第31話 魔道書

「誠……」

 なんだか不気味な声が聞こえてくる。

「誠……」

 すぐ目の前に誰かがいるような。

 目を開けなくても夜だということはわかっている。こんな真夜中に布団から出るなんて……ぼくは思いっきり布団に絡まった。

「これ、誠! 起きんかい!」

「!!!」

 おじいちゃんの声で、ぼくは真夜中に起こされた。


「おじーちゃん、まだ夜中だよ、ぼく、眠いよ」

「老人は早起きなんじゃ、とにかく上着を着ろ」

 寝るとき用の上着を引っかけて、ぼくは一応懐中電灯を持って階段を下りる。ぺたり、ぺたりのスリッパの音がしたけど、夜のひんやりとした階段を素足で下りる気はなかった。


 おじいちゃんは部屋に入るとやっぱり、ゴソゴソと押し入れを開けて、何かを探してで…?

 なんだかずいぶん古い缶が出てきた。ところどころサビが浮いている。


「この中に入っているのが、ラグナスがうちに来た頃の、魔術書だ」

……なんてすぐ手の届くところにしまってあるんだ。これは「ひみつ」度が低い。


「錆びついたかの。どれ、開かなかったら新しい缶を買わなければなぁ」

 缶を抱えて、おじいちゃんは悪戦苦闘している。缶はどんなに角を引いても、叩いても開かない。

「困ったのー」


「ちょっと待っておれ」

 と言って、おじいちゃんはまた部屋から出て行った。

 和室の仏壇のおばあちゃんの写真に気がついて、手を合わせる。おばあちゃんもグラナスさんのお世話をしたんだろう。

 仏壇の上にはいくつかの位牌が並んでいる。黒光りした位牌は、ご先祖さまの霊を弔っている。この中に、グラナスさんと知り合った人がいるのか……。妙な気持ちだ。


「仏様に手を合わせるなんて、いい子じゃな」

 おじいちゃんが後ろに知らぬ間に来ていて、すごく驚いた。真夜中に暗いところから声をかける掛けられるなんて怖いよね?


 よく見ると、その後ろにはお父さんがいた。


「ふぁー。勘弁してくれよ、父さん。明日も仕事があるのに」

「どうせお前、また夜更かししてたんじゃないのか?」

「いや、そんなことは、そんなことはないよ」

 お父さんとおじいちゃんは仲がいい。


「で、この缶を開けたいんだね?」

 お父さんはマイナスドライバーを持ってきて、蓋のすき間に差し込むと、ぐぐっと力を入れた。

「なかなか頑固な缶だなぁ」

「何年も開けてないからなぁ」

「たまに開けないと、読めなくなるよ、父さん」

 父さんの手に力がこもる。ぐぐぐっと蓋が持ち上がって、

「開いたね!」

「おお、開いたのう」


 やれやれ、という顔をお父さんはしていた。

「なんだい、努、見ていかないのかい?」

「いいよ、むかし、見たから。必要な時が来たら、また読むよ」

 おじいちゃんはいい顔をしない。

「つき合いの悪いやつめ」

「はいはい、明日は朝イチの講義があるから。誠もちゃんと寝なさい。真美さん、お前がここにいること、知ってるぞ」


 お母さんはまずい。……朝からお説教か……。

「読むのは明日にするか、誠」

 おじいちゃんはぼくの気持ちを察してくれたらしい。

「ごめんね、おじいちゃん。ぼく、すごく読みたいんだけど……ごめんなさい」

「明日の昼間がよかろう」

と言って、にかっと笑った。

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