第16話 勇者になりたい

 グラナスさんに早めの「おやすみ」を言って、ぼくはリビングに戻った。お母さんは実咲の部屋に行ったきりみたいで誰もいなかった。

 アロマキャンドルの灯りを見ながら考えていた。グラナスさんが、お話に出てくるグランドドラゴンと同じようにむかしは暮らしていたこと。(宝物をいっぱい抱えて)

 それから、男の人が来てグラナスさんを洞窟から連れ出し、旅立ったこと。


 ぼくはその男の人になったところを想像してみた。背が高くて立派な大人になったぼく。

「さあ、ぼくと一緒に旅立とう!そんな宝なんか村人たちに分けてしまえばいいさ。空を飛べば、宝物のことなんか一瞬で忘れるから」


『空を飛べば』―いいなぁ、カッコいい。ぼくも言ってみたい。勇者はグラナスさんにきっと自由を与えたんだ。…想像だけで胸がいっぱいになってきた。

 グラナスさんは今も空を飛びたいのかな?

 …どうしてぼくは今まで考えなかったんだろう。大空にはばたく喜びを知ってるのに、飛びたくないわけがないよ。今は広い空じゃなくて地下室暮らし。しかも洞窟みたいに宝物もない。ぼくがグラナスさんだったら、塔なんか壊してでも空へ旅立ちたいけどなぁ。


 キャンドルの炎がゆらゆら揺れている。そしてぼくに語りかけている。

「冒険に出ないなんて」

 キャンドルの炎の精霊がぼくに悪いことを教えてるのかもしれない。子どもは勝手に旅には出ちゃいけないんだ。だからぼくは、グラナスさんの勇者の代わりになって一緒に旅立つわけにはいかないんだよ。ごめんね、グラナスさん…。


「こら!」

 体がビクッとなって、背中がピンとなる。お母さんの声は時々、雷みたいなんだ。

「こんなところでうとうとしていて。誠、頭が燃えるわよ。キャンドルをつけてる時に炎のそばで寝たらダメよ」

 どうやら想像してるうちに寝ちゃったみたいだ。もう少しで髪の毛に火がつくところだったけど、なんといってもお母さんのアロマキャンドル、すごくいいにおいがするから眠くもなるよ。半分はお母さんのせいってことにしておこう。


「ごめんなさい、気をつけるよ」

「火事になっちゃうと大変だからね、本当に気をつけてよ」

 オレンジ色の明かりに照らされたお母さんの顔は困り顔だった。

「大丈夫じゃよ、真美さん。誠のことは見ていたから、安心して実咲を見てやりなさい」

 ぼくもお母さんもびっくりして声のした方を向くと、ダイニングのイスにおじいちゃんが座っていた。暗いところにいたので見えなかったんだ。


「やだ、おじいちゃんがいるって気がつかなかったわ。でも見ててもらえるなら安心ね。実咲、熱がまだあるし、停電して怖がってるから今日は実咲と寝るわね」

「ぼくは大丈夫だよ、お母さん」

 お母さんはやさしくにっこりした。

「お兄ちゃんね、誠。明日は学校もお休みだから、お風呂は明日にして寝ちゃったら?どうせお風呂も真っ暗よ」

「わかった。おやすみなさい」

 お母さんが小さな灯りを持って階段を上っていくのを下から見送った。実咲はまだ二年生だし、台風も停電も怖くて当たり前だよね。


「誠は一人でも寝られるのかい?おじいちゃんが一緒に寝てもいいぞ」

 おじいちゃんはどこまで本気かわからない声でそう言って、にやりと笑った。

「ぼくは別に怖くないよ。一人で寝るよ」

「ならいいがな」

 小さい子と一緒にされたくないなと思った。もう四年生で、しかもそろそろ誕生日がきて十歳になる。台風くらいで怖がってはいられない。


「ねえ、おじいちゃん」

「ん?」

 おじいちゃんときたら、台風も停電も関係なくお茶を飲んでいる。少しなら話してもいいかなと思った。

「おじいちゃんはグラナスさんがここに来る前、旅立った時の話は聞いた?」

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