第7話 南蛮船

「侍よ。おぬしのやっている事は武士とも思えぬ所行じゃ。金の為か。大和の武士も地に落ちたものじゃ」

蛇之助も一度抜いた刃をさやに戻した。抜刀による再度の攻撃を狙っている。

「坊主よ、邪魔立てするな。邪魔をすれば斬る」

「何故娘を異国へ売り渡す。キリシタンの神がそう教えたのか」

「坊主には関係ない事だ」そう言いながらも道智ににじり寄っていく。

「侍よ。なぜ私たちを付け狙ったのか。毛唐の伝道師達の差し金か」

「宣教師様達とは関係ない。ただ訳あってこのような事をしている。すべてはお家の為じゃ。道智よ。お前の名前はすでに知っている。司教殿にとって目障りな男だからな」

「主君の為と言ったな。その主君とは大村純忠か、有馬か、大友か」

道智は話しが核心に近づいているのを感じている。


「それは何にも言えぬ。司教殿は直接言わぬが、奴隷商人達とは仲がよい。私たちも外国の商人達と仲良くしたいのだ。それ故貢ぎ物を差し出すのは戦国時代の当たり前じゃ。奴隷商人は日本人の娘が大好きなんじゃ。わずかな犠牲はいかしかたあるまい」


茂木港の潮風が時より、波頭を空に舞わせ、塩水が霧吹きのように舞っている。

「なんと情けない。腐った侍じゃ。やはりイエズス会は日本を乗っ取る気じゃな」

「坊主よ、お主とて仏教の徒であろう。これまで仏門といったもの達がとった所行は知らないわけはないだろう。仏の下に武器を取り、徒党を組んでの大名達との戦いは目に余るものがあった。お前達のおかげで何人もの侍が死んだのは、どう言い訳する気じゃ。正義の味方気取りは虫が好かん。覚悟しろ」


思わぬ反論に道智はたじろぐ。確かに様々な一揆が世を騒がした事も多くあった。

宗教とは権力と結びついたり、信徒達と団結して実力行使に出る場合がある。

しかし、それはすべて民の為だと道智は信じている。

「ほほう、道智よ。その方はすべて民の為だと言いたい顔をしているな。自分たちの事だけ正しいというのは、異国の神の信徒達とて同じ事。正義など、どこでも転がっているからの」

「よくしゃべる侍じゃ。論争で煙に巻こうとしても、今娘達を異国に売り飛ばす所行は正当化できぬぞ」

「そうじゃな。しかしどんな事でも戦に勝てば正義となる。正義とはそんなもんじゃ。聞く所によると他の国も、この神の名の正義で様々な国を制圧してきたとの事じゃ。なにせゼウス様は、全知全能の神との事じゃ。キリシタン以外のものはすべてサタンの仕業じゃと教えられている。なんと分かり易い神様じゃ」


蛇之助の心は冷め切っている。

「もうしゃべり飽きた。道智とやら。死ぬ前に名前だけは教えてやろう。わしは夢想神伝流免許皆伝、槇(まき)蛇之助じゃ」

風が一段と強まってきた。道智はじりじりと波打ち際に追い詰められていく。

「蛇之助とやら。何を信じてもかまわん。それより武士としてなんのとがも感じないのか」

「ワシはすでに武士の心を捨てておる。朝夕に手を合わせていた釈迦さえワシを見捨てた。ワシは異人の言うサタンかも知れぬのう」


月が雲に隠れる瞬間を狙っていたのだ。

蛇之助は左手で鯉口を開き、腰を落とす。逆袈裟で斬るつもりだ。

道智の後ろの波が、大きな岩で砕け散る。波しぶきがシャワーのように二人に覆いかかる。


蛇之助の刃が鞘から離れる。道智は飛び上がる。そのジャンプ力は尋常ではない。

金剛杖を突き立てての棒高跳び並みのジャンプだからだ。蛇之助の太刀筋は道智ではなく金剛杖を真っ二つにする。

道智はまだ空中だ。しかし斬られてはいない。


蛇之助は刀を振り抜かず途中で方向転換をする。

いわゆるツバメ返しの太刀筋である。強力な腕力と長年の鍛錬だけが可能にする必殺剣だ。

軌道を変えた刃が道智の股に向かう瞬間、道智は蛇之助の顔に向かって砂利を投げつけていた。

蛇之助は一瞬ひるんだ。わずかな迷いを捕らえて蛇之助の刃を空中の足で払い、そのまま半分になった金剛杖を上段で振り下ろした。

一瞬である。ボコッという嫌な音が響く。

道智の金剛杖は蛇之助の右肩を打ち砕いていた。道智は間一髪命を拾った。

一呼吸置くと、脂汗が全身に吹き出た。

波しぶきが収まり、月が倒れている蛇之助を照らしている。


道智は小太郎を探した。小舟が一艘南蛮船に向かっている。

「小太郎」道智は叫ぶ。小太郎は懐に持っていた石を武器に、何とかごつい手下を片付けたばかりだった。

いつの間にか小舟は五十メートルほど岸から離れている。小太郎は懐の石をまさぐり探して掴んだ。ゆっくりと息を整え、海の小舟をにらみ付けた。


「つぶてで、狙うつもりか」道智は息をのむ。

小太郎はゆっくり片足を上げ、今の野球のようなセットポジションの姿勢をとる。

「小百合さんば、助けんば・・」小太郎の脳みそはその事でいっぱいだ。

左足を大きく跳ね上げた。標的は櫓を漕いでいる佐平次だ。櫓をこいでいるので左右に揺れる。そして波のせいで上下にも揺れる。

小太郎は、体を沈めるように投球動作をスタートする。なんとアンダースロー投法だった。

小太郎は毎日陽が沈むまで、石つぶてを投げ続けていた。握り方を変え、フォームを変え様々な投げ方を自分なりに体得していったのだ。また石つぶても工夫している。少し大きめの石の角を削り筋を入れ、そしていつも持ち歩いていた。


今回はスピードよりもコントロールが大切だ。そして石に気づかれて避けられればおしまいだ。だからつぶてがわかりにくい波頭すれすれに飛ぶアンダースローを選んだ。

小太郎の頭に小百合の笑顔が浮かぶ。

「せからしか」小太郎の口から怒りがこぼれる。

ブンと腕を振り抜いた。指から放たれたつぶては、波を切りながら一直線に飛んでゆく。


そして船に近づくと急にポップし佐平次の頭めがけて飛んでいった。何秒か沈黙があった。

ぎゃーという叫び声が上がり、こぎ手が倒れたようだ。

「やったー。当たったぞ」 小太郎は、喜び近くに繋がれている別の船に飛び乗った。

「待っとけよ、小百合さん。今助けに行くぞ」

小太郎は、小舟の舫いをほどき娘達の乗っている小舟に向かってこぎ出した。道智もほっとしたように、肩を下ろした。


道智の足下の蛇之助は即死してはいなかったが、肩の骨が砕けて大動脈が破れている。もう僅かの命だ。

倒れている蛇之助は道智を見ながら口を開いた。

「道智よ、お主ならわかるだろう。侍というのがどんな生き方を求められるかを。わたしもそうだった。欲深く自分の事しか考えぬ殿様の下でも、天下分け目の戦いで功名をたて立身出世を夢見ておった。だが戦は負け、卑怯な殿達はわしらを見捨てて逃げ追った。家を焼かれ一族を責め殺されて初めてわしはこの世の無常を知ったのじゃ。

それからさまよい流れて長崎の地にたどり着いた。そこでデウスの神を伝える異国人の話を聞いたのだ。

一族郎党根絶やしになった今、せめて生きている意味を知りたかった。だから拙者はデウスの神を選んだのだ。異国人は自分の道を選べるのだとバテレンの神父は言った。異国の武士は、自分の信じる者を主と仰ぐと聞いた。拙者もそうありたかったのだ。だからこそ・・・」

「蛇之助。もういい。私も以前侍だった。お前が味わった苦しみは私にもある。ただお前の選んだ道は私と違った。私は仏に救いを求め、お前はデウスに尋ねただけだ。私はデウスの神を攻撃するつもりはない。私が憎むのは、その神を利用する者達の邪悪な心なのだ」

「そうだな・・」

言葉はかすれながら夜風に吹き飛ばされていった。命の蝋燭の灯火が一つ消えていった。


小太郎の船が、女たちを乗せた船を連れて戻ってきた。岸壁に船を寄せると、道智に向かって叫ぶ。

「道智様。大変ばい。小百合さんがおらん」

「なに」

道智は海を見た。南蛮船に近づく別の船影を見つけた。

「しまった。別の船で向かったか」

「道智様」悲鳴のような声を上げ、小太郎も海を見た。


波頭は高く海岸に打ち上げている。そのしぶきは辺り構わず塩の霧をまき散らしていく。風がその霧を小太郎にぶつけてくる。暗い海の荒々しさに、不安と恐怖を隠せない小太郎であった。

「道智様。あの南蛮船に小百合は連れて行かれたとやろか」

「たぶん、そうじゃな」

「小百合さんば、さろうてどがんする気じゃろか」

「昨日から、小百合さんの様子がおかしかったからの。何か理由があったのかも知れん」

道智は顔をつるりと撫でて腕組みをした。

「あの南蛮船にたぶん連れて行かれたのじゃ。噂だが、日本の娘を外国に何千人も奴隷として連れていったという話じゃ」

「誰がそんな非道な事をすっとやろか」

「小太郎よ。今のこの国は、血で血を洗う戦国時代じゃ。いろんな大名は戦う事で必死じゃ。その為には西洋の持つ武器が力を発揮する。鉄砲じゃ。その為に娘達が売られていると聞く。火薬一樽で50人の娘という話がある。むごい話しじゃ」

道智は言い終わると手をあわせた。


小太郎は小百合の事で頭がいっぱいだ。

「道智様。あの南蛮船に乗り込んで小百合さんを助けましょう」

道智は歩き出した。その顔は愁いを含んでいる。

「そうじゃ、小太郎。私たち僧侶は人を救う為にいるのじゃ。戦う事は本分ではないが時には力も必要じゃ。ただ私だけじゃ無理じゃ。南蛮船と言っても只の船じゃない。大きな大砲もあるし鉄砲も積んでおる。南蛮人達は色んな知識が豊富じゃ。侮ってはいかん。わしに考えがある」

道智は何か決めたらしく、顔つきがきりりと引き締まった。

「いくぞ。小太郎」

「分かりました。道智様」

二人は他の娘を解放した後、しばらく海岸にたたずみ、海に浮かぶ南蛮船を睨みつけていた。


南蛮船とは、日本がその当時の外国船を呼んだ呼称で、スペインやポルトガル船もすべてこう呼んでいた。

日本の記録に残っているのは1542年、琉球にポルトガル船が到着した。琉球はポルトガルによるマレーシアの占領を知っており、ポルトガルによる植民地化を恐れて交易しなかったとある。そして1550年、長崎県の平戸にポルトガル船が入港。それ以降どんどん南蛮船は来日している。


未開の地日本に来ているのだから大型大砲で武装している。海賊が現れると軍艦のように反撃をする。日本と小競り合いがあった時、日本の大型船舶三艘を撃破した事もある。

現在、茂木港の沖に停泊している船は二本マストで大三角帆張りのカラベル船と呼ばれる型式の船で、排水量500トン、全長55メートル、最大幅11メートルの大型船である。まるで海に浮かぶ要塞のようでもあった。

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