくなる。

 カミルは両親に頼み込み、月に二度、城下へ遊びに行くようになった。

 そのうち、街の者もカミルが草姫だと気付いたらしいが、温かく見守ってくれた。

 皆、楽しそうに街を見て回るカミルをすっかり好きになったのだ。

 もちろん、長い間待ち焦がれていた王と妃の子ということで、愛されていた。けれど、「草姫の天真爛漫で愛らしい姿」に皆は惹きつけられたのだ。



 その日も、カミルは街娘姿で通りを歩いていた。

 帽子も街で買った麦わらの可愛いもので、まとめていない草混じりの髪がそよいでいる。

 遠目には緑がかった金髪に見え、近付けばクルクルと跳ねる蔓草の美しさが人々の目を楽しませた。

「草姫様、ごきげんよう。今日の御髪も輝いてますね」

「今日は黄色いドレスなんですね」

「きゃ~草姫様! 本日もお綺麗です!!」

 声を掛けられると、カミルはにこりと微笑んで返す。すると皆が益々喜んでくれるので、嬉しくなるのだった。


 カミルは散歩を楽しみながら、いつもとは違う道に入った。

 道順を変えるのはたまにあることだ。

 そして、よほどのことがなければ騎士たちはカミルの足を止めたりしない。王城のお膝元である街に、危険な場所などあるはずもない。

 カミルが街歩きを始めて以降は警邏も増えた。

 安全な街歩きだった。


 ところが、ある住宅街の細い通路で、事件が起きた。

 突然、身なりの悪い男たちが現れたのだ。

「あの娘だ」

 ナイフの切っ先をこちらへ向けて言うことからも、端からカミルを狙っていたと思われる。

 ゾッとしてカミルが後退ったら、ウルリケが背中から優しく抱き留めた。

「ウルリケ……」

「大丈夫です。お任せ下さい。お前たち、日頃の成果を示せ」

「はっ」

 数人が細い路地を走って向かう。相手も同じく向かってきたが、一部は石塀の上へ飛び上がってやって来る。

 後方からもガヤガヤと聞こえ、カミルが振り向くとそちらにも仲間と思しき男たちがいた。

 カミルは怖くなって身を縮めたが、ふと見上げたウルリケは笑顔だった。

「こ、怖くないの?」

「いいえ。この程度の者など、全く怖くもありません」

 すごい。カミルはウルリケの爛々とする瞳に惹き寄せられた。その横顔は強く美しい。

「決して、カミル様に触れさせたりなどしません。お任せください」

「うん。あの、頑張って」

 応援すると、その時だけウルリケはカミルを見た。そして、にこりと笑う。

 その時の笑顔は、カミルの時間を止めたようだった。




 男たちは隣国で雇われた、ならず者ばかりだった。

 リーダーを問い詰めると、ある人物が頼んだことが判明した。調査の結果、その国の王子が手を回したことが判明した。

「わたしに、求婚するつもりで?」

 調査の結果を報告に来た大臣は、そのようですねと呆れた声だ。王や妃、弟たちが憤慨する。

「なんということを」

「ひどい!」

「最低だよ!」

 大臣も同意し、更に続けた。

「誘拐されたところで、颯爽と助ける心づもりだったようですね」

「そんなことをしても……」

 カミルが戸惑うように告げると、大臣が返した。

「草姫様が、近隣諸国の王子方のどなた様とも婚約しないことで、強引な手に出たようでございますね」

「困ったものだ。カミルには自ら選んだ相手と結婚させると内外に発しておるというのに」

「そうですわね」

 王と妃が言う。大臣は何度も頷きながら、王に返答する。

「それもこれも草姫様がお美しくお育ちになられたからです。気立ても良いとなれば、争奪戦が起こるのも分かる気がします」

 しかし、カミルは誰とも婚約はできない。

 何故なら。

「それを許すわけにはいくまい。よいか。カミルが自身で見付けるのだぞ」

 王がこう言っているのだ。王の言葉は絶対である。カミルも父の言うことに従うつもりだが、はてさて、どう見付けたらよいのか。

 カミルの表情を見て取ったのだろう。大臣が手を挙げ、提案を口にした。

「陛下。そのことでございますが、どうせなら争奪戦を実際にやってみてはいかがでしょうか」

「ふむ?」

「各国にお触れを出すのです。草姫様と親しくお話ができる機会を与えると。どなたでも構わない。ただし勝ち抜き戦で這い上がってきた者だけ。一名では草姫様もお困りになるでしょうから、上位五名に絞るのです」

「ふうむ。だがしかし、その中から選ぶというのは――」

「もちろん、選ばなくても結構です。あくまでもお話をする機会、でございます。そこで信頼を勝ち取ればよろしいのです。また、これは草姫様のためにもなります」

 王が片眉を上げる。大臣の話の続きを待つようだ。

 大臣はコホンと咳払いして続けた。

「これを機に、草姫様もお相手を見付けるきっかけになれば良いかと」

「……それもそうだな」

「あなた」

「妃や。案じてばかりではいかぬ。どうであろう、大臣の申すことも一理ある」

「……そうですわね。ですが、争奪戦というのは、争いごとでは? むくつけき者ばかりとなれば、どうなされるのです」

「むろん、考えておる。上位五名と申したな、大臣」

「はい」

 では、こうすればいいのだと王が口にしたのは――。


 剣の戦い、知の戦い、歌の戦い、美の戦い、優の戦い。

 それぞれの頂上に立った者が、草姫とのお茶会の権利を得る、というものだった。






 近隣諸国の王族は大騒ぎとなった。

 当然、自国の貴族もである。いや、貴族だけではない。広く内外に知らせた内容は「身分問わず」だったから、誰もが夢を見た。

 時間が経つと冷静になって参加を控える者もいたが、我こそはと思う者は地元での勝ち抜き戦に参加した。

 やがて、城下にある特設広場にて大会が行われることになった。


 街は連日お祭り騒ぎだ。

 ここに至るまでの地方でも、すでにお祭り騒ぎであった。

 けれど最後の段階、つまり「草姫の前で勝ち抜く」という大会はそんなものではない。

 人々の興奮は最高潮に達していた。

 街には人が増え、物が売れた。商売も増えた。宿屋はてんやわんや。誰もが喜び楽しんだ。

 街は「草姫さまさま」だと口々に称えた。

 当の本人は、微妙である。

 勝ち抜いた五人と、お茶会を繰り返して仲良くならねばならない。

 誰も強制だとは言っていないが、これだけ盛り上がっているのに、選ばないというのは許されるのだろうか。

 王と妃は好きにしなさいと告げたが、カミルは不安な気持ちのままだった。

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