第18話 君の朝

 めいっぱい彼に甘えた次の日の朝、春を目の前に急に冷え込んだりするのは、それはそれで季節感があってわたしは嫌いじゃない。

 だって寒いことを理由にわたしは朝から彼にしがみつき、朝から甘える事が許されるのだから。


 横たわる彼の顔に朝の光が射しがさしている

 彼の過去の重さって、いったいどんなものなのだろう?


 考えずにはいられなかった。

 でも、それを彼に直接聞くことはできなかった。


 怖かった。


 でもいつかその過去は、わたしの前に現実として姿を現すときが来るのだろう――くらい塔のように。

 そしてその日はそう遠くはないのだと、わたしの中の何かがザワザワと騒ぎ立てる。


 別れようとする魂と出会おうとする魂があの人と私の間で交差する。

 わたしたちの出会いは、もうひとつの別れを意味するのかしら、それとも……。


 誰の上にも朝は訪れる。

 それが悲しい一日の始まりなのか、素敵な一日の始まりなのか、出会いがあるのか、別れがあるのか……。


「寝坊スケさん、朝ですよ」

 あの人の耳元でささやく。


「モーニン、モーニン、きみの朝だよー」


「懐かしいね、その歌、もう、20年くらい前になるのか」


「そうね、わたしはまだ小学校の低学年だったかなぁ、確かこれ、金八先生の後だったよね」


「うん、確かにこれを歌った岸田聡史はそのドラマに出てたけど、『きみの朝』は、他のドラマの挿入歌だったんだよ」


「えー、そうだったっけ? よく覚えてるね」


「まぁね、なんというか、思い出の曲だったから……」


 わたしは一瞬はっとした――『へぇ、どんな思い出?』と聞こうと思って、その言葉を飲み込んでしまった。


「わたし、マッチ好きだったなぁ」――だって、聞くのが怖かった。


 わたしとあの人の間には、まだ思い出の曲と言えるものは1曲しかない。それもできたてのほやほやで”想い出”と言うには熟成するのにあと数年は掛かるだろう


 わたしの中の思い出の曲たち……。

 そこには必ず恋愛の、それもどちらかといえば甘酸っぱい思い出が詰まっているものだ。


 でも、今はまだ、あの人の過去まで含めて、全てを受け止める自信が、わたしにはなかった――できていなかった。


 ちがう、それをすることが許されることなのかさえ、わたしにはわからない。

 だって、彼の向こう側には、常に誰かの影が見えるもの。


「ボクは明菜派だったかな。さて、じゃぁ、コーヒーでも入れようか」

「うん、お願い」


 すれ違っているわけではない。お互いに何かを避けて、何かから逃げて、何かをごまかしている。そんな感覚に捕われるようになったのは、思い起こせばこの日を堺にだったかもしれない。


 何かが足音を立てて、だんだん近づいてくる。


 だんだん、近くなってくる。

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