第27話 大人の常識

 学校に行っても、グラナスさんのことが頭から離れない。重症だ。あんなにすきだった、理科の授業中もぼんやりしてしまう。


 でも、まあ、理科はいいんだ。わからないことはお父さんかお母さんに聞けば解決するから。うちは、お父さんもお母さんも『理系』で、ふたりは大学で出会ったらしい。お父さんはともかく、お母さんも理科や算数が得意だなんて、ちょっと変わってるらしい。うちのお母さんも、お父さんと同じく、ちょっと変わってる。


 お母さんに相談しようかなぁ。

お母さんなら、きちんとぼくの話を聞いてくれて、その上で『常識的』に相談に乗ってくれると思うんだ。


 お父さんは不思議星人で、ぼくから見ても、あんまり周りのことは気にしていない。お父さんが大学の先生で、『偉い人』だなんてどうかしてる。『世間』とか『常識』とか、そんなものは宇宙の彼方にあるにちがいない。例えば、銀河がなくなっちゃって暗黒物質ダークマターだけになってる宇宙空間の中とかね。


 お母さんはその点、お母さんだけあって、『世間』の常識をよくわかっている。それだけじゃなくて、常識的じゃないことも、きちんと聞いてくれる。お母さんはとてもフェアだ。こういうの、フェアって言うんだと思うんだけど合ってるかな?

 なんていうか……常識的な大人の世界のことと、常識とはちがう子どもの世界の間に、お母さんは天秤を持って立っている。


 学校まで今日もピンクの軽で迎えに来てくれたお母さんは、ご機嫌だった。スーパーで卵が特売だったことと、岩場で珍しい海藻を見つけたことがうれしかったらしい。


 ぼくは海藻はヌルヌルしていて、岩場に行ってもあまり触りたくない。でもお母さんが作っている海藻の標本を見せてもらうと、悪くない気もする。海藻にも紫色のものや、黒っぽいの、緑色のものなんかがあって、似ているようでちがうところはおもしろい。

 よそのお母さんは標本は作らないらしい。うちにはバサバサあるんだけど。そして海藻の標本は、海の匂いがするんだ。


 うちに着いて車を降りるとき、思い切って声をかけてみた。

「お母さん、あのさ」

「ん、なぁに?」

 お母さんは買ってきた卵の入った袋を車から取り出して、ぼくの顔を見た。

「今日、夜、少しお話してもいいかな?」

 お母さんは少し考えてる顔をして、

「いいわよ。実咲がお風呂に入ってるときがいいんじゃない?」

「ありがとう!」

 ぼくは思わず大きな声で言ってしまって、口を押さえた。


「なぁに?お母さんとお兄ちゃんで内緒話、してるんでしょ」

 ランドセルをさっさと下ろしてうちに歩きながら、実咲がイヤな声を出す。


 お母さんがピンクの車のハッチバックを下ろしながら、

「何でもないわよ。うがいと手洗いをしてね」

と、うちの前の斜面を上りながら言った。お母さんが女だからって、実咲だけのものじゃないんだよ、と心の中であっかんべーをした。

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