第2話 戦国転生
「うわー……すごいな、こりゃ」
目の前に広がる『ゴミ屋敷』ぶりを見て、俺こと山田俊明(やまだ としあき)は、思わず声をあげた。
日本のどこにでもある、地方都市。その郊外にある、古びた一戸建ての中に俺はいる。
屋内は、古本やら古着やら、壺やら茶碗やらお皿やら。所狭しと物が積み重ねられていて、まさに足の踏み場もない。
「10年ぶりに入るけど……相変わらず叔父さんらしい家だな」
このゴミ屋敷は、父方の叔父、山田剣次の家である。
正確には、家だった、と表現するのが正しいけど。叔父さんは先月、死んでしまったのだ。
……孤独死だった。
29歳の俺よりも、20歳年上の、49歳。死因は心臓発作だった。
古物を扱って生計を立てていた叔父さんは、いまから半月前に死亡していたらしい。
だが一人暮らしで友人もおらず、会社員でもなく、結婚もしていなかったため、遺体の発見が遅れてしまった。その後、唯一の血縁者である俺に連絡がきたので、俺は叔父さんの家にやってきて、役所の職員から遺骨を受け取ったあと、遺品整理に乗り出したというわけだ。
若いころは会社員をやっていたけど、上司とソリが合わずいじめられ、それで会社を辞めて店を開いたと言っていた叔父さん……。
――毎月毎月、食っていくのがやっとだよ。
――そりゃ家は一戸建てだけど、築何十年にもなるボロ家を、格安で買っただけだしな。
――この生活じゃ結婚もできないよ。まあしたくても、肝心の相手がいないんだけどな。
そんなセリフを、笑いもせずに言っていた。
社会から踏みにじられ、誰からも愛されず、ひとりぼっちで死んでいく。
他人事とは思えなかった。俺の末路もこんな感じかもな。
だいたい不器用さは血筋なんだ。死んだ両親も、人付き合いが得意なほうじゃなかったし。
俺だってそうだ。高校を卒業してから勤めた会社はブラック企業で、営業職として朝から晩までコキ使われ、そのくせ給料は激安のまま。心身共に疲れ果てた俺は、数か月前、ついに会社を辞めたのだった。
いまは失業手当で食っているが、これもいずれは切れてしまう。お先真っ暗とはこのことだ。未来になんの希望ももてない。
……いつからこうなったんだろうな。
小さいころ、この家に遊びに来ていたときは、もっと人生が楽しかったのに。
さらに家の奥まで進むと、ドアがあった。
こいつは、実は『開かずのドア』だ。開けるのにちょっとコツがいる。
俺はドアノブをつかむと、ぐっと上にドアを上げて、ノブを回した。
すると、ガチャン。
――ドアが開き、部屋の中が露わになって、
「……昔のままだな」
部屋を見た瞬間、俺は思わず独りごちた。
室内には、刀、槍、弓、さらには火縄銃のような古い銃から、リボルバーまで――
そのまま戦争でもできそうなほど、武器が雑然と置かれていた。部屋の片隅には刃物の砥ぎ石もあるし、さらにその横には半端にバラされている火縄銃や、磨きかけと思われる長槍もあった。古物商とはいえ、これだけの武器を揃そろえているのは、法律的にも道徳的にもアウトだろう。
この部屋は開かずのドアだから、役所の人も発見できなかったんだろうが、もし見つかっていたらえらい騒ぎになっていたに違いない。
「ほんと、昔のままだ」
そう、俺はこの武器の存在を知っている。
両親にさえ内緒だった、俺と叔父さんだけの秘密。
ここにある大量の武器は、そのほとんどが、叔父さんの手作りなのだ。
もう20年以上前になるか。当時子供だった俺はこの家に遊びに来て、偶然、『開かずのドア』を開けてしまった。
剣次叔父さんは驚き、それから笑って言ったのだ。
『なあ、俊明。武器って、カッコいいと思わないか?』
『思う!』
『よし、それなら使い方とか作り方とか、手入れの仕方とか、教えてやるよ』
いまにして思えばとんでもない叔父だ。
だが当時の俺はガキだったので、喜んで叔父と秘密の約束を交わした。
それから数年間。俺は叔父さんから、武器の作り方を徹底的に教えてもらった。
ジャンルは古今も洋の東西も問わずだった。旧石器時代から現代まで、ありとあらゆる武具の作り方や手入れの方法まで仕込まれ、実際に刀槍や鉄砲まで作ったんだ。
そんな叔父さんとも、就職してからは疎遠になり、この家に来ることもなくなった。
最後に会ったのは俺が就職した直後だったか。武器作りとはまったく関係がない仕事に就いたことを叔父さんは嘆いていたけれど、正規の教育機関で学んだわけでもない武器製造のテクニックが役立つ仕事なんてあるんだろうか。せめて技術職に就けって意味だったかもしれないけどね。不景気でそれもままならなかったけど。
――とはいえ、そうして疎遠になった結果が叔父さんの孤独死か。
もっとなんとかならなかったのか。いまさらながら、悔やむ。
「だけど叔父さん。なんで武器を自作してたんだろうな?」
叔父さんは、武器を販売したりはしていなかった。
そりゃ、売ったら逮捕される訳だし当然なんだけど。
要するに金儲けのためではなく、ただ純粋に武器を作っていたんだよな、あの人は。
なんで武器を作ってるのか聞いたときは、笑ってごまかされたっけな。
「趣味、だったのかな」
何気なく、その場にあった刀を手に取る。
ぎらりと、白刃が光る。なにか、妖気のようなものを感じた。
孤独死してしまった叔父さんの魂が、刀に沁み込んでいるんだろうか。
――俺はふと、武器を作った叔父さんの気持ちが分かった気がした。
「強さに憧れがあったんだろうな」
その気持ちが、俺にはなんとなく分かるのだ。
そうだよな。強くなりたいよな、叔父さん。
……強くありさえすれば、俺だって……。
「俺だって――なんだ?」
『俺だって』の続きがなんなのか、自分自身でも分からない。
俺だって、俺だって……その言葉だけがぐるぐると、渦になって脳髄の中を駆け巡る。
そのときだった。にわかに、パラパラパラパラ、と妙な音があたりに響き始めたのだ。
「雨……?」
天井を見上げる。それは確かに雨のようだった。
雨はすぐに勢いを増して、家屋の屋根瓦を叩きだす。
バラバラバラバラ、バラバラバラバラ……!
かと思うと、光が目の前に広がっていく。
雷……!?
何度か、まばたきをする。
その瞬間、ゴロゴロゴロ、と轟音が響いた。
まぎれもない雷鳴。俺は思わず息をのみ――
その瞬間だった。
いかずちが、一戸建てを、そして俺の肉体を貫いた。
俺はいま、死んだ。不思議なことに、それが理解できた。
顔がゆがんだ。
涙も出なかった。
人生の結末なんて、案外こんなもんだよな……。
だけど絶命の瞬間にさえ、薄れゆく意識の中で思ったんだ。
――俺だって……。
ドンッ!
「うわっ!?」
背中に強烈な痛みを感じて、俺は思わず声をあげた。
背後から殴られた?
……いや、違う。
目の前に青い空がある。
草と土の匂いがする。
俺は、仰向けになって寝転がっているのだ。
さっきの痛みも、背中から地べたに向けてぶっ倒れたことによるものらしい。
――俺、貧血でも起こしたっけか?
「あれ?」
妙なことに気がついた。
身体がいやに小さい。なんだ、これ。
なんだか、おかしいぞ。そもそも俺は雷に打たれたような……?
「ヤゴロウ、大丈夫か?」
突然、声をかけられた。
顔を向けると、少女がいた。
12歳くらいの、つぶらな瞳をした美少女だ。
倒れている俺を、心配そうに覗きこんでいる。
白い肌に整った目鼻立ち。白桃色の小さなくちびる。さらによくよく見ると、双眸は少しばかり吊り上がって、どこか猫を思わせる佇まい。全身の体躯は細身そのもので、長い黒髪を、うなじのあたりで束ねているその髪型が、スレンダーな肉体に、なんだかよく似合っていた。
「すまない、やりすぎた。相撲を始めると、手加減なしにやってしまうのが私の悪いくせだ」
――伊与。
俺の脳裏に彼女の名が浮かんだ。
いや、それだけじゃない。記憶が次々と復活していく。
いまは天文20 (1551)年11月。ここは尾張国の東の外れにある村、大樹村。
俺はこの村の子供、弥五郎。満年齢でいえば12歳。目の前にいるのは同い年の幼馴染、伊与。
小さいころ、病気で両親を亡くし、お隣さんだった俺の家に引き取られて一緒に育っている。
伊与は女の子だけど相撲が好きで、しかも強い。
俺は別に相撲好きじゃないけど、伊与に付き合って遊んでいたんだ。
だけど思い切り投げ飛ばされて、背中を激しく打ちつけて――そうだ、俺は弥五郎だ。
でもちょっと待て。俺は山田俊明で、叔父さんの家を整理していて……?
山田俊明として生きた、29年の人生を思い出す。あの人生は夢だったのか?
いや、そんなはずはない。ってことは、もしかして……。
俺は、転生してしまったのか!?
それも戦国時代の世界に……!
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