第10話 大友左馬之助

一方茂木(もぎ)港でも作戦は進行していた。道智と西空は海岸に建てられた小屋へ近づいていた。それと歩調を合わせる様に少し離れた岸から、伝馬船が十隻ほど海岸に繋がれていた。宗件の指図で南蛮船へ向かう為に控えている。


小屋の周りには見張りが二人いた。道智と西空は手に托鉢用のお椀を持ち、お経を上げながら小屋へ近づいて行く。見張りが二人に気づいた。

「おい坊主、あっち行け。乞食坊主にやる銭など無いわ」


そう言うと道智を足蹴りにしようとする。道智はひょいとかわすと、錫杖を振り上げ見張りの肩にバキッと一撃を加えるとあっけなく崩れ落ちる。

もう一人が血相を変えて近づいてくるのを西空は右のボディブロー一発で仕留める。


西空は北国を修行の為放浪していた時、人里に食料を求めてさまよっている巨大な月の輪熊と遭遇し、村人を助ける為くさび帷子を着込んで組み合って、熊を殴り殺したという逸話がある。それ以来熊和尚と呼ばれている。それだけ熊和尚のパンチは威力があった。


外の物音を聞きつけて小屋の中から、五人の男達が出てきた。手には刀を抜き身で持っている。その後から佐平次が出てきた。

「くそ坊主、やはりてめえらか。この前の時は油断していたが今度はそうはいかないぜ。てめえらやっちまえ」

五人はぐるりと二人を取り囲んだ。かなり喧嘩慣れをしているようだ。真言宗の西空が吠える。

「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛。空海上人の御心を分からぬ地獄の亡者どもよ。何故に罪なき女子を異国に売り渡すか。地獄へ戻れ」

すさまじい形相で仁王立ちになっている。首に架けている何十にも輪にしている数珠を右手にぐるぐる巻きにした。

「てめえら、やっちまえ」 二人が左右から上段で斬りかかる。


西空は「オン アボギャ ベイロシャノウ マカボダラ マニハンドマ ジンバラハラバリタヤウン」という光明真言を呟きながら右から来る刀を、数珠を巻いた右手で受け止める。

左から来る刀を見切りながら避け、その大きい左の手の平で、強烈な張り手を男にたたきつける。左の男はたわいもなく吹っ飛ぶ。右手の男は体制を立て直し、すぐさま突いてくる。しかし、道智の錫杖がその男の小手をたたきつける。男は呻きながら刀を落とす。


右手の甲が打ち砕かれて、あまりの激痛に戦意消失してしまった。五人があっという間に三人になった。残りが斬りかかろうと身構える。

浄土真宗の道智は「南無阿弥陀仏」と唱えながら錫杖を振り回し、西行は「南無大師遍照金剛」と唱えながら、数珠をぶんぶん振り回している。

男達は斬りかかるどころか、じりじりと後退している。不利を知って佐平次は大声で小屋に向かって叫ぶ。


「ペトロ、早く来てくれ」

一人の異人が小屋から出てきた。西空と目が合った瞬間轟音が響き渡る。大きな西空は崩れ落ちる。単筒である。右の胸を打ち抜かれている。

ペトロは、打ち終わった単筒を捨て、もう一丁を道智に向けた。道智は西空に駆け寄った。


「西空殿、大丈夫か」

「うむ、くさび帷子を着込んでいるので、命だけは助かったようだ。うっ」さすがの西空も、この至近距離から撃たれるとそのショックは大きい。

道智はペトロと呼ばれた異人に対峙する。そのペトロは意外に流ちょうな日本語を話す。

「サタンよ」

ペトロは道智をこう呼んだ。

「お前達はなぜ私たちの仕事を邪魔するのか」

ペトロは長身で金髪の巻き毛を肩まで伸ばしている。目が蒼く眼光は鋭い。

「ペトロと申したの。お主が娘達を異国へ連れて行く輩の親分か」

「おー、私は親分ではないよ」

「イエズス会が親分なのか」

「私たちは商人。司祭様達とは関係ないよ。ただの友達よ。司祭達は真面目すぎるので付き合いきれないね」


イエズス会はヨーロッパでの堕落したカトリック教会の内部改革を推し進め、聖職者の階級制度を取り払い、カトリック修道会の中でも特に厳格な規則を守り通している。本来キリスト教は奴隷制度の廃止を唱えているのだが、現実には黙認せざるを得なかったのである。


「私たちの商売相手は日本の大名達よ。日本の大名の心は私たち商人と同じ。自分達を守る為に火薬が必要。だから娘達を私たちに売り渡す。大名さんは威張っているけど、もうすぐポルトガルの軍隊が来て、日本をマカオと同じようにしてしまうよ。全く日本人は、黄色くてちびで頭が悪いから、私たちがちゃんと教育してあげましょう」


ペトロはスペイン人だが、その単筒の能力でポルトガル商人ステファンの用心棒として日本に来ている。単純な男だが用心深い。

「ペトロとやら、よくしゃべるのう」

道智はじりじりと横に動く。ペトロの単筒は道智に狙いを定めている。ペトロの顔つきから、本気で撃つ気なのはわかった。前から単筒、回りには刀を抜いた三人の男。絶体絶命である。さすがの道智も思案に暮れている。


「ペトロさん、時間がない。早く始末してくれ」

佐平次はペトロの後ろから叫ぶ。ただペトロも慎重だ。道智達をただの僧侶でないことはよく分かっている。下手に動けば何をするか分からない。日本人は神秘的で怖いのだ。もう少し近くで確実に撃ちたかった。玉は一発しかないからだ。


突然、道智の左右から男達が切りつけてきた。こちらが絶対有利だと勝ち気にはやった刃である。錫杖が右の刃をすりぬけ、したたかに相手の顔面を打った。


転がりながら左の刃をかわし、もう一人の男のすねを力一杯蹴る。二人とも一瞬で崩れる。ここぞと思い道智は懐から独鈷杵を取り出し、ペトロに向かって投げつける。独鈷杵とは槍状の刃が柄の上下に一つずつ付いたもので本来は法具だが武器にもなる。

ペトロは間一髪で身をよける。


さらに動き回る道智を狙う。小屋の壁に追い詰めた。

「強いお坊さん、これが最後ね」

ペトロの単筒が顔面を狙った。その時である。遠くから複数の声が聞こえてきた。

「六根清浄、六根清浄、六根清浄、六根清浄・・・・」

何十人もの男達の声である。それらが声を合わせてずんずん近づいてくる。山伏達であった。さらに大声がかかる。

「道智殿、助太刀にまいった。詳細は爺様から聞いておる。法師様のゆかりの地を毛唐どもにいいようにされてはたまらん」

ペトロは思わず後ろを振り返った。

山伏の准山は大きく深呼吸をして「喝!!!」と裂帛(れっぱく)の気合いをかける。

そのとたんペトロの体が固まった。ペドロは動かない自分の体に目を見開いた。准山の「金縛りの術」だ。

その隙を道智は逃がさなかった。とっさに動く。

ズドンと単筒の大きな音がする。ペトロが苦し紛れに引き金を引いたのだ。撃った玉は道智には当たらなかった。

ゴンという鈍い音がする。ペトロが崩れ落ちた。そこには、杖代わりの大きな棒を持った山伏准山がひげ面でにやりと笑っている。


「かたじけない」道智はその人なつっこそうな准山に礼を言う。

「さらわれた娘達があの小屋に捕らえられている。助けてやってくれまいか」

「おう。まかしなさい」

准山は仲間の山伏達を動かした。道智はやっと一心地ついた。

「小太郎達はうまくいっているかのう」

茂木港沖の、闇の海を見つめた。



龍号船でやって来た惠瓊は船上にいた。うまく見張りを倒し惠瓊を船上に導いたのだが、南蛮船など初めてで、どこに入り口があるのかさっぱり見当が付かなかった。しばらく探索した後、惠瓊が入り口を見つけた。

「小太郎、今から狐退治だ」

そう言うと入り口のドアを開け、手にした筒を入り口に投げ入れた。煙筒だった。そのまま両側に身を潜めて待った。

しばらくすると怒号と悲鳴が上がりどかどかと人が出てきた。真っ先に出てきたのは体の大きなスペイン人用心棒達だった。その後に。5~6人がスペイン語やポルトガル、オランダ語で叫びながら、火事だと思って船上に飛び出してきたのだった。


惠瓊は三鈷杵を手に持っている。普通の三鈷杵より持ち手が長く先についている刃は長く鋭利に研がれている。これは実践向きの法具である。

「行くぞ」

そう叫ぶと惠瓊は異人達の中に飛び込んだ。小太郎も慌ててスペイン人に飛びかかったが、なにせ体格が違いすぎる。振り向いたスペイン人に顔面パンチを貰い一発で吹っ飛んでしまった。

気を失いながらも惠瓊を見た。やはり惠瓊は強かった。体格では負ける外人達を様々な技で倒していく。それを薄目で見届けて気を失った。


揺り起こされて小太郎は気がついた。争いの場には多くの異人達が倒れていた。目の前には惠瓊がいた。衣は破れ、惠瓊は肩で息をしている。

さすがの惠瓊も大柄で怪力の異人達は手にもてあますほどだったのだ。

「異人達は、何故こんなに体が大きく、力が強いのであろうか。やはり肉を食しているせいであろうか」惠瓊は妙に感心している。


頭を振りながら立ち上がる。

「殺したんですか」

「殺生はしていない。動かないだけじゃ。小太郎、じきにこやつらは目を覚まし立ち上がる。早く捕らわれている娘達を助けるのじゃ」そう言うと、船内のドアに飛び込んだ。慌てて小太郎も続く。

狭い階段を降りると薄暗い広い部屋に出た。そこには娘達が裸で縛られている。40人ほどの大人数だ。

全裸の娘達に小太郎は目のやり場に困ったが、隅に置かれている娘達の衣服を見つけると、それらを抱えて娘達に投げつけ目をつぶりながら縄をほどいていく。町人、農家の娘達の中に10才ほどの子供も交じっていた。


船室の奥のドアがガチャリと錠前の外れる音がした。

小太郎が入ってきたドアの反対側に部屋があり、そこから黒づくめの侍がゆらりと出てきた。黒い袴に黒い羽織だ。

しかしその顔は彫りが深く瞳は青い。脇には脇差しがあり、更に背にも刀を背負っている。腰には単筒を入れたガンベルトをしている。その異様さに惠瓊も小太郎もどきりとする。

「待て、そこの二人、何用があってこの船に来たのじゃ」

侍はゆっくり近づいてくる。

惠瓊は気を入れて構え直す。惠瓊にはこの侍の強さが分かる。物心ついた時より柔術、古武道、日本拳法など日本古来の格闘技から太極拳、少林寺拳法。果てはムエタイ、サンボまで体得している強者である。

ひょろりと見える体躯だが贅肉は一切付いていない。穏やかそうで哲学者みたいな顔立ちだが、目は鋭い。


惠瓊の宗派の曹洞宗は中国の禅宗五家の一つで、日本における曹洞宗は道元に始まる。曹洞宗の坐禅は中国禅の伝統と違い、無限の修行こそが成仏であるという坐禅に徹する黙照禅である。これを「修証一如」という。惠瓊はその教えを守り、座禅に徹するのだが武道の修行も取り入れ密かに腕を磨き続けている異色のストイックな僧である。


惠瓊は警戒しながら侍を見つめる。

「お主は何者じゃ」

そう言いながら、少しでも戦いが有利になるように暗がりの所へにじりよる。

「わしか、わしは大友左馬之助という。そなたらは徳川の回し者か」

惠瓊はその大友という名前を聞きキリシタン大名の大友宗麟の事がよぎった。大友宗麟は豊前、豊後、筑前、筑後、肥前、肥後の六か国と日向・伊予の各半分を領する九州の雄である。戦略家でありキリシタンになったのも貿易で軍事力を強化しようとする為だとも言われている。

「徳川とは関係ない。この娘達を救う為にここにいる」

「ほほう、そうか。それは残念なことじゃ。お主みたいに腕の立つ坊主は見たことがない。そのお主を殺すのは忍びないのう」というとすっすっと、すり足で間合いを一気に詰める。

惠瓊は刀の間合いはよく知っている。だから常に刀をかわせる距離をとる。


左馬之助は左手で腰の刀に手をかける。そして抜こうとする仕草をしたが、それはフェイントで、右手で背の刀を一気に抜いた。まさに一閃と言うべき太刀筋が惠瓊の頭を狙っていく。


惠瓊は飛び下がるがその背の刀は異様に長く通常の刀より三十センチは長い。後年の剣豪佐々木小次郎の備前長船長光の野太刀、通称「物干し竿」と同じような指物だった。長い刀は抜きにくい。それを一気に引き抜く左馬之助だった。

これには惠瓊も避けきれない。瞬間の判断で太刀を手のひらでバチンと受け止めた。

真剣白刃取りである。人間離れした動体視力と反射神経が可能にする惠瓊ならでわの技である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る