第15話 ジャンク船
雲の厚い海の上であった。そして風が出てきた。波は淡々とうねっていたが風に煽られて白波が立ちはじめている。しかし、風は雲も動かす。流れゆく雲の隙間から、金色の日差しが海に放たれた。
その光の筋の間から茂木港沖に大型のジャンク船と小型のジャンク船五隻が登場した。
鬼頭組の船だった。
茂木港からも中型の和船が10隻ほど南蛮船に向けて出港している。
南蛮船は、近づいてくるジャンク船に気がついた。大砲二門が船の脇から顔を出し発射する。ジャンク船はスピードが速く玉は大きくそれた。
戦闘慣れしているジャンク船団は、あっという間に南蛮船に近づく。ジャンク船の乗組員は、南蛮船に縄を掛け次々と乗り込んでくる。
いつの間にか集まった和船も南蛮船を包囲した。その中の一団の中に道智がいた。倭寇達に混じって縄ばしごを、よじ登り船上に降りる。
船上では南蛮人の水夫達との戦闘が始まっている。戦いは喧嘩慣れしている倭寇達に任して、下の船室に入る入り口を探し、狭い階段を駆け下りる。
広い船室に出ると、そこには娘達が再度縛られて集められている。警護役の水夫が襲いかかってきたが、持っていた錫で打ちのめす。
「助けに参った」そう言うと一番近い娘の手と足の縄をほどく。
「みんなの縄をほどくのじゃ」「はい」
「娘よ、ここに僧と若者がまいったであろう。そのもの達は無事か」
「はい。来ましたけど異国の侍に捕まってしまいました。二人とも下の方に連れて行かれました」そう言っている内、倭寇達も船上の水夫を制してなだれ込んできた。
「竜太郎殿、この娘達を助けてやってくれ」
倭寇の大将に叫ぶと、船底に捕らわれている二人を探した。
船底では小太郎と惠瓊は柱に縛られていて相変わらず身動きが出来ない。惠瓊は出血が止まらず昏睡状態だ。
「惠瓊殿、小太郎」
そう叫ぶ声が外から聞こえてきた。小太郎ははっと顔を上げた。
「道智様。ここです」
大声を上げる。船底の入り口のドアが開く。道智が飛び込んできた。
「道智様」
「小太郎、よくぞ生きておった」
「惠瓊様が怪我で大変です」
その声を聞き終わらないうちに二人の縄をほどいた。
ベロドリアは早めに異変に気づいていた。
船窓からジャンク船の集団を見つけた時、船長にいち早く砲撃命令を出した。その後ボートで逃げようとしたが、その時はすでに南蛮船は包囲されていたのだ。
東南アジアの国で好き放題やってきたベロドリアは、この日本の現地人がこれほど勇敢で知的な事に驚いている。これまで、インドやインドネシアなどでは、こんな事はなかったのだ。この国の現地民は脅しが効かないことに、今更ながら思い知ってた。だからこそ慌てふためいてしまっている。
ジャンク船は南蛮船より数段性能が良い。乗り込んでくるのは時間の問題だと悟り、ドアに鍵を掛け、最近手に入れた連発式の単筒を三挺手元に置き、いたぶっていた小百合を裸にして縛り上げる。裸にしていれば哀れさも増し、女の動きも恥ずかしさで鈍くなると計算したのだ。
この娘を人質にとって逃げ出すしか方法はないと腹をくくったのだ。
鍵を掛けたドアを激しくたたく者がいる。
「小百合さん。小太郎です。助けに来ました」
そう叫ぶと、ドアを蹴り破って何人かが部屋になだれ込んだ。
ベロドリアは裸の小百合を立たせ、その後ろで単筒を構えていた。小百合は裸をみんなの前にさらされて、あまりの恥ずかしさに声も出ずに身もだえる。
その姿を見た小太郎は怒りで顔が真っ赤になった。
後先も考えずに飛びかかろうとすると、小太郎に向けてベロドリアの単筒が火を噴く。轟音が狭い船室に響き渡り、隣にいた倭寇の一員の腹に命中し崩れ落ちる。
道智が小太郎をすばやく制止しし後ろから前に出た。
「異人よ、その娘を話せ。そうすれば命だけは助けてやる。この船はすでに我々の手中に落ちているのだ」
狭い部屋の奥には裸の小百合を盾にしたベロドリアが立っている。左手で小百合の華奢な首を巻き、右手にはナイフを持っている。
入り口近くには、錫を手に持った道智を先頭に小太郎と倭寇の頭、鬼頭竜太郎、数人はドアの外に身構えている。
「道智さんと言いましたね。この娘は人質です。私をこの船から出して下さい」
ベロドリアの目はつり上がっている。絶体絶命の危機を何とかしようと頭を巡らしているのだ。
「分った。娘をはなせ。そうすれば命だけは助けてやる」道智もベロドリアから目を離さない。
「おー、物わかりが良いですね。そうせていただきますよ。ただ娘を解放するのは、私の身の安全が確保されてからですが」
そう言うと小百合を盾にじりじりと進んできた。小百合の顔は緊張のあまりこわばり、目の焦点が合っていない。
その時、道智の横にいた竜太郎が刀を捨てて一歩前に出た。
「異人殿、わしをその娘の身代わりにしてくれぬか」
中肉中背で、優しそうな顔をしている竜太郎だが立ち振る舞いの所作は堂々としている。
ベロドリアはびくっとして足を止めた。
「あなたは何者ですか」ベロドリアは注意深く竜太郎を見た。
「私は、鬼頭組の竜太郎と申す者。義あって道智殿に味方をしている。その娘では人質として役に立たぬであろう」
「鬼頭組。あの倭寇の鬼頭組ですか」
ベロドリアは顔色が変わった。倭寇達にはさんざん悩まされてきたのだ。特に長崎近辺で鬼頭組のジャンク船には煮え湯を飲まされ続けていたのだ。せっかく積んできた火薬の樽も何度か奪われていた。
竜太郎の顔を見た時ベロドリアの今までの恨みが吹き出た。
返事もせずに、単筒を竜太郎に向けてぶっ放した。轟音と共に竜太郎は吹っ飛んだ。腹を打ち抜かれていたのだ。
耳元での轟音で、小百合の精神的な何かが切れた。小百合の股間から生暖かい液体があふれでた。失禁したのである。
小百合の尿はベロドリアのズボンを濡らした。ベロドリアはズボンが濡れているのに気づき慌てた。何かの薬品だと勘違いしたのだ。
一瞬場面に空白が流れる。その空白を道智は逃さなかった。
錫が一閃した。
ベロドリアの額を錫の金の部分で突き抜いたのだ。
ボコっという頭蓋骨が陥没する音が聞こえ、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
後ろ向きにスローモーションのように大の字になってそのまま倒れてしまった。ところが予備に腰に付けている短筒が倒れたショックで暴発して、弾丸は運悪く小太郎に向かっていた。
轟音と共に小太郎は後ろへ倒れ込んだ。小百合も支えを失いしゃがみ込んでしまった。
立っているのは道智一人だけだった。
戦いが終わった船内は倭寇の戦闘員がきびきびと後片付けをしていた。
鬼頭竜太郎の傷は脇腹をかすっていただけだ。手下からすぐ手当を受けたのでもう立ち上がってみんなの指揮をしていた。
ベロドリアは軍人ではない。短筒の練習などした事はなかったのだ。
現代でも精度の高い拳銃での銃撃戦での命中率は二割弱という統計があり、いかに至近距離とはいえ命中するのが困難なのか分る。
暴発した拳銃の弾は小太郎の股間の下を通り抜けており、小太郎はそのショックでやはり失禁をしてしゃがみ込んで倒れてしまっているだけであった。
「仏罰じゃ」道智はそう言うとベロドリアの死体に手を合わせた。
小太郎は小百合に着物を着せ、肩を抱いていた。小百合も放心状態から少し回復したようで目の焦点が合ってきた。
「小百合さん、もう大丈夫だよ」
「小太郎さん」
やっと声が出た。
「私、わたし・・」苦しそうな声で小太郎の顔を見る。
「あっ、いいんだ。無理にしゃべらなくても。ここから出て家に帰ろう」
小太郎のあふれ出る男気が言葉一つ一つに滲み出している。
「小太郎、最後の仕上げじゃ」
そう言うと道智は動き出した。
「は、はい」小太郎は我に返った。
道智は鬼頭組の手下にいろいろ指示を出した。鬼頭組は、手際よく船内で動き出した。壁際で何か細工をしていた。爆弾を設置しているのだ
「みんな隅によって耳をふさぎなさい。いくぞ」
そう道智はさけぶと導火線に火をつけて大急ぎで柱の陰に隠れる。
ドカンという激しい爆発音と共に船の横腹に穴があいた。煙が収まると道智はその穴から海を見た。
いつの間にか、船の回りに小舟がたくさん寄っている。島田宗件の手下がタイミング良く待っていたのだ。
「小太郎、そこにある帆の布を持ってこい」
見ると帆船のスペアの帆がたたんで置いてあった。その帆布の両端についている綱を柱に縛り付け、船の横にあいた穴から海に向かって放りだした。下の船は、その布をうまくつかんで広げていた。 布の緊急用の滑り台だ。
「娘達、さあこの布を滑って下の船に逃げなさい」
裸に近いので恥ずかしがる娘達を小太郎と鬼頭組は引っ張って来て、その滑り台にどんどん載せていった。娘達の悲鳴が飛び交う。道智も小太郎も懸命にみんなの手助けをした。
下にいる船もピストン輸送で次々と娘達を救出している。娘達をほとんど滑り台に乗せると、いつの間にか島田宗件と何人かの手下が、上がって来ていた。
「いつの間に上がってきたのですか」
小太郎がびっくりして聞くと、宗件はにやりと笑った。そして道智に深々とお辞儀をする。
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