第19話 自分で考えるということ
あの台風の日からずっと考えてる。
「何を?」って、それはやっぱりグラナスさんのこと。ぼくはグラナスさんを、考えれば考えるほど、あの地下室から出して空を飛ばせてあげたくなった。誰だって同じことを思うんじゃないかな、とぼくは思うんだけど、おじいちゃんした話を思い出すと自信が持てなかった。ぼくは子どもだし、おじいちゃんは大人だから、ぼくの考えがどこかおかしいのかもしれない…。
リョウタとタクミは地下室のことはもちろん知らないし、毎日のようにグラナスさんのすぐ近くで遊んでいるのに気がついたりしない。もしもどっちかでも気がついてくれたら、相談できるのに。
だってきっと二人なら、子ども同士、同じ気持ちで話し合えると思うんだ。それってつまり…子ども同士で「グラナスさんを飛ばせたいね」って話になるってことだと思うし、なんだかちょっとズルい気もするけど…。
ぼくはもう少しがんばって、大人の考えってやつを知ってみたい。ぼく一人では、グラナスさんをあの地下室から出してあげるのも難しいと思うし。
…やっぱり子どもは悔しいけど、一人でできないことが多い…。
今日も放課後、いつも通りうちに集まってリョウタたちとめちゃくちゃ遊んだ。塔のぐるぐる回る長ーい階段で、『グリコのおまけ』をして遊んでたら、お母さんにすごく怒られた。
「まったく男の子は!大人しくしてられないのかしら」
と、ぼくたちを叱ってからプンプン怒って行ってしまった。
うちの階段はよそと違ってぐるぐる長いので、遊ぶのにもってこいなのに。お母さんこそ、そういう子ども心を忘れてるよなって思った。…そうだ、子ども心。お母さんはもう大人だから子ども心がわからないんだとしたら、大人の考えはお母さんが教えてくれるかもしれない。
いい考えだ、と思った。でも、いつ聞こう?実咲にはまだグラナスさんのことは内緒だしな…。
すごーくすごーく考えて、ぼくは突撃した。寝てるふりをして、実咲が寝ちゃうのを待った。それから実行だ。怒られるのを覚悟して。
あまり音をたてないように、なるべくゆっくり階段を下りる。手すりを握って、1歩ずつ、ゆっくり。それから、リビングに入る前に、『すー、はー』を一回ゆっくりした。ラジオ体操のときくらいに。
ドアをそっと開ける。お父さんはまだ帰ってこない。お母さんはソファで、夜のニュースを見てた。ちょうど天気予報のところだった。
「…お母さん?」
お母さんが急にビクッとなって、こっちを向いた。
「誠?まだ起きてたの?」
怒られてるというより、お母さんはかなり驚いたみたいだった。
「うん、ぼくちょっと…」
「何?オバケでも出たの?」
お母さんはケタケタ笑った。そんなのはもう怖くないのに、なんだかひどい。
「違うよ。そうじゃなくて」
「じゃあ怖い夢見たんでしょう?」
今度はニヤニヤしている。
「だ・か・ら!そうじゃなくて、ぼくはお母さんに相談が…」
キョトンとした顔で、「何を?」と聞かれた。
「だからね、あのー、…グラナスさんのことで」
「ああ、グラナスね。それでこんな時間に来たわけだ」
「うん。夜中なのにごめんなさい」
「それで?何が聞きたいの?」
立ち上がってお母さんはキッチンに向かい、ぼくにはホットミルクを、お母さんにはコーヒーをカップに入れて持ってきた。
うちのお母さんはこういうときに話が早い。なんていうか、頭ごなしにすぐ怒ったりしないでまず話を聞いてくれて、それから怒るかどうかを決めてくれる。子どもとしてはすごく助かる。だからぼくは安心してお母さんに尋ねた。
「お母さんはグラナスさんが地下室から出て自由に空を飛べるようになったら、その方がいいと思わない?」
猫舌のお母さんはカップにすぐ口をつけられなくて、テーブルに置いたカップに手を添えたまま、じっとぼくを見た。ぼくは、ぼくの心の中をレントゲンで撮影されてるような気分になる。
そして、お母さんはぼくの目を真っ直ぐに見てこう言った。
「誠は本当にそれがいいと思うの?」
怒ってる口調ではなかった。でもぼくは一瞬、たじろいだ。間違ってるって言いたいのかな?
お母さんはいつも冷静に物事を考えてる。ぼくの中のぼくは、何か間違いをしたのかもしれない。心の中のぼくに聞いても、首を横に振って何も答えてくれない。
「…間違ってるの?」
もし、ぼくの考えが間違いだってお母さんが言ったら…それはとても怖い。
「お母さんもね、最初はそう思った。けどね…」
けど?
「誠にはまだ難しいかー。それもそうよね、まだ10歳だもの。お母さんの年齢の半分も生きてないし、グラナスに比べたらねぇ」
「ぼく、大人じゃないけど考えることはできるよ」
お母さんはにっこり笑った。
「そう?じゃあ、誠はまだ時間がいっぱいあるんだから、答えを探していっぱい考えなさい。自分の答えを探すのはとてもいいことだと思うわ」
そこまで言うと、お母さんは少し冷めたコーヒーをおいしそうに一口飲んだ。
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