第2話




 王子として生まれたカミルは、当初金髪であった。

 しかし、魔女の祝福を刻まれた時に何やら変化が起こったらしい。カミルの髪はうっすら緑がかったものとなり、しかも細い蔓草のようなものが混ざっている。

 頭から草が生えている子供。ましてや、可愛らしい容姿。

 女の子の格好で育てられたカミルは、いつしか「草姫」と呼ばれるようになった。


 幼い頃からそうなので、カミルは気にしていない。

 たまに他国の大使に見付かると驚かれるが、滅多にないことだ。

 カミルは大事に育てられたので、ひょっとすると「箱入り」かもしれないと、最近気付き始めたところだった。

 箱入りなんて嫌だなと思うようになったカミルは、そろそろ反抗期がやって来ていた。



 サラサラと揺れる薄い生地に身を包み、カミルは薔薇園に佇んでいた。

「カミル様、危険でございますから我等を撒こうとなさらないでください」

 そう言われるとカミルは余計に拗ねてしまった。

 座り込み、薔薇の根本をじいっと見つめる。

御髪おぐしが乱れておりますよ。どこを通られたのですか」

 さりげなく手が伸ばされて、軽く直される。カミルは益々俯いた。梳き上げられたために見える耳が少しだけ赤い。

 カミルの世話役兼護衛筆頭はウルリケといい、若いのに国でも一二を争う剣技の持ち主だ。

 赤髪の凛々しい騎士姿は、城内でも人気がある。

「この間からどうされたのですか」

「……わたしも、城下へ行ってみたい」

 蝶よ花よと育てられたため、城の外へ出たことはない。

 カミルにとって、城の外は物語本で読んだ異世界なのだ。

 最近は冒険物語も読むようになり、憧れが強い。

 抜け道を探して通ろうとしたり、城下で問題なく過ごせるよう小銭を集めもした。服飾係に頼んで生地を分けてもらったので、庶民風の服だって自作したのだ。

 しかし、必ずウルリケに悟られる。

「カミル様が城下へなど、危険でございます」

「王都はそれほど危険なものなの?」

「ええ、それはもう!」

「父上の統治が良くないということ?」

 カミルの言葉に、ウルリケはハッとして口を閉じた。

「……いえ、そういう意味では」

「治安が良いと聞いてるよ。大使たちも、この国の素晴らしさを話していたもの」

「どの国の大使とお話をされたので?」

「アンガッシュとリミタルと――」

 指を折って話すと、ウルリケに止められた。それ以上はいいと、手で制す。

 眉間の皺が深くなり、怒っている。カミルはそっと視線を逸らした。

「大使方は、自国の王族とカミル様との婚姻関係を望んでおります。決してお近付きになられませんよう、お気をつけください」

 この国は魔女と親しくしているので、他国から興味を持たれているのだ。

「分かってるよ」

 下手に婚約などと言質を取られてはならない。そのことはカミルが一番よく分かっている。

 けれど、他国の者しか与えてくれない情報もあるのだ。


 たとえば、世の中の王子は女装をしない、など。




 カミルは幼い頃から可愛いものが好きだった。

 綺麗なものを見て、綺麗だと思える心を持っていた。

 母の着るドレスが好きだったし、母のように綺麗になりたいとも思った。

 同時に、父親の優しく頼もしい姿も好きだった。ただ、同じようになれると考えたことは一度もない。

 大事に愛され生きてきた。

 カミルはいつも笑っていたし、今も楽しく過ごしている。

 勉強は大変だけれど、将来はカミルが統治するのだと言われて頑張った。

 ただ、途中から勉強の内容は変わった。

 弟たちが生まれたのだ。

 五歳年下の弟たちは双子で、更に妹も生まれた。

 カミルは愛されたままだし、大事にもされていたが、一番ではなくなった。

 おかげで気楽になったとも言える。

 天真爛漫に育ったのはそうした理由もあった。適度に息抜きできたから。

 長子なのに、政治に必要な勉強は減ったけれど、それも自分の姿を見れば仕方ないなと思う。

 どうしても王になりたいわけではない。

 カミルには、がむしゃらに頑張って突き進む、というようなものが欠けていた。

 きっと、どこかおかしいのだ。

 外の情報を得るたびに、カミルはそうしたことに気付いていった。




 カミルは十六歳の誕生日のお祝いとして、両親に「城下へ行きたい」と願った。

 困った顔で笑っていた両親は、カミルのお願い攻撃に負けた。

「ウルリケ、頼んだぞ」

 カミルの騎士に頭を下げて頼むほど、両親の愛は深かった。

 ウルリケは王と妃に頼まれて、伸びていた背筋を更に仰け反るほどに伸ばし、返事をしていた。


 ようやく念願叶って、カミルは城下へ行くことになった。

 用意していた服は全て侍女たちに却下され、カミルは商人の娘が背伸びして着るようなワンピースを着せられた。

 見る者が見れば分かる品の良さに、カミルも侍女も気付くことはなかった。

 なにしろ侍女ときたら、良い家の娘ばかりだ。結婚していない娘も多く、世間のことに疎い。

 ウルリケたち護衛は少々困った顔で、カミルたちを見ていた。



 街へは馬車で行き、教会の裏手で降りた。

 騎士たちも着替えているが、護衛だと分かる格好だ。鎧は付けていないが、佩刀している。

 服装が変わっても彼等の立ち姿は立派だ。

 カミルは彼等を見ると内心で「格好良いなぁ」と思う。

 特にウルリケは飛び抜けている。

 赤髪の凛々しい姿に、憧れる者は多い。

 カミルもまた、ウルリケのことを好ましく思っていた。

 けれど、成り代わりたいと思うものではない。

 この気持ちが、ちょっと不思議だと最近考えている。

 時々、胸がドンドンと太鼓を叩かれたように苦しい時もあって、おかしいのだ。

 先日、母親に胸の内を明かしたら微笑むだけで、その日の晩ご飯は何故かとても豪華なものになっていた。


 カミルはドキドキワクワクしながら、街を歩き始めた。

 見るもの全てが新鮮で、楽しい。

 物語本で見た、石畳の道に、美しい公園。

 細い通路を覗くと、行き会う人々の生活感が見えた。小さい子たちが走り回り、母親は洗濯物を片手に叱りつける。かと思えば、男たちの荷運びの様子や、近況を語り合う楽しげな声。

 表通りのガラス越しの店は繁盛していたり、閑古鳥が鳴いていたり。

 見ているだけで楽しい。カミルは笑顔で歩き続けた。


 途中、疲れただろうと騎士たちが事前に調べていたらしい店へ寄った。

 庭があり、整えられた木々や花を眺めながら喉を潤すことができる。外のテーブルで、果実水を飲んでいると小鳥が飛んできて、カミルの頭に乗った。

 草の生えている髪の毛はまとめて帽子の中だ。小鳥たちは王城でもカミルを見付けると飛んでくる。草の髪をつんつんと引っ張るのが好きなのだ。

「王城に来る子たちかな? それとも街の子?」

 カミルが笑うと、小鳥たちはチチチと鳴いて、テーブルに降りた。ツンツンとカミルの指を挨拶するように突いてから飛んでいった。

「草姫様は動物にまで愛されておりますね」

 騎士の一人が言う。カミルは照れながら、そうかなと小首を傾げた。

 そうかなと言いつつ、カミルは愛されているという実感がある。およそ、嫌われるという経験がなかった。

 ただ、何故か、嫌われるということについてどんなことかは分かっていた。

 物語本を読むからだろう。カミルはそう思っていた。

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