第26話 ぼくの願い

 確かにグラナスさんの身になってみれば、異世界のように変わってしまった世界に、いきなり飛び出したくない気持ちもわかる。…わかるような気がする。ただし、グラナスさんになったら、だけど。


 ぼくはもし、グラナスさんと立場が逆になったら、グラナスさんみたいなドラゴンがいて、冒険者がいるような世界に飛び出してみたい。それは今では絵本の中の世界で、それからゲームや映画の中だけの世界だ。その中でぼくは剣を手に取る。弓矢をかついで馬に乗る。きっと、馬にも乗れるはず。そうして秘密の合図か秘密の笛を吹くと、ピンチのときにはグラナスさんが空から咆哮を上げてやって来てくれるに違いない。だって、ぼくらは友だちだから。


「誠はわしと違って新しい世界に今でも飛び出してしまいそうだな」

「え?ぼく、何も言ってないよ?」

 頭の中の考えを口に出してしまったのかと心配したけれど、そうではなかったみたいだ。グラナスさんは何故かとてもやさしい瞳でぼくを見つめた。

「目を見ればわかるさ」


 塔の階段を上って上って、自分の部屋に行く。バタンとわざとらしくベッドに倒れた。

 …ラグナスさんは外の世界に飛び出してみたいとは、今は思わないのか…。

 そのことはぼくにとって少しだけショックだった。しょんぼり、とも言える。お父さんやお母さん、おじいちゃんといろいろ話したので、そういうこともあるかなぁとは思っていた。でも、本人にそう言われると、がっかりというか、ぼくの早とちりというか、とにかくぼくだけが勝手に先走っていたんだろう。ぼくの中の『ドラゴン』に対するイメージと、本物の『ドラゴン』であるグラナスさんは違うんだ。当たり前だけどね…。

 張り切っていた気持ちが風船のようにしぼんで、ひゅーとマヌケな音を立てて飛んで行った。


 でも!

 ラグナスさんは言っていなかった?

 飛び出したいとは思わなくても、外の風にさらされたいって。それって、塔の屋上に出してあげたら叶うんじゃないかなぁ?塔の屋上なら、海風の湿ったにおいや、風が走り抜ける時にさざめく草のにおい、きらめく陽の光や真っ暗な夜に浮かぶ黄色い月、どれも身近に感じることができる。特にうちの塔は高台にある。街や海を一度に見渡せるに違いない。


 またぼくは、ぼくの考えにわくわくしてきた。どうやってお父さんやおじいちゃんたちを説得しようか、頭の中で考え始めた。


「誠、ご飯」

「はーい」

 階段を下りたところで実咲に会う。二つ下の実咲とは、性別が違うせいか最近は一緒に遊ぶこともない。

「お兄ちゃんさ」

「なんだよ」

「最近、家にいてもなんか変だよ」

 実咲はそれだけ言うと、ぷいと自分の席に向かった。

 それはそうだよ、だってぼくはお前の知らないうちの秘密を知ってるから。第一、女の子なんかにドラゴンの良さはわからないよ、例え秘密を知ったとしても。

 ぼくはそんな意地悪なことを考えていた。


 テーブルの上にはお母さんが揚げたエビフライが載っていて、レモンとぼくの好きなタルタルソースが添えてあった。ぼくはしっぽは残すけれど、お父さんはなぜかしっぽまでバリバリ食べる。変な顔でぼくが見ていると、「カルシウム」とか言ってる。相変わらずお父さんは不思議星人だ。


 その夜、グラナスさんがしっぽまで大きなエビフライをバリバリ食べる夢を見た。「誠、カルシウムだよ」と、お父さんと同じことを言って笑っている。ねぇ、グラナスさん、そんなものを食べてないで、一緒に浜辺を飛ぼうよ。

 グラナスさんの願いではない、僕の願いが、叶う日は来そうにない。

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