いつものように、夢の中の僕は海底に沈む広大な都市とともに眠っていた。

 エメラルドに染まる水底の様子は、しかし今までの夢とは違っていた。

 都市の真ん中の、いちばん奥深く、大きな二枚貝が静かに横たわっていて。

 かすかな銀の光が、はるか頭上から降っている。

 目を閉じていても、その銀色が海の中で雪のように降り積もってゆくのが僕には見えていた。

 都市にも、僕にも、二枚貝の上にも、きらきらと銀色が降りそそぐ。

 やがて、貝の口がそっと開いた。

 

──思った通りだ。


 貝の中から生まれたのは、やわらかな乳白色に輝く大きな真珠だった。

 深海の闇の中、その上から絶え間なく降る銀色をうけて真珠は輝き続ける。

 僕の胸の中でも、ぼうっと何かが光っている。

 呼び合っている。

 それが、嬉しい。

 僕も、都市も、一緒に夢見ながら待っている『それ』も、喜んでいる。

 嬉しくて、心が浮き立つ。

 そうだ。

 浮かび上がろう。

 海の上へ。

 まだ『その時』にはずいぶん早いが、本当の目覚めまでには時間はあるが、少しばかり寝返りをうってもいいだろう。

 我が呼び声を聞く者に、ほんの少しばかりの、夢を見せてやろう。



     *     *     *



 じわりと沸き出す汗の不快さで目が覚めた。

 夜の病室を、ベッドサイドテーブル上の明かりだけが照らしていた。

 枕の上に手帳と鉛筆が転がっている。

 ワイシャツのまま着替えもせず、ベッドの上で書きながら、いつの間にか眠ってしまっていたのだ。

 ずっとうつ伏せで負担がかかったのか、胸が重苦しかった。

 軽く咳き込みながら起きあがり、汗ばんだ下着とワイシャツを脱いで、着替える。

 もうとっくにそんな季節でもないはずなのに、蒸し暑さを感じた。

 病室の窓は閉まっていた。


──それでか。


 歩み寄り、そっと窓を開けてみた。

 真っ暗な夜空と真っ暗な海だけがあった。

 星も月も何も見えない。

 海からの風も、ない。

 ただ、べったりと。

 何もかもが動きを止めている。

 いや。


──いる。


 きらりと光った。

 目を凝らして、見る。

 真っ暗な夜空に、ただ一筋の銀の光。

 海岸線に沿って真っ直ぐに飛んでいる。

 僕から見て右手から左へ。

 銀色の翼の飛行機が──

 なのに、なぜかプロペラやエンジンの音は全く聞こえてはこない。

 こんなに静かな夜だというのに。

 その静けさの中で、僕の呼吸と心臓の鼓動だけがやけに大きく響いた。


 呼ばれている。

 呼び合っている。

 夢の中のように──


──僕はここにいる。

 

 夜空に向かって声を上げ、銀色に呼びかけたかった。

 大きく息を吸い込んで、だが次の瞬間、出てきたのは激しい咳込みだった。

 乱れた呼吸が病んだ肺から血痰混じりに吐き出される。

 窓枠に寄りかかり、右手で胸を押さえて息を整える。

 冷たい秋の夜風が僕の肺を乱暴に揺さぶった。

 けれどどうにもたまらなくなって、窓から身を乗り出した。

 機体はどんどん遠ざかってゆき、やがて見えなくなった。

 それでも、僕は窓から半身を乗り出したまま、銀の光が飛び去っていった空の彼方からいつまでも目が離せなかった。


(続く)

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