第15話 [番外]お母さんの秘密

 わたしは竜崎真美。どこにでもいる専業主婦だ。

 わたしがもし、他の主婦と違っているところがあるとすると…住んでいる住居が石造りの古い塔であり、その地下室にグランドドラゴンが住んでいること。

 それから、…これは子供たちにはきちんと話してないのだけど、ちょっとしたアルバイトをしていることだ。


 家族は子どもがふたり。小学四年生と二年生。男の子と女の子。『一姫二太郎』とよく言うけれど、うちの子たちは二人とも真っ直ぐな緑色のアスパラガスのようにすくすくと育っているから、それでいいと思っている。まだ小学生だし、何かを押し付けたりしないで興味を引き出してあげるのも親の仕事のひとつかな、というのがうちの教育方針。


 それから大事な夫。家では『お父さん』と呼ぶことが多いが、名前のまま『努さん』と呼ぶこともある。努…という言葉がこれに当てはまるかわからないけど、彼は何かに興味を持つと止まらない。努力とは違う気がするけど、いつでも何かに一生懸命なのはわかる。

 それが良いところでもあり、…。

 仕事は大学で助教授をしている。教授と助教授というのは実は雲泥の差なので、皆さんが思ってるほどすごくはない。専攻は生物学。とにかく本人が言うには小さい頃から昆虫に目がなくて、そのままその道に進んでしまったそうだ。

 努さんのことは長くなるので置いておいて…。


 もう一人は努さんのお父さん、子どもたちのおじいちゃん。おじいちゃんは温和な性格で、怒ったりすることはほとんどない。お嫁に来てからこちら、ふたりでお茶をしながら過ごした時間もずいぶん多い気がする。おじいちゃんがいると、家族が円滑に動く気がするので、わたしたちにとってかけがえのない人だ。


 そして、例のグランドドラゴンのグラナス。勤さんの家にドラゴンがいると聞いた時も驚いたけど、本当にいるのを見た時は、平然とした顔で悠然とかまえていたけれど…実はけっこう怖かった!生き物や虫はたいがい大丈夫なんだけど、大きな、ましてゴツゴツしてたまにブレスを吐くドラゴンとの共同生活なんて考えられなかった。それも今では遠い話。グラナスは紳士的なドラゴンで話もユーモアにあふれている。ドラゴンなしの人生はもはや考えられない。


 さて、わたしが子どもたちがいないときに何をしているのかというと…。


 もちろん、家事をする。掃除は塔が広くて大変だけど、努さんがリフォームしてくれてだいぶ負担が減った。くるくる回る階段は掃除機が間に合わなかったけど、途中にコンセントをつけてもらったり、板敷きにしてもらったのでかなり楽になった。

 洗濯は外に干すと潮風で布が傷んでしまうので、残念ながら部屋干し。古い塔だから、それくらいは我慢しなければ。

 買い物は子どもの送り迎えのときにするので問題なし。好き嫌いなく食べてくれればなお良し。


 そして、普通ではない仕事のその一。これはちょっと大変なので、おじいちゃんにも手伝ってもらう。

 そう、グラナスの世話なんだけど。まずは地下室の掃除。グラナスは賢いと言ってもさすがにドラゴンのお手洗いはないので掃除は必須。

 それから、数日に一度、デッキブラシでウロコをごしごし洗ってあげる。もちろん、『逆鱗は避けて』。磨いてあげたウロコはツヤを持ってスパンコールのように輝く。やりがいのある仕事だ。

 あとは食事。グラナスはグランドドラゴンで元々寝ていることが多い種族だそうで、実はあまり食べない。歳をとっているせいもあるし、動かないせいもある。わりと草食系のものでもよく食べてくれるし、たまにスーパーで安かった時には塊肉(ローストビーフ用)とかを買って、プレゼントする。グラナスはにこにこして、「ありがとう」と言ってくれるので、またプレゼントしたくなってしまう。


 そんなわけで、ドラゴンとの生活も、塔での生活も何も苦にならない。毎日が新鮮!


 それでも時間が余るとわたしは海岸に下りて、浜辺の野草の生育分布の調査をする。これはまったくの趣味。でも必要となったらデータを出せるくらい定期的に調査している。ハマヒルガオやハマダイコンなどの海浜性の植物だ。


 わたしは努さんとはちょっと違って、小さい時から植物が大好きだった。庭に植えてある植物の名前を覚えたり、子どもなりにスケッチしたり、シダ植物について学校で学んだ時は、葉の裏側にほんとうに茶色い胞子囊ほうしのうがついていることに感動したくらいで。…そんなわけで、大学で生物を専攻してしまった。努さんと知り合ったきっかけができたのは大学だった。


 そして、わたしの最大の秘密!かな?

 実は友だちに頼まれて植物の同定作業をしている。要は、葉や花や標本を見て名前を調べる仕事。ほら、公園についてる樹木の名前を書いたプレート、あれなんかである。わたしの場合、下請けなのでそれほど仕事量が多くないけれど、子どもの送り迎えの間にこれだけのことをこなすのは大変なので終わらない時は夜中に回す。努さんにいつも、

「好きだからやってるのはぼくもわかるけど、無理をしたらダメだよ」

 と言われてしまう。優しい人なのだ。けど、その横でPC使ってゲームしてるのはどうかなーと思うけど!


 ここにお嫁に来てからの結婚生活はどうだったかと言えば、大変なことの連続だった。

 まずドラゴンの世話はしたことなかったし、それから塔に住んだこともなかった。わからないことだらけだった。

 塔は街から離れているので車なしの生活は無理だったし、何より苦労したのは…これは誰でも同じだと思うけど…子育てだ。授かった生命を育てていくというのは、想定外に難しかった。けれどその度に、夫もおじいちゃんもグラナスもわたしを励ましてくれた。


 皆さんに言いたい。(秘密だから言えないけど)

 塔の生活も、ドラゴンとの同居も楽しいですよ!人生の価値は自分で決めるものなんじゃないかな、と思う今日この頃。他人と同じじゃなくてもいいんじゃないかな。


 今日はわたしのつまらない話を聞いてくださってありがとう。よかったらまたお話、聞いてくださいね。


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