第13話 嵐の日

 今日の海は怒っている。すごい勢いで波がざばーんと打ちつけて、墨の入ったバケツを揺らしちゃったときみたいに大変なことになってる。

 風はごうごうと吹いていて、ぼくの家のツタの葉が何枚も飛ばされていった。空の色もどんよりと重くて、何もかもが嵐が来ることを予感させた。


 実咲はまだ熱が下がらないけど、病院の薬を飲んで少し良くなったらしい。帰りはお母さんが迎えに来てくれた。実咲を置いてくるくらいなら、ぼくが歩いて帰ってもよかったのになぁ。男なのに情けない。

 ちぇっ、と足元の石を蹴りたい気分でいると、リョウタとタクミがやって来て今日は天気が悪くなりそうだから遊びに行けない、と言ってきた。もちろんそういう日はいっぱいある。なんて言ったってうちは高台だし、海のそばだし、台風が来たりしたらとても遊びには来られない。


 そんなわけで一人で『恐竜ハンター』をやっていた。でも本物のドラゴンと友だちになったのに、いまさらテレビの中のドラゴンを倒しても、なんだかなぁという気分になる。ため息をつきかけたとき、

「むかしは台風くらいで学校が休みになったりしなかったんじゃがな」

 とおじいちゃんが言った。お母さんのスマホに、学校からの連絡メールが入って、明日は休校になった。


 あーあ。

 つまらなくてソファの上でクッションを抱いてごろごろしていた。

「誠、宿題やったの?」

「うーん、やってもやらなくても明日は休みなんでしょう?」

 お母さんは怖い顔をして、台所からツカツカツカと歩いてきた。

「あのね。」

 ぼくはとっさに怒られる!と思ってクッションで顔の半分を隠した。

「そういうの、グラナスは嫌いだと思うわよ」

 !!

 …お母さんの口から初めてグラナスさんの話を聞いて、ぼくは混乱した。お母さんはにやり、と笑って続けた。

「最近、グラナスのところに通ってるんでしょう?グラナスに聞いたのよ」


 お母さんは鼻歌でも歌い出しそうな、楽しそうな顔をしている。これは絶対、ぼくは弱みをにぎられてるんだ。

「グラナスが言ってたのよ、誠はなかなか好奇心旺盛で見所があるやつだなって」

 ぼくの心臓はいろんな意味でバクバク言っていた。そしてお母さんはふふふ、と笑った。

「見所のあるやつは、宿題くらい、ささっとやっつけるわよねぇ」

「……」

 ぼくはできるだけ何でもない顔をしてテレビを消して立ち上がると、自分の部屋に行って宿題を始めた。でもさ、計算ドリルとドラゴンになんか関係あると思う?


 窓の外を雨が打つ音が聞こえてきた。本格的な台風だ。バラバラバラッと雨が強く叩きつけるように降っている。どうしたってこんな夜は不安な気持ちになる。だれでもそうでしょう?


 リビングに下りると、お父さんは雨がひどいので大学に泊まると連絡があったことをお母さんに聞かされた。何しろうちまでの道は途中からほかの家がなくなってしまうので、あまり良くない。雨がひどいと車で上がるのも一苦労だ、とお父さんは前に言っていた。


 そして良くないことが起こった。停電だ。

 これはうちにとっては台風につきもので、どうしようもないものだ。道路と同じで、うちまでの電線は一本。どこかに不具合が出るとすぐに停電。テーブルの上にお母さんがきれいな色のアロマキャンドルを飾った。


「お母さーん」

 と実咲が呼んで、お母さんは灯りを持って実咲の部屋に向かう。熱があるときに停電なんて、ついてないな。


 ぼくは心配になって、グラナスさんを見に行くことにした。懐中電灯は常に何本かうちにはあるので、そのうちの一本を持つ。

 階段を下りると、今日のグラナスさんはじっと動かなかった。一瞬、死んじゃったのかと思うくらい。でも、少ししてぼくに気がついて振り向いてくれた。

「誠、すごい嵐だな」

「台風が来てるんだよ」

「そうか、台風というんだったな。風の音をずっと聞いていて、誠が来たことにすぐに気づかず、すまなかったな」

「ううん、大丈夫」

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