第32話 模様替えと秋の空
ひとりきりの週末――別に珍しくはなかった。
わたしもあの人も、最近は週末に用事が重なることが多かったし、それに……わたしは少しだけ、彼に意地悪をしたい気持ちでいたのかもしれない。
なぜだかわからないけど、彼の心の迷いみたいなものを感じて、不安になっていたのかもしれない。
やさしくされるよりも、叱って欲しかったのかもしれない。
『俺について来い!』って、そんな風に言って欲しかったのかもしれない。
或いは、秋の空が、わたしに心変わりをさせたのかもしれない。
急に部屋の模様替えをしたくなった。
なにをどうして良いのか、まったくわからないけど、身体を動かしていないとモヤモヤが憂鬱に変わってしまいそうで、怖かったのかもしれない。
「ベッドの位置を変えると、テレビのアンテナが、問題かぁ。電話機もPCと繋がっているこのケーブルをすっきりさせたいけど、だいたいなんでこんなにコンセントにいろいろささってるのさ?」
ノートパソコンのアダプターやら、携帯の充電器やら、一度線を抜いたら二度とどれがどれだかわからなくなりそう。でも、無性にケーブル類をすっきりさせたいという衝動に駆られ、片っ端から線を抜き、輪ゴムでとめてきれいの床の上に並べてみた。
「これがパソコンので、携帯がこれ、そんでもって、電話の子機が……? うん? なんだこれ?」
30分もしないうちに訳がわからなくなり、そして……
「やばい!電話繋がらないぞ」
それから、いろいろ試したものの、どうにも電話が繋がらない。携帯を開き、アドレス帳で彼の電話番号を呼び出す。しばらぐその番号を眺めていると、ぱっと携帯の液晶画面が暗くなる。
「はい、時間切れです」
わたしはそのまま、ベッドに寝そべり携帯電話を枕の横に放り投げた。
「意地張って、どうするのよ」
誰に向かって言うわけでもなく、強いて言えば、それは、きっと、携帯電話に向かってだろう。不意に携帯の着信音――もしかして彼?
わたしは携帯の画面も見ずにいきなり電話に出た。
「もしもし」
「あ、あのぉ、お久しぶりです」
あいつだ……そういえば、あの風船みたいな妹タイプとうまくいってるのか?
「い、今お時間、大丈夫ですか?」
「ど、どうしたのよ、そんなあらたまっちゃって」
「い、いや、そ、その、あのですね。ちょっと相談に乗って欲しい事が、ありまして」
「なんだい? 恋の悩み以外だったらなんでも相談のるけど」
「そ、そんな」
「あんた、まさか、あの子とうまくいってないの?」
「ばっちりです、ばっちりうまくいってるんですが……」
「うん? ならどうした? まさか、できちゃったとかいうんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなんじゃ、ないですよ、ちゃんと、してますから」
「ぷ、ぷはっ、ぷはっ、ぷはっ、ははは」
「あ、あー、もう、そういうことじゃなくて、そのしてるじゃあ、なくてですね…」
あいつがこれだけしどろもどろになるほどの相談……それがなにであるか想像はすぐについたが、どうにもやさしい気持ちにはなれない自分がいた。
「あの、僕たち、結婚をしようと、思うんですけど……」
「おー、プロポーズ、ばしっと決めたのか!」
「いえ、それが、その、まだでして……」
「ほ、じゃあ、どうした」
「そ、そのプロポーズのことで、ちょっと相談にのって欲しくて」
「は?」
「いえ、ですから、そのぉ……」
あいつの話では、こうである。
彼女にプロポーズをしよと、いろいろと画策していたところ、彼女の友人があいつからのプロポーズをすごく楽しみにしているみたいという情報を仕入れた。
あいつはオーソドックスに婚約指輪を相手に渡して正面からプロポーズをしようと考えていたらしいのだが、その友人いわく
『最近じゃあ、プロポーズの仕方もいろいろ凝ってるいるらしいからね。普通のプロポーズじゃ、ガッカリさせちゃうかもよ』
いるんだ、そういうことをいう奴が。
あいつは、そういう事が器用にできるタイプじゃないってわかっているのに、わたしみたいに他人の幸せを喜べずに、ついつい意地悪をしてしまう輩が。
それを真に受けたあいつは、途方に暮れて、わたしに電話をかけてきたというわけなのだが、”それこそ筋違いだろう!”という言葉をぐっと飲み込むぐらいには、わたしは大人だった。
「大丈夫よ! バシッと男らしく、ガツーンとやれば! それに彼女はそんな、悪趣味じゃないと思うよ。それはあんたが一番良く知ってるし、だから結婚しよと思ったんじゃないの?」
わたしも相当なお人好しだ。
「ありがとうございます。そうですよね。よかったぁ、相談して、じゃあ、これからぶちかましてきます! もし、うまくいかなかったときは、その時は、一緒にヤケザケ付き合ってください!」
「おー、おー、あたって砕けて来いー! 粉々に砕け散ったら、思いっきり笑ってあげるから」
なんという週末だ……しかし、なぜだか清々しい。
そしてわたしはあることを思い出した。
「あ、そうか、前に、あいつがネットが繋がらないとか言って、電話してきたとき、確か……」
わたしの頭の中で、ぐるぐるにこんがらがっていた線が、ぴーんとつながり、一つの結論を得た。
「この線を、こっちに繋いで、これはこっち……」
知恵の輪でも、パズルでもルービックキューブでも、ずっと考え続ければいつかは解けるもの。
「お、できたじゃん! わたしエライ? ねぇ、エライ?」
受話器を取ると無音の状態からツーっという、無機質でいて、”早くいつもの電話番号を押しなよ”とせかすような音が聞こえる。
私はそれをしばらく放置する。
ツッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ……
"ねぇ、自分でできたの! 偉いでしょう"
そう自慢げに彼に電話をする自分の姿を想像し、息が詰まりそうになって受話器を置いた。
不機嫌そうな電話機は、相変わらず黙ったままだった。
それはまるで、今度かかってくる電話をわたしにつなぎたくないと、そう、訴えているようだった。
その日一日、わたしの心の中は、秋の空のように晴天と悪天候を繰り返していた。
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