第11話 PRIDE

 一週間……何かを待つにはあまりにも長い時間。

 わたしはただただ、時間が早く立つことを祈っていた。

 こんなに何かを待ち遠しいと思ったのはいつ以来だろうか――。


 あの人に会いたいと思うわたしは、恋に臆病になっていた”過去の自分”と向き合う、長い時間を過ごさなければならなかった。


 もう二度と逃げたりはしない。逃げたくなんかない。


 わたしはずっと、誰かを好きになること恐れていた。誰かを好きになって傷つくことを恐がっていた。


 別れがこんなに辛いなら

 別れがこんなに悲しいなら

 別れがこんなに切ないなら


 もう恋なんかしないなんて、そんなことを本気で思っていた。


 それは淡く切ない想い出

 中学生のとき、わたしはバスケットボール部に所属していた。


 男子は学区内でそこそこの強さだったけど、女子チームはわたしが在学中、一度も公式戦で勝つことはできなかった。


 みんな仲のいい友達だったけど、高校はバラバラになった。


 わたしは高校に入学してバスケ部を見学に行ったけど、あまりのレベルの違いに圧倒されて、入部するかどうか迷っていた。


「スポーツしていた人が、急に運動しなくなると太るらしいわよ」

 席が後ろでクラスで最初に仲良くなったミッコは、わたしの耳元で時に天使のように、時に悪魔のように囁いた。


 わたしはそれが嫌で――と言うわけではなく、最初に仲良くしてくれた友達の勧めということもあって、それでも、バスケ部の練習にはついていけそうになかった。

「それなら個人競技にすればいいんじゃない? 陸上とか水泳とか」


 なるほど個人競技ならチームメイトに迷惑かけることもない。そしてわたしは自慢ではないが、限りなく金槌に近い、いわば木槌のようなもので、浮くのが精いっぱい。選択肢は”走る”しかなかった。

 未経験者がだめというなら、それはそれで、諦めればいいと部室に足を運んだ。


 そして悪いことは重なるもので、わたしの安易な発想とそのときの陸上部の事情が見事に合致した。


「我が陸上部は慢性的に人手不足、人材不足!」

 特に目立った成績も残せず、運動系のクラブの中でも御荷物扱いのクラブだと、そのときの部長が言っていたのだから間違いない。


 そんな廃部寸前の陸上部の見学に来たわたしを一生懸命に勧誘する部長のそれは熱意というよりは、懇願だった。


 でも、わたしが気になったのは、一人グランドで黙々と練習をするあの人――。

 大きな背中をした先輩の後ろ姿にわたしは心引かれた。


「入ります。わたし陸上部に入ります」

 不純な理由に更に不純な理由が重なり、わたしは陸上部に入ることを決めた。


 そうなのだ。

 わたしは元来惚れっぽいのだ。

 先輩は我が御荷物陸上部のエース。


 もともと陸上の経験がある人ではなかったのだが、友人の付き合いでこの部に入部したらしい。


 ところがその友人が交通事故で亡くなり、それをきっかけに友人の志を継いで陸上に打ち込むようになった……という、それはそれはまるで少女漫画に出てくる主人公のような設定を部長に聞かされたことも、先輩に惹かれた理由だったのだが――。


 もちろんこれには『尾ひれはひれ』がついていて、交通事故は本当だが命に別状のある怪我でもなければ、選手生命に影響があるほどのものでもなかったらしい。


 用はそれをきっかけに練習をサボり、幽霊部員になったことを幽霊=死亡と部長が「おひれ」と「はひれ」をつけたというのが本当のところらしいのだが、あの人はその話を否定はしなかった。


「だってオレがやめたら御荷物どころか本当に廃部になっちゃうぜ。自分がやめたせいで廃部になったとか、部長あたりが言いふらすに決まっているから、それが嫌でオレは一生懸命練習しているんだよ」と、そんな話を聞いたのは入部してしばらく経ってからのことだった。


 紆余曲折――わたしは一目ぼれを成就させ、夏休みには付き合うようになった。

 合宿、大会の地区予選と付き合ってからしばらくは、平穏で緩やかで、楽しい時間が流れていた。


 でも、別れはすぐにやってきた。彼は北海道の大学に合格し、卒業後、札幌で一人暮らしをすることになったのだった。


 遠距離恋愛はものの見事に――それこそドラマやヒット曲の歌詞のように破局した。尾ひれはひれがつく余地もないくらい。


 彼からの連絡が途絶えがちになり、わたしも受験を控えていたし、嫌な予感を抑えることができなくて、たまに電話で声を聞いてもやさしい言葉を掛けることができなかった。

 だって、声をかけて欲しいのはわたしの方なのに……


 ぎくしゃくした関係をもとに戻すには、2人の距離はあまりにも離れすぎていた。


 好きなのに、好きでいられない自分が嫌でしかたがなかった。


 だからわたしはあの人に繋がるすべてを否定した。

 不純なわたし、惚れっぽいわたし、そしてあの人の面影を感じさせるもの全て……。


 でも、時々抑えられなくなる気持ち。

 本当にこれでいいの?

 わたしは……、誰かを好きになれるの?

 本気で愛せるの?


 だからわたしは、あの人とはちがう、弟タイプのあいつに自分を振り向かせようとしていたのかもしれない。


 自分からはいかない。

 自分からは誘わない。

 わたしが好きになるんじゃない。

 あいつが好きになるの。

 わたしが愛するんじゃない。

 わたしが愛されるの。


 でも、気付いていた。

 それは本当にわたしが望んでいることじゃないと。


 彼との約束の日までの間、わたしは過去のわたしと向き合い、いくつもの言葉を交わした。


 もう逃げない。

 もう逃げ出さない。

 それがわたしの”PRIDE”

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