第30話 [番外] お父さんの初恋

 ぼくの名前は竜崎努りゅうざきつとむ

「努力」の「努」から名前をつけたらしいが、特に今まで努力をしてきた覚えはない。


 ぼくのライフスタイルは「楽しむこと」。それが他の人から見て怠惰だとしても、ぼくにはそれしかないから仕方ない。

 ただ、他の人と違うのは「楽しめること」を探すのが上手いってことだ。ただ「楽しむ」だけじゃなくて、「楽しいこと」を常にレーダーで探している。

 そういう人が少ないから、ぼくは変わっていると言われるのだろう。


 ぼくは大学で子供の頃から好きな昆虫の研究を、今も続けている。これは実に素晴らしいことだと思うが、自分からすればずっと長い間、同じスタンスで続けてきた流れなのだ。

 つまり、自然な流れだということ。

 続けていれば道は繋がるのだろう。


 ぼくの人生で思うように行かなかったことはもちろんいくつかある。その中でも最大の難関だったのは、言うまでもなくだ。


 小さい頃から昆虫ばかり追っていたぼくのレーダーに、ある日、彼女が引っかかった。それまで他の女性がレーダーにかかることはなかったのに、彼女は特別だった。


 彼女はぼくと同じ大学で、植物の研究をしていた。1回生のときからとても熱心に取り組んでいたので4回生で研究室を決める時にはスカウトがかかったらしい。

 とにかくパワフルで、笑顔がステキで、飾らない人だ。


 植物の研究というと何だか女性的だと思う人がほとんどではないかと思うが、現実は全然違う。DNA解析で分類を調べたりするにしても、その元となる植物は調達しなければならない。そしてほとんどの植物は、庭に大人しく咲いているわけではない。

 彼女は山から山へ、浜辺から浜辺、島から島へと植物の採集に取り組んでいた。アウトドアもいいとこだ。


 彼女のそんなところが今思うと、ぼくにはピンポイントだったんだろう。彼女しか自分にはいないという気持ちが、次第に強くなっていった。

 おかしいかい? 恋なんて無縁そうに見えるだろう?


 そんなわけでぼくは全く経験がなかったけれど、懸命にアタックをした。


 真美さんは最初、笑顔でぼくのことをかわしていたけれど、ぼくは一つのことになると夢中になって他のことは考えられなくなるので、そのうち彼女もぼくを無視できなくなった。そうしてある日、

「竜崎くんはわたしのことが好きなの?」

 と聞かれた。ぼくは正直に、

「気づいてくれた?」

 と聞いた。

「気づくも何も、いつもわたしを見てたじゃない。いつ声をかけてくるのか、待ってたのに。こっちから声をかけることになるなんて」

 彼女はせっかちだった。そしてぼくは限りなくマイペースだ。

 ぼくと彼女はつき合うことになった、というわけだ。


 肝心なところが抜けている気がするって?

 そうかな?

 彼女はぼくを認めてくれたってことかな。 どこが、と聞かれてもわからないけれど、彼女と結婚できたことがぼくのしあわせなのだから、理由なんかどうでもいいんだ。


 彼女と、彼女と築いた家族との生活は毎日が「楽しい」。父さんやグラナスもいて、うちは個性的で仲が良く、そして「楽しい」家族なんだ。

 ぼくだけの思い込みじゃないかって?

 そんなことないさ。

 だってみんな、毎日笑っているからね。


 ぼくが本当に大切なものは「真美さん」で、それから「真美さん」を含めた家族全員なんだってことを、もう一度書いて終わりにしよう。

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