第14話 倭寇
茂木の港では、左馬之助の成敗の知らせを聞いた道智は、宗件となにやら相談をかわしていた。
「宗件殿、左馬之助は准山殿が成敗を果たした。あの南蛮船には娘達が大勢捕らわれています。主立った兵士は猛威ないと思われます。今こそあの船に乗り込みましょう」
宗件も、惠瓊と小太郎の作戦が失敗に終わり、次の策を考えていた。
左馬之助達の長崎襲撃は予想外で、それらを山伏達が制したというのも予想外だった。
南蛮船の中の人間達も、左馬之助達が戻ってこない事を知ればすぐさま出港するであろう。あの船は軍艦並みの装備を持っているし、船足が速い。港を出られたら容易に捕らえる事は出来ないと分っていた。
宗件の頭の中はめまぐるしく動いている。道智も海を見つめながら、顔をつるりと撫でる。
その時、遠くから港に向かってくる馬があった。
山伏たちがざわめいている。
その馬に人が載っていて、一直線にこの船着き場に向かっていることを察知した5人の山伏たちは、一斉に身構える。
そこに何かが飛んで来る。
山伏たちの中に落ちると爆発する。今で言う手榴弾だ。
その爆発力も凄まじかったが、爆弾の中に釘が入っていた。
その釘によって山伏たちは致命的な傷を負い、全員が倒れてしまう。
その爆発音で道智が出てきた。
馬を降りた左馬之助と対峙する。
「左馬之助とやら、貴様は准山に討たれたと報告があった」
「ああ、死にそうになったよ」
左馬之助は涼しい顔で答える。
「しかしワシのほうが、強かったのだ。まさしく神のご加護だ。あの熊のような山伏は串刺しになって、道で往生したよ」
「なに、お主が准山を殺したというのか」
さすがの道智もうろたえた。
「ワシは今すぐ船に戻らないといかんのだ。邪魔をするな。すれば死ぬぞ」
長身の左馬之助は、腰のサーベルを抜いて船着き場へ行こうとする。
道智はその行く手を塞いだ。
「左馬之助、お主を船に戻すわけはいかん。宗件殿、物陰に隠れてくだされ」
道智の傍にいた宗件は慌てふためいて、船着き場の小屋の方に走り出す。
「又坊主か。長崎には頭の悪い糞坊主がたくさんいるとみえる」
左馬之助は吐き捨てるように話す。そう言いながらもずんずん歩いていく。
道智は身構える。左馬之助の発する殺気を強く感じるからだ。
「左馬之助とやら、貴様の悪行は全て知っている上で頼みたい。あの船に乗っている娘達を開放してもらえないだろうか」
道智はあくまでも低姿勢だ。
「ふん、バカ坊主め。日本の娘達がどれだけ外国に売られて行った知っているのか。今回の娘達を開放しても、又同じことがたくさん行われているんじゃ。お前たちがやっているのはただの自己満足しか過ぎないことに気づけ」
道智は笏を握り直した。
「ふむ、口で頼んでも無駄なようだな」
二人の目線が合った。
左馬之助は道智に向かって走り出す。左馬之助の脚力は常人ではない。あっという間に道智の目の前まで来る。左馬之助は無造作にサーベルを振り上げ、切りかかってくる。
ブンと切りつけてくるのだが、そのスピードと威力は半端ではない。
笏で簡単に受けきれるものではないと判断し、後ろへ飛びよける。
左馬之助は二度三度と切りかかってくる。三度目の件は避けきれず、笏で頭上の剣を受ける。
ガツンという衝撃がはしり、硬い笏をへし折られる。
道智は思わず尻餅をつき、後ろへ転がりながら船着小屋に向かって走り寄る。
左馬之助は野獣である。あの朝鮮半島の虎を彷彿とさせる迫力を持っている。
さすがの道智も脂汗が滴り落ちる。
相手が野獣なら、己もまた野獣にならなければこの勝負に勝てない。
一瞬のうちに道智は悟る。
「宗件殿、刀を!」そう叫んだ。
宗件は商人ながら帯刀を許されている。そして小ぶりの刀をさしていた。
道智の声に宗件は自分の刀を鞘ごと道智に投げる。
道智は左手で受け止め、刀を腰にさす。
その瞬間、道智は侍に戻っていた。
まだ刀は抜いていない。
左馬之助は道智に向かって突進してくる。
思いサーベルを軽々と振り回し、左右上下から切りかかってくる。
道智は体をかわし続けていく。
その姿は、舞を舞っているように見えただろう。
「ふう、まるで蝶みたいなやつだな」さすがの左馬之助も一息をつく。
「そろそろかたをつけようか」
そういうと、サーベルの握りから紐を解き、右手にくくりつける。
サーベルを投げつける気だ。更に左手にナイフを持った。
二刀流である。
左馬之助の戦いには決まった形はない。どんな突拍子もない形であろうと左馬之助にかかれば殺人技となる。
道智は無言である。そして静かに目を閉じている。
ジリリと左馬之助が間合いを詰める。
いきなり、左馬之助は右手のサーベルを突く。
道智は紙一重で避け、左馬之助の懐に飛び込んだ。
左馬之助は、道智は下がるとよんでいて、その下がり際にサーベルを離し、道智の胸を突き刺すつもりだった。
ところが、意にはんして逆に飛び込んできたので一瞬怯む。
道智はそのスキを逃さない。必殺の居合が一閃した。
次の瞬間、左馬之助の胴から大量の血が吹き出る。
左馬之助の上半身がズルリと滑り落ちた。
真っ二つに切れていたのだ。
心翔刀流の秘技、「鬼の胴切り」だ。道智は無意識のうちに武士に戻ってしまっていた。
青年時代、何度も何度も稽古してこの技を会得していた経緯がある。
危機に迫って無心になった時、咄嗟にこの技が出てしまったのだ。
少し時間がたち、道智は我に返った。
深く大きくため息をつく。
物置から、宗件が飛び出して来た。
「道智殿、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫です」
刀を鞘に戻し、宗件に返す。
「恐ろしい男だった。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・」
そう念仏を唱える。
「宗件殿、私は侍を捨て仏に使えてきたが、身が危うくなった時体と心が戦いに反応してしまう未熟者だということが、改めてわかりました」
宗件は黙っている。
「まだまだ修行が足りないようです」そういう道智の顔は悲しそうだった。
南蛮船内ではベロドリアが、船内をうろうろしていた。
左馬之助達が戻ってこない事にいらいらしているのだ。南蛮船の主立った兵士達はほとんど左馬之助が連れて行った。残るは、船長のジョゼと十人ほどの水夫達だけだった。
ベロドリアは迷っていた。長崎に出かけて昼には戻る手はずだったのが戻ってきていない。昨日の襲撃の事もあるのでなにやらいやな予感がするのだ。
「日の入りまで待とう。それでも戻ってこなかったら出発だ」横にいた船長に告げた。
宗件は手下の者を走らせ、ありとあらゆる手を打った。まずは南蛮船を乗っ取らなければならない。
しかし、南蛮船に対抗できる軍艦をすぐさま調達できるはずもなかった。各藩と交渉しても丸一日はかかる。それでは南蛮船はいなくなってしまうだろう。
宗件の強みは表の顔と裏の顔を持っている事だった。宗件はたった一つの望みに掛ける事にした。
茂木港から四キロほど離れた水元村にやってきた。小さな港がある小さな集落だ。宗件は一軒の粗末な家に入った。
「鯨海殿、又来たぞ」
一間しかない部屋の真ん中にある囲炉裏のそばに年配の男が座っていた。
「宗件殿か」
「先だってのはた揚げの者達の加勢はまことに助かった。これはお礼の金子じゃ」そう言うと懐から小判を一包みおいて頭を下げた。
「かたじけない。あの者達の行く末に使わせていただきます」
「鯨海殿じつはもう一つ願いがあってやってきた。たしか竜太郎殿が船団を率いて天草の秘島に身を寄せていると聞いている」
「よくご存じで」 鯨海の顔が曇った。誰も知らないはずの事を知っている。まことに宗件は不気味な男だった。
鯨海の息子鬼頭竜太郎は、倭寇の頭領だった。
倭寇とは日本人の海賊の事と言われているが後年は中国人が主流だと言われている。長崎の五島列島を本拠地にした中国人の王直は有名である。
しかし倭寇を海賊と決めつけて呼ぶのは不正解であろう。私貿易、密貿易を行う商活動も頻繁に行っていた。海賊イコール犯罪者というのは短絡過ぎる見解である。
陸地でも戦国時代は、力で土地や者を奪って領土を広げていくのが当たり前だ。海でもその考えは一緒である。もう何百年も東シナ海で活動していたのだが、1601年、徳川家康は朱印船貿易を確立、船舶保護のため海賊船の取り締まりを始めた。
これまで何度も取り締まりを行っていたのだが、今度ばかりは倭寇達も身を潜めるしかないようだった。宗件とはその事でずいぶん便宜を図って貰った。重なる危機を宗件は手助けをしてくれて竜太郎達はこれまで何とか幕府から逃げおおせていた。
鬼頭竜太郎は、父から受け継いでジャンク船船団を率いていたが、これが引き時だと思い、天草の海図にも乗っていない島に、一族を集めたのだった。そこにはこれまでかき集めた財宝が隠してある。鯨海と竜太郎はそれを部下に分け与えて、倭寇鬼頭組を解散しようと計画していたのだ。
その事を宗件が知っている事にぞっとしていた。
「鯨海殿、じつは・・」
宗件は小声で事の実情を語った。
じっと聞いていた鯨海はゆっくり目を上げた。壁には粗末だが掛け軸が掛っている。
「八幡大菩薩」
八幡大菩薩は清和源氏をはじめ全国の武士から武運の神として信仰されている。鬼頭組は村上水軍の流れをくんでおり鯨海もまた八幡大菩薩を信仰していたのだ。
その掛け軸に正面を向き、静かに土下座をした。そして顔を上げ、声を発する。
「伝吉はいるか。竜太郎に使いを出せ。大至急だ」
入り口の外で「へい」と言う返事が聞こえた。
「有り難い。これで安心じゃ」
「はい宗件殿。これでこれまでの借りは帳消しとしていただきとうございます」
「分っておる。将軍様にも伝えておきます。ご安心なされ」
そういうとにっこり微笑んだ。
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