第12話 アンティーク・メロディ
街の風景はわたしが住むようになってからも、目まぐるしく変わっていく。でも、ずっとずっと、何年も、変わらない姿でこの街を見つめてきた喫茶店”AntiquesMelidy”
初めての一人暮らし
初めての街
初めての独りぼっち
重い荷物を全て捨てて、心機一転、新しい人生の始まり
新参者のわたしを最初にやさしく受け入れてくれたお店。
この街に引っ越してきた理由は、大学の同級生がこの街に住んでいたからだけど、正直、家を出られれば、どこでもよかった。
勢いで家を飛び出してみたものの、女の一人暮らしというのは、自分が思い描いていたものとはかけ離れていた。
夜が怖い。
朝が憂鬱。
休みの日には居場所がない。
入社して最初の一月は、なんとか自炊をしていたけど、同僚と親交が深まると、夜はほとんど外食になった。
そんなわけで、わたしの料理のスキルはその時点で止まってしまった。
休日の居場所がないわたしは、退屈しのぎの小説を買ってみたものの、部屋で一人で読むのは、どうにも落ち着かず……というよりも、ついつい転寝をしてしまい、ちっとも先に進まないし、女子力が下がる一方
だから思い切って落ち着いて本が読めるようなお店を探すことにした。
あてがないわけではなかった――ずっと気になっていた店がある。
仕事帰り、駅前の遅くまで営業している本屋さんに立寄るとことがある。そこからアパートに向かう途中の裏通りにその気になる店はあった。
蔦で覆われたレンガ造りの壁は手入れが行き届いている――かなり古い喫茶店だ。
きっと珈琲にうるさい常連さんが足を運ぶ通好みのお店なんだろうと、女のわたしが一人で店に入るのはちょっと気が引けていた……。
表通りには有名ファストフード店があるが、学生や子供連れの家族が一杯でどうも落ち着かない。
ある週末、わたしは意を決して入ってみることにした。
わたしは最近人気が出てきた女性作家のエッセイを持ってその喫茶店に入ってみることにした。
『AntiquesMelidy』と書かれた小さな看板がドアにかけられている。
ドアを開けるとドアにつけられたベルの音が”チリーン、チリーン”と店内に鳴り響く。
木目調のカウンターテーブルの奥から「いらっしゃいませ」と品のいい、やさしい声でわたしを迎え入れてくれたのは、50代後半か60歳くらいの、それはそれは絵に描いたようなヒゲのマスターだった。
嘘みたい――というのが、失礼ながら、わたしの正直な感想だった。
その店はまるである年代から時間が止まってしまったかのように見えた。シャンデリア風の証明、年代ものとおぼしきステレオ、鉄製の羽の扇風機、木目調のサイドボード、重厚な質感のテーブルと椅子、壁に掛けられた絵画は意外とポップ調で、アンティークな空間にアクセントを与えている。
「どうぞ、空いている席に」
多分マスターは笑顔でそういってくれたのだと思うけど、マスターの目じりは、普通にしていても微笑んでいるようにしか見えない。
まるで仙人のようだった。
わたしは促されるままテーブルの空いている席に座った。
なんだろう?
この落ち着く感じ。
わたしはブレンドコーヒーを注文し、それから1時間あまり、その店で本を読みふけった。
こんなに集中して本を読んだのは久しぶりだった。
それからほぼ毎週、わたしは『この店で本を読むため』に本を買い、予定のない土曜の午後はここで過ごすようになった。
わたしにはコーヒーの味はわからない。
でも、きっとこの店のコーヒーにはなにか特別な拘りがあるのだろうとは容易に想像ができた。
そして今、わたしはここであの人を待っている。
約束の時間よりも15分早く来た。
わたしは先に来て彼をどんな顔をして向かいいれるのか、後から来てどんな顔をして探すのかを考えて、前者にした。
それでも落ち着かない――まるで少女のように怯えながら、時計の針を眺めていた。
約束の時間の五分前、ついにその時が来た。
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