第24話 ドラゴンは怖いもの?

 三階のお父さんの書斎からリビングに下りると、オーブンからとってもいいにおいがしてきた。実咲とお母さんがクッキーを焼いていた。もう焼きあがったものもあったけど、

「まだ冷ましてるからダメ」

 と実咲に言われてつまみ食いはあきらめる。

 その代わりに、やらなくちゃいけないことをやってしまおうと思った。

 …本当のことを言うと、ぼくはお話の続きを早く読みたいときのように、グラナスさんの気持ちを早く知りたかったんだ。


 ――物事は慎重に進めなさい。


 大人はみんなそう言うけれど、ぼくはじっと待ってられない。早くどうなるか知りたいという気持ちが止められない。

 ぼくより先に書斎を出たおじいちゃんの部屋へ、お母さんたちに気づかれないように直行することにした。クッキーができ上がれば、きっと呼ばれるだろうし。


 トントントン。

 正しいノックは三回。小さいころ、お父さんが教えてくれた。きちんとしたマナーを教わると、ただのノックでも気持ちがピシッとする。つまり、グラナスさんにぼくの気持ちを話す勇気を心に蓄える。

「入っておいで」

 おじいちゃんはノックの回数なんて気にしていない。ぼくが訪ねると、いつでもOKという感じ。


「誠はせっかちじゃな。さっそく来たのかね?」

 おじいちゃんはふぉっふぉっふぉ、と笑った。なんとも愉快そうに。

「まぁ、とりあえず座ったらどうだ」

 と言われて、ぼくは遠慮した…つまり、早くグラナスさんに会いたかったんだけど、おじいちゃんに阻止されてしまった。


 おじいちゃんの部屋の低いテーブルの上に、お茶まで注がれて出されてしまった。なんとなくかしこまった気持ちになって、座布団の上で気まずく正座してしまう。緊張してるんだ。

 おじいちゃんはいつも通りのん気そうにお茶をすすって、お菓子をくれる。けど、そんな時間はない。なかなかグラナスさんと会う機会を作るのは大変なんだから。


「グラナスに夢中じゃな」

「…うん」

「ま、仕方のないことじゃな。地下室にドラゴンがいたら、逃げるか友だちになるかどっちかじゃ」

「…逃げるの?」

 ぼくには思いつかないことだった。ドラゴンはカッコいい。これはぼくたち、子どもにとって、女子はダメかもしれないけど男子にとっては絶対だと思うし。お話の中の生き物が現実にいるなんて、とびきりすごいことだと思うんだけど。


「なぁ、誠。お前の読んだ本に出てくるドラゴンは、みんな良いドラゴンだったのかな?」

「………。違うのもいるよね。例えば、人間の宝を盗んだり、村に炎を吐いたり、宝を取り返しに来た人間を襲ったり…?」

 そうだ!グラナスさんも旅に出る前は宝物をたくさん持ってたって。

「気づいたかな?お前にとってはグラナスは気の良い友人じゃろう。実際、わしにもグラナスはいつでも優しかった。けれども、ほかの人たちにとってはどんなものかな?」

「…怖いかも」

「ドラゴンの出る物語を読んでいなくても、大きな体を持つ動物はたいがい怖いと思うじゃろうなぁ」


 言われてみると、確かにそうだ。例えば実咲。今、突然グラナスさんのところに連れていったらきっと怖くて泣いちゃう。まだ八才の女の子だもの。

 ぼくはまたしても自分中心に考えていたことに気づかされた。グラナスさんの気持ち、うちの家族以外の人の気持ち…世の中にはいろんな人がいるから、いろんな考え方があって、それはきっととってもたくさんの考え方だからぼく一人では想像しきれないに違いない。でも、だからって他の人の気持ちを無視していいわけじゃない。

 ぼくにはまた宿題が増えた。

『自分以外の人の気持ちも考えなければいけない。』

 これは、グラナスさんのことだけじゃなくて他のことでも同じなんだと、ぼくなりに思った。

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