第17話 大人と子ども

「グラナスのむかしの話を聞いたかって?それはもちろん。何しろ長ーいつき合いだからなぁ」

 おじいちゃんは斜め上をぼんやりと見つめて、その長ーい時間を思い出しているようだった。おじいちゃんにもむかし、ぼくみたいに子どもだったときがあってそれからずっとグラナスさんと友だちでいたんだろう。ちょっとだけうらやましく思えた。

「誠はその話をグラナスに聞いたのかい?」

「うん、ちょっとだけだけど…」

 続きを言うのに少し勇気が必要だった。停電してほの暗い中だからこそ、言いやすいかもしれない、と自分に言い聞かせる。

「あのさ!グラナスさんを自由にさせてあげることはできないの?」


 おじいちゃんは黙ってしまった。

 いつもはよく喋るおじいちゃんが、口を閉ざしたまま時間が過ぎていく。ぼくはやっぱりまずいことを聞いてしまったと後悔したけれど、むかしの人の言う通り、先に立たず、だった。

「わしも子供のころはそう思ったものだ。どうしてできないんだろう、ってな。それから、じゃあ自分がいつか大人になったらグラナスを自由にしてやろうと思ったものさ」

 悲しそうにおじいちゃんの声は響いた。強い雨の音の中で、その声はかき消されそうだった。

「じゃあ…じゃあどうしておじいちゃんは大人になったのに、そうしてあげないの?」

 ぼくはできるだけゆっくり、声が大きすぎることのないように気をつけて話した。おじいちゃんをあまり悲しくさせたくなかった。

「そうじゃのう。わしは子どもから大人になった。大人になるということは、自由になるということからずいぶん遠ざかることなんだろうな」


 大人になると、自由から遠ざかる…?

 それはぼくが子どものうちにはわからないってことなのかな。おじいちゃんはいつも、ぼくを子どもだからってバカにしたりしない。そのおじいちゃんがそんなことを言うなんて…正直に言うとよくわからなかった。おじいちゃんがそう言った理由も、その言葉の意味も。

 やっぱりぼくは『子ども』なんだ。


「悪いな、誠。なんの答えにもならなかったかもしれん。だがお前も考えてみるといい、グラナスのしあわせを」

 そう言ってイスから立ち上がり、灯りを一つ持って「怖かったら一緒に寝てもかまわないんだぞ」とまた言いながらおじいちゃんは自分の部屋に帰ってしまった。


 ぼくは言われたとおりに考えてみた。グラナスさんの本当のしあわせって、なぁに?ドラゴンなんだから、ドラゴンらしく自由に生きることじゃないのかな?空を飛んで、好きなところに行って。…また宝物を集めたり。

 ぼくはそういうグラナスさんを見てみたい。大きな空を、大きな翼ではばたくグラナスさん。きっと感動する。あの立派な翼を折りたたんで窮屈そうに暮らしているのはつまらないと思う。ぼくだったら、あんな小さな通風口から世界を眺めているなんてそんな暮らしは嫌だな。

 …じゃあどうしてグラナスさんは塔の地下に引きこもってるんだろう。閉じ込められたのかな?でも、誰に?

 考えれば考えるほどわからない。


 うーん、うーんと頭を動かしたけど、いい考えはなかなか浮かばない。ぼくはまた頭を焦がしそうになる前に自分のベッドに行くことにする。忘れないようにアロマキャンドルは消して、懐中電灯を持っていく。

 階段わきの窓にはまだ強い風が吹きつけていて、ガタガタとガラスを揺すっている。ヒューという口笛のような音が岬をかけぬける。

 ガラス窓にぼくの顔が灯りに照らされて映った。

 その姿は、やっぱりまだまだ子どもだった。おじいちゃんの言葉の意味もわからないし、自分でどうすることもできない。小学生なんてつまらない。早く大人になりたい。

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