第14話 グラナスさんの思い出

「風の音を聞いて、何かわかるの?」

 グラナスさんは首をぐるりと通風口のほうに向けて、

「そうだなぁ」

 と言った。そしてまた遠い目をして、

「むかしを思い出していたんだ」

 どきりとした。グラナスさんのむかしのことって、どれくらいむかしなんだろう?おじいちゃんのおじいちゃんくらいかな?なんとなくだけど…。


「むかし、わたしはこことはまったく違う国にいたんだ。それははるか、海の向こうの国だよ。今なら『飛行機』とやらですぐなのかもしれないな」

 グラナスさんは一呼吸置いて、話を続けた。

「正に聞いたかな?わたしはグランドドラゴンと呼ばれる竜なんだが、ふだんは洞窟などで宝を守って眠っていることが多いんだ。しかし、ある日あの男がやって来て、わたしを洞窟から空にはばたかせたんだ」


 ぼくの頭の中はもう銀河みたいにぐるぐるして、目が回りそうに動揺した。だって、そういうのって、本当にゲームや物語の中のお話の通りだ。そうだったらいいなって期待はしてたけど、本当にグラナスさんがそんな世界からやって来たなんて…。

「ビックリさせてしまったかな、すまないな」

「う、ううん、もっと聞かせてよ」

 グラナスさんはうなづいた。小さな灯りに照らされたグラナスさんは、外の激しい風と雨音の中でいつもより厳しい顔つきに見えた。


「ドラゴンはそもそも人には懐かない生き物なんだよ。しかしわたしはあの男について行くことに決めた。あの男は不思議な魅力に満ちていて、わたしを倒すのではなくて一緒に旅立とうと誘ってくれたんだ」

 その人はどんな人だったんだろう。ドラゴンスレイヤーではなかったのかな?宝物目当てではなかったのかな?

「空を飛ぶワイバーンたちならいざ知らず、わたしのように宝を抱いて寝てばかりのぐうたらを旅に誘うなんて、ずいぶん変わったやつだと思うだろう?」

 ぼくはどんな顔をしていいのか困って、少しだけ笑った。ワイバーンは比較的小さいドラゴンだし、たぶんぼくの知っている通りなら人間の言う通りに操ることも出来るはず。でも、グランドドラゴンを連れて旅立つなんて、すごい勇者だと思うんだけど。


「それでグラナスさんは洞窟から出ることにしたんだね」

「そうだな。宝物は近くの村の者たちに分けてしまうといいと、あの男が言って、言われてみると特に手放したくないと思うものはなかったんだよ。おかしいだろう?」

 ぶわっはっは。ぼくもくすくす笑ってしまった。そうなのか、宝物って特に意味がないものだったんだ。

「どんな宝物があったの?」

「それはそれはいろんなものがあったよ。大きな紅玉ルビーのついた王冠や、混じりけのない金で作ったゴブレット、未来を見通せる透き通った水晶玉や翡翠のネックレス…どれもこれも、ふたつとない宝物だったよ」

「すごいや!お話の中でしか聞いたことのないものばっかりだよ。ピカピカだね」

「ピカピカだよ。なぜか宝の山を抱いていると、よく眠れるんだ」

 ぶわっはっは。今度の笑いはちろっと炎が出て、ぼくは思わずのけぞった。


「おお、すまない。宝物のない生活にも慣れたんだが、つい思い出してしまってな」

「代わりのものをあげたいけど、ぼくの宝物じゃきっと満足できないね」

 たとえばぼくはふわふわのイルカの『抱き枕』を抱いて寝るとよく眠れるけど、グラナスさんは燃やしちゃいそうだしなぁ。

「いいんだよ、誠。わたしは今の生活に満足してるんだ。お前たちの一族にはとても世話になっているし、この地下室もとても快適だ。ただ…こういう嵐の夜は冒険を思い出さずにいられないのだよ」


 グラナスさんの澄んだ緑色の瞳が、少し悲しげに見えた。

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