第2話 あいつなんか

 彼と出会ったのは……去年の12月。

 思えば1998年は長野オリンピック、日本のワールドカップ初出場とお祭り騒ぎの年だった。

 街の中を歩けば、Wham!のラストクリスマスや山下達郎のクリスマス・イブが聞こえてくる。

「きっと、きみは、こないかぁ~」


 わたしは仕事帰り、一人家路を急いでいた。

 住み慣れたこの街も、気がつけば少しずつ変わってきている。


 女一人でも気軽に入ることができたショットバーは前の年につぶれてしまい、駅の反対側に住んでいた学生時代からの友人も、同じ頃に結婚して引っ越してしまった。


 居場所がない。

 もうすぐクリスマスだというのに、スケジュール張には仕事のことと、実家に帰ることしか書いていない。


「みんなあいつがわるいんだ」

 別にふられたわけじゃない。わたしからおりただけ……。


「あれー、そんな歌詞のヒット曲、昔なかったかなぁ~」

 わたしはいつもどおりだった。


 いつもどおり恋をして、いつもどおりアプローチした。

 あいつは恋の駆け引きとか、遊びで誰かと一夜をともにするとか、そんなこととは無縁なタイプ。

「もしかしたらナンパとかしたことないんじゃない?」

 顔を赤らめて、そのくらいしたことありますよと言い返しつつも、成功したことないけどと付け加えるところが、らしいといえば、らしいのだ。


 時には毎日のように連絡をとりあっていたが、お互いすぐ手の届くところまで近づいて、見合ってしまった。

 手を握るのは女からではなく、男からであって欲しかった。

 ちょっとなれた男なら、すんなりことは運んでいたはずなのに……。


 あいつったらちっとも煮え切らなくて、わたしは作戦の失敗を認めつつも、このままでもいいかなぁと思っていた。


 あの娘(こ)が現れるまでは……。


 妹タイプっていうんだろうなぁ、あーゆーの。

 わたしは最初から相手に甘えたりするのはどうも苦手だったし、自分のことは自分でやりたいし、相手を束縛するのも好きじゃなかった。


 何回かご飯を食べたりカラオケ行ったりして、すぐにピント来た。

 この娘、あいつに気があるんだ……。


 あの娘はまるで風船のようにふわふわしていて、少しでも乱暴に扱おうものならすぐに壊れてしまいそうで、正直、わたしもついつい視線が行ってしまう。


 可愛いじゃないか、この野郎!


 だから周りにいる誰もがあの娘のことを『守ってあげたい』と思ってしまう。

 でも、彼女が守って欲しいのは『誰でも』ではなく『あいつだけ』なのはすぐにわかった。


 あいつもそうだけど、あの娘も世間ズレしていないまじめなタイプだった。

 もし、友達になれたら、きっと彼女の恋を応援しただろう。


 彼女はそういう星の下に生まれたのだろうし、わたしもきっとそうなのだ。

 あの二人をみていると、どうにもわたしの居場所がないような気がした。

 だから、わたしは……大人になった。


 大人になって身を引いた。


 一度背伸びをしたら、それを続けるしかなかった。


 そんなとき、あの人が現れた。


 ……それはまるで運命のようだったし、二人を結びつけたのは信じられないことに本当に一本の糸だったのである。


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