第29話 魔法の呪文書

 そうかぁ、確かにグラナスさんが自由に空を飛んだら、未確認飛行物体と認識されて爆撃されるかもしれない。それはまずい。

 しかもグラナスさんだってドラゴンだ。迎撃してブレスを盛大に吐くかもしれない。


「ぼくはグラナスさんが航空機から爆撃を受けたり、地上からバズーカで撃たれたりするのはやだなぁ。ぼくが思ってたのと全然ちがうよ」

 お母さんはけたけた笑った。失礼だよ、と思うくらい。ぼくにだってプライドがあるし。


「バズーカ! 誠の発想、おもしろいね。お父さんに似てるね、そういうとこ」

「お父さんなんかに似てないよー! ぼくはあんなに変わった大人にならないよ」

 目のふちに涙を浮かべて、お母さんはまだくすくす笑っていた。


 あんまり笑われるのはすきじゃない。目の前のコーヒー牛乳をぐびぐびっと飲む。茶色い紙パックに入っている、ぼくのすきな飲み物だ。「コーヒー」って名前についているだけで、なんだか大人に近づけた気になるのもいいところだ。


「まぁまぁ、お母さんが今のは悪かったわ。誠、機嫌をなおしてー」

 お母さんはぼくのわき腹をひきょうなことにくすぐってきた!

「うわっ! やめてよー!」

「とにかく、ね。誠の気持ちもわかるけど、グラナスにはグラナスの気持ちがあるし、それから『わたしたちに出来ること』にも限りがあるってこと、忘れたらいけないよ」

「……はい」

 ぼくは真面目な顔で話を聞いた。


 世の中って難しい。

 どうしてもっと単純に物事が進まないのかなぁ。決まり事は確かに大切だけど、ひとの気持ちはみんな違うからよくわからない。みんなの考えてることがスケスケに見えたら、それはそれでイヤだけど。


 ちゃぽーん、とお風呂の天井から雫が降ってくる。ぼくにヒットするのは困るけど、なかなかいい音だ。首まですっぽり、お風呂に入る。


 ……でも、塔の上に出してあげたらグラナスさんは喜んでくれると思う。お母さんも「甲羅干し」が必要だって言ってくれたらしいし。「甲羅干し」って、ふつう、カメのことなんだからお母さんはお茶目とも言えるし、失礼とも言える。お母さんてやっぱり変わってるよなぁ。


 むかーし、むかしのご先祖さまが塔に仕掛けた「召喚魔法」。それはどんなものなんだろう。呪文があるのかな? もしかして、呪文詠唱のための古い本がうちにあるのかもしれない。ぼくも後継者であるなら、その本を受け継ぐ権利があるに違いない。

 どこにあるんだろう?

 おじいちゃんの書庫?

 それともお父さんの本棚?


 何気ない顔をして、お父さんの部屋に行く。

「なんか用かい?」

 お父さんはメガネを外しながら僕の方を振り向いた。今日はゲームじゃなくて、何か仕事をしていたみたい。パソコンの画面には英語がたくさん書いてあった。もちろん、意味なんてわからない。


「あのね、ちょっとゲームで倒せないボスがいてね……」

 ぼくはできるだけふつうの顔をして、お父さんの本棚をチラ見する。

「それでお父さんに助けてもらおうと思ったんだけど……」

 お父さんの本棚には昆虫の本と、それから英語の本がいっぱい、書類が突っ込んである棚、ゲームの攻略本や雑誌、パソコンの本……いろいろな種類の本が多すぎて、チラ見程度じゃ何かを探すなんてできそうもない。


「うーん、助けてあげたいところだけど、ちょっと仕事が終わらなくてね。残念! 誠がせっかくゲームに誘ってくれたのになぁ。ぼくもゲームがしたいなぁ、論文なんて見飽きたよ」

「いや、いいんだよお父さん。ぼく、明日、リョウタたちとやってみる。お父さん、仕事がんばってね」

「さっさとやって、ぼくも早くイベントに戻らないと。コンプできなくなっちゃうからな!よし、モチベーションあげて仕事に専念だ!」


 お父さんはゲームのために生きているのかもしれない……。そういう大人になるのはまずいのかもしれないけど、このままだと、お父さんに似ているらしいぼくは同じゲーム星人になっちゃう。ゲームのために仕事をがんばれるのはいいことなのかもしれないけど……ゲームのし過ぎには気をつけようとぼくは思った。

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