第5話 飲もう!

「あー、もーダメダメ」

 わたしは自分のデスクに身をうずめてもがいた。


スーパーで出会った彼――あのキャベツを鷲づかみにしたあの人のことが頭から離れない。

背の高いコートを着た男の人の後姿を見るたびに胸がときめいてしまう。


「どーしたんですか、先輩。プレゼン、だめだったんですかぁ」

 わたしは得意げな顔を作り、親指を突き出しサムズアップポーズを決めた。


「えー、よかったじゃないですか、でも、何か問題でも」

 後輩のサッチンは鋭い嗅覚を持っている。

 それもかなり天然の。

 いわゆる野生の嗅覚と言うやつである。


 サッチンは身を屈めて、私の様子をチラチラと伺う。

 そんな目ででわたしを見つめるな。

 可愛いじゃないかこの野郎。


「今晩ヒマか?」

 サッチンの小動物のような可愛らしさにわたしは負けた。


「やだー、そんな~、先輩からのお誘いを断るわけにはいかないじゃないですか~、でっ、でっ、何ですか、何ですかぁ、先輩が折り入って私たちにお話ししたいことって」

 目が完全に星マークになっている。

 それにわたしたちって、おい。


「しかたがない、そこまでいうのならあと二人ほど声をかけなさい。ただし……」

「――ただし、男子禁制ですね」

 わたしにははっきり見えた。

 サッチンの額に”肉”と言う漢字一文字が……


「肉だ。肉。肉食おう」

「ラジャー!」

 サッチンは両親指を可愛く立てて、わたしの指示を実行に移しに行った。

 デザイナーのアッコはものの数秒でサッチンにつかまり、サッチンの視線はすでにキヨミという獲物を狙っていた。

 サッチンの積極性は羨ましい。


 わたしの社内でのポジション。

 ――いつの間にか上には役付きのお偉いさんしかいなくなってしまった。


 リーダーなんていわれるのは、なんとも苦手だし、こともあろうに”姉(あね)さん”と面と向かって言う男子社員は後ろから蹴飛ばしてやるのがわたしの流儀だ。


 わたしは姉御肌なんかじゃないのに、どうもこの職場はそういうキャラを無理に人に求めてくるきらいがある。


 確かにデザイナーとかPC使う仕事の人は、文化系が多い。

 わたしは3年間陸上部に所属していたから、他の人に比べれば、体育会系のオーラが出ているのかもしれない。


 でも、わたしはそんなに純粋な陸上少女じゃないのだが、また”せつない思い出”にかき回されるのが嫌で、その時は思い出すのを無理やりに止めたわたしは、気持を切り替えて仕事に集中をした。


「はい、生、四丁、お待ちー!」

 中ジョッキが焼肉のテーブルに乗る。

「乾杯! おつかれー!」

 女4人。たまにはこうしてガッツリ焼肉を食べる。


「契約成約おめでとうございまーす」

 その日の夕方、プレゼンをしたクライアントから、早速お願いしたいと返答が来た。今月もどうにかノルマを達成できそうだ。

 別に会社でノルマを課しているわけではないのだが、予算を持つということは、結局そういうことなのだ。


「まぁ、これもアッコのイラストのおかげよ。あの女の子のイラスト。クライアントにすごく評判よかったんだからぁ」


 アッコはデザイナー。

 彼女と組んだ仕事の成約率は実に高い。


「さすがはゴールデンコンビ。決める時はきめますねー」

 テーブル狭しと並べられた肉を網の上にきれいに並べながらサッチンが言う。

「ちょっと、そのゴールデンコンビっていうの、もうやめてよー」


「えー、なんでですかぁ、だって部長はいつもそう呼んでいますよー」

 部長は管理者としては、それはそれは有能な上司だ。

 数々のわたしの失敗をフォローしてくれた。

 誰からも信頼されている。

 唯一つ不満なのは、こういった”ネーミング”のセンスのなさである。


 それは部長の人心を掴む一つのテクニックではあるのだろうが、とても広告を生業としている人間のセンスとは思えなかった。

 最初はわざとそういうことをしているのだと思ったのだが、案外と……

「でも、でも、今日はそんな話じゃないでしょうー。先輩なにかあったんですか、もしかして、もしかして」

 わたしが思考を進めることを許さないようにサッチンがまくしたてる。


「コラコラ、そんなに煽るな、煽るな。あまり期待されると話しづらくなるでしょう!」


 別に彼女たちに隠し事をするつもりはなかったが、いざとなるとどこから離していいのかわからない。やはりあいつのことを離さないわけにはいかないか。


「すいませーん。カルビ二人前とタン塩二人前追加おねがいしまーす」

 別にこういう会話が嫌いとか、苦手とかではなく、キヨミはただただ焼肉が好きなのである。


 わたしは彼女の食べっぷりを見るのが好きだ。

 わたしも安心して暴飲暴食できる。


「あんたたちこそ、どーなのよ。最近彼氏とはうまくいってるのー?」

 年の劫というやつだ。

 わたしはキヨミが作ってくれた隙間を利用して反撃にでる。

「えー、それ聞いちゃいますー。わたし、暴れちゃいますよー」

 しめた! かかった。

 今日はサッチンに酒の肴になってもらおう。


 まさかこの歳で一目ぼれしたなどと、口が裂けてもいえない。

 でも今夜は騒ぎたい気分。

 飲もう!

 今日はとことん盛り上がろう!

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