草姫

小鳥屋エム

第1話




 とある国。

 とある場所にて、魔女が呟く。

「あたしを呼ばないなんて、ひどい男だこと」

 使い魔たちが続々と偵察してきた内容を報告する。魔女はひっひっひと笑い声を上げたり、ぶつぶつ呟いたりした。

 やがて、大きな溜息を吐いて立ち上がり、小さな家を出る。外は鬱蒼とした森だ。

 ここは有名な、誰も寄り付かないような暗くて深い森だった。

「さて。あたしもお祝いに行こうかね」

 おどろおどろしい笑みを見せ、魔女はついっと手を振った。鳥に変身したのだ。

 変身は魔女の得意技だった。

 大きな烏のような姿に変身した魔女は、使い魔たちを引き連れて森を出て行く。

 彼等が目指すのは、王城のとある場所。

 そこは、喜びに包まれた国の中で、最も祝福された場所。

 慶びを人々へ与えた場所だった。






 子供部屋には、多くの人が集まっていた。

 皆が笑顔だ。微笑みながら、顔を合わせては言祝ぐ。

 王は長く子供に恵まれなかった。妃と共に、いよいよ「次代の王は親族から選ぶしかない」そう考えていた。二人が諦めた直後に、子を授かったのである。

 この慶事に国中が喜び、誰もが祝福の声を上げた。

 そんな中、魔法による祝福を与えられる魔女たちが集まった。

 彼女らは以前から、他国とは違って魔法使いを大事にする王と妃に、感謝していた。

 だから、言祝ことほぎを子に刻むのは当然のことだった。


 魔女たちは次々とやって来て、生まれた子を覗き込み、微笑んだ。

「なんと可愛いことか」

「なんと健やかなことか」

「なんと賢そうな瞳であることか」

 それぞれがうっとりと口にした。残りの魔女も続ける。

「見よ、この白い肌」

「見よ、朗らかに笑む姿」

「見よ、金色に輝く美しい髪」

 そっと触れていく手は、上等な毛皮に触れる時よりも柔らかい。

 彼女らの眼差しは慈しみと幸せで占められていた。

 王も妃も、喜んだ。


 さあ、言祝を子に刻もう。

 魔女たちは告げる。

「この子には生涯、消えることのない美しさを刻もう」

「この子には生涯、健やかであれと刻もう」

「この子には生涯、賢くあるよう刻もう」

「この子には生涯、怪我など負わぬよう刻もう」

「この子には生涯、楽しく笑っていられるよう刻もう」

 それぞれの魔女が告げたので、最後の魔女が口を開こうとした。

 だが、邪魔が入った。


「お待ちよ。あたしを忘れちゃいないかね?」


 国の外れにある黒い森の魔女が立っていた。

 この国で一番強い魔女だった。

 しかし、王とは仲違いをしていた。

 まさか祝福しに来たとは! そう、誰もが驚いた。


「あたしからも言祝を子に刻ませてもらうよ」

「いや、それは――」

「断るというのかい? あんたは昔からそうだった。でも、これは魔女の仕事さ」


 黒い森の魔女はにやりと笑うと、告げた。


「この子には生涯、女として生きるよう刻もう」

「そ、そんな!!」

「嘘っ!! いやよ、止めてーっ!!」


 妃は衝撃のあまり、倒れてしまった。

 王はわなわなと身を震わせ、黒の森の魔女を見た。


「ふふふ。これが、あたしの復讐よ。エルンスト、あたしの可愛い弟」

「なんてことを!」

「あたしを呼ばなかったからよ。生涯、女として生きればいいわ」


 そう言うや、黒の森の魔女は使い魔を呼び寄せ、窓から飛んでいった。


 王はその場に膝をつき、項垂れてしまった。

 妃を介抱していた医師が慌てて駆けつけようとしたが、部屋に残っていた魔女たちが王を助けた。

「大丈夫。まだ、祝福は残っているわ」

「そうよ。安心して」

 口々に告げる言葉に、王だけでなく部屋にいた者たちが顔を上げた。

「わたしの祝福がまだ残っているのよ。わたしに、あの黒の森の魔女の呪いを解除することはできない。けれど、重ねがけすることはできる」

「おお、神よ!!」

 皆が希望に満ちた瞳で最後の魔女を見た。

 彼女は告げた。

「この子には生涯、本来の性である男として生きられるよう刻もう」


 ただし、姿形は女の子のまま過ごすようにと注意された。

 王は複雑な顔だ。

「仕方ありません。黒の森の魔女の呪いは、強い。でも大丈夫。体も心も男でいられるようにしました。ただ、女の子のように育つでしょうし、そうなければなりません」

「だが、今は可愛らしいが、この子は男だ。育ってしまえば……その……」

「ええ。ですから、この子が成人する十八歳までに、呪いを解くのです」

「それはどうやって!!」

 王の必死過ぎる形相に、魔女たちは顔を見合わせる。

 そして、揃って頷いた。

「最後の祝福を刻んだわたしの得意な魔法は、草木に関すること。わたしの力を帯びた王子は、草木に守られるでしょう。成人まで、呪いが成就しないよう守ります」

 残りの魔女たちが続きを口にした。

「わたしたちは王子への祝福を刻んでしまった。けれど、他の者へはまだ、刻んでいない」

「王子が成人するまでに、心から愛し愛される者を見付けたら」

「その者に解呪する力を与えましょう」

「けれど、無理矢理に決めてはいけません」

「この力には、本物の愛が必要なの」

 だから、誰もこのことは王子に告げてはいけない。

 王子が自ら見付けなくてはならないのだと、魔女たちは言った。


 王は愕然としつつも、頷いた。

 偉大な魔女たちが言うことだ。従うしかない。

 妃がようやく起き上がった。うっすらとした意識の中でも彼女はちゃんと聞いていた。

「陛下、大丈夫ですわ。わたくしたちが、王子を心から慈しみ愛していれば。きっと王子は人を愛することができるでしょう。素敵な相手を見付けてくるに違いありません」

「アンネリーゼ……」

 王は妃を抱き締め、泣いた。

 それは安堵だったのか。

 誰にも分からない。


 ただ彼は最後に皆へ告げた。


「王子へ今日のことを、決して話してはならない。また、わたしの兄のことを……いや、黒の森の魔女については口外を禁ずる」


 魔女を含めた全員が、一斉に頭を下げたのだった。

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