ラブラブレター♡♡

池田蕉陽

第1話 ラブレター

な...ない...

リュックサックの中にあるはずのラブレターがない!!

高校1年生 川本 芳樹(かわもと よしき)はファストフード店の机で、リュックの中を汗まみれで漁っていた。

「なにそんな必死になって探してんの?」

目の前に座るワックスでテカテカになった男は、友人の前田 流星(まえだ りゅうせい)

前田はコーラが入ったカップにストローでズズズと吸いながら、さほど興味がなさそうに聞いてきた。

「い、いや、ちょっと筆箱忘れてきちゃって!俺ちょっと学校取りに帰ってくるわ!」

「お、おお、いってら」

正直、本当に筆箱を忘れてたとしたら、芳樹は取りに行かなかっただろう。しかし、本当に忘れた物は、芳樹が書いたラブレター。あれを誰かに見られたら恥ずかしくて生きていけない。

芳樹の愛がこもったラブレター、そこに綴られているのはクラスの女子、吉見 朝奈(よしみ あさな)に向けてのものだった。


ようやく学校に到着し、2-2と書かれた教室まで足を運んだ。

ハァハァと息を零しながら、雑にドアをガラガラと開けると、息が詰まったような感覚に陥った。

なぜならそこにはいるはずのない、いや、今一番いてはまずい人物、吉見 朝奈がいたからだ。

二人の目が必然的に合ってしまう。

芳樹は何か言おうとしたが、声に出ない。情けない男の代わりに口を開けたのは、吉見だった。

「か、川本くん!?どうしてここにいるの?」

それはこっちのセリフだった。なぜ、吉見がいる。これじゃあラブレターを探しにくいじゃないか!


「あーいやーちょっと忘れ物を...よ、吉見はなにしてんの?」

見たところ、彼女も捜し物だった。初めドアを開けた時、吉見はキョロキョロとした振る舞いを見せていたからだ。

「そうなんだ、実は私もちょっと忘れ物を」

やはり、と思いつつの川本だったが、なぜか、吉見はぎごちない表情を見せていた。

「なに忘れたの?一緒に探してやろうか?」

「いや!いいよいいよ!そんなの悪いし!川本くんだって忘れ物あるんでしょ?」

「いや、別に俺のは大したことないから、いいっていいって」

「でも大丈夫だから!多分すぐ見つかるし!」

「そ、そうか!」


二人の見てられないぎこちなさの会話は、それで終わった。

くそー、こうなったらさっさとラブレター見つけて帰るか。

芳樹は自分の机の中、その周りを探したが、なかなかそれは見つからなかった。

吉見も同様であり、あらゆる所に目を向けていた。

あれ?マジでどこにやったっけ?落としたのか?はやく見つけないと、吉見に拾われてしまうかもしれない焦りばかりが、生まれてくる。

頭を悩ませていると、ふと、ある場所に目がいった。

それは教卓の下。白いなにかが落ちているのを芳樹は見逃さなかった。


割と急いでそこに行くと、声に漏れそうなくらいに歓喜に満ちた。

あったぁぁぁぁ!!!俺のラブレター!!

手でゆっくりと持ち上げる。1万円を拾った以上に嬉しいかもしれない。

「見つかったの?」

吉見が教卓の横から首をひょいっと出すと、

芳樹は虚をつかれたようにビクッとなり、瞬時に手紙をポケットに隠す。

「あ、あーうん!見つかった見つかった!そっちは?」

「よかった!私も見つかったよ!」

結局、吉見の探し物ってなんだったんだろう。余程大事なものだったのだろうか。吉見はちょっと頬を赤らめ、満面の笑みを芳樹に見せた。その笑顔は今まで生きて見てきた中で、一番素敵な笑顔だった。



翌日、授業中だったが、芳樹は決意した。今日こそは、吉見にこのラブレターを渡して告白をしよう。

そうなってくると、芳樹は自分の書いたラブレターの文章に、本当にこれでいいのかと、不安になってきた。

もう1回確かめてみようか。

芳樹は先生がぺちゃくちゃと数式を言ってることを確認すると、そっとカバンの中からラブレターを出した。

次に周りの生徒を確認する。皆が授業を真剣に聞いてくれてきて助かった。

そう思い、ラブレターの便箋を開けると、芳樹の目と口が自然に大きく開いた。それは芳樹を人生で一番汗を流させた事件になっただろう。


ち...違う...これ、俺が書いたラブレターじゃない!!

よく見ると、便箋の柄は似てはいるが、少し違った。

それに、決定的な違いは、明らかに手紙の模様だった。芳樹が書いた紙は至ってシンプルだったのだが、この紙は花柄模様でとても可愛らしく、そしてその柄に合った文字で、文章が綴られていた。

芳樹は、悪いと思いつつも、その一文字一文字を目で追ってしまう。

「あなたのことを一目見た瞬間、恋に落ちてしまいました。学校、家、どこにいてもあなたのことを考えてしまいます。大好きです。私と付き合ってください」


読んでいて、自分も恥ずかしくなった芳樹は顔が熱くなっていたことに気づいた。

こ、これ、一体誰のラブレターなんだ?

その時、芳樹の中でハッとなった。

まさか、これは吉見のなんじゃないのか!?

昨日、放課後でなにか探し物をしていたが、これに違いない!

そうと分かった瞬間、芳樹は徐々に先程熱くなった顔も冷やされていき、やがて、胸が苦しくなってくる。

よ、吉見にもラブレターを渡したい相手がいたんだな...

急にやるせい気持ちになってきた芳樹だったが、それは意外にも一瞬で消え去る。

なぜなら、もうひとつ気づいたのだ。それは、ごく当然の疑問だった。


じゃあ、もしかして俺のラブレターは吉見がもっているのか!?

無意識に顔を、前方斜め右方向に座る吉見の姿に向けた。顔は全然見えなかったし、真面目に授業を受けているのかもハッキリとは

分からなかった。

吉見もこのことに気づいてんのかな...だとしたら...いや、まてよ!確か俺の書いた文にも吉見という名前は出してない!つまり、吉見は自分宛の手紙だとは分かっていないはずだ!

そう思ったら、安心して胸を撫で下ろすが、再び襲ってくる絶望。

こんな、素敵で可愛いラブレターを貰う男子は本当に幸せ者だな...

吉見にも、はやくこの手紙を返してやらないとな。

芳樹はこの時間だけで、何回気持ちの上がり下がりをしただろうか。

芳樹は既に吉見に振られた気分になっていた。



チャイムが鳴り授業が終わると、芳樹は迷うことなく吉見の所へ向かった。芳樹は心中で何回ものため息をこぼしていた。

「吉見」

椅子から飛び上がりそうなくらい、ビクッとなった吉見は顔をこっちに向け「か、川本くん!?」と盛大に驚いていた。

「昨日のことなんだけど...」

吉見の表情が少し変わって、少し焦ってるのが分かった。

「わ、わかってる!あれのことでしょ?ごめんね?間違えて取っちゃって...」

「いや、いいんだ、俺の方こそ悪かったよ、今返したいと思ったんだけど、皆に見られたらまずいから、また放課後二人の時渡すよ」

「う、うん、そうだね!」

何故か、吉見の表情は苦しそうだった。そんなに、俺にラブレター見られたのが嫌だったのかな...

そんなマイナスなことを考えると、より一層、芳樹の気持ちをブルーにさせた。



放課後になり、しばらくすると教室の中は芳樹と吉見だけになった。二人は互いに向かい合って立っているが、お互い死人のような顔をしている。

「なら、これ...」

吉見が震えそうな手とそれにラブレターを添えて差し伸ばしてきた。

「おう、サンキュー」

芳樹が手を伸ばし、自分のラブレターに触れようとした瞬間、吉見が勢いよく自分の手を引っ込めた。


「え!?」

つい驚いてしまった芳樹が、そんなマヌケな声を出してしまった。

「こ、これ、誰に渡すつもりだったの?」

吉見はラブレターを軽く上にあげ、それを見せびらかすように、芳樹にそう言った。その時の吉見の表情は怒っているのか悲しいのかよくわからなかった。

「だ、誰って、そんなの吉見には関係ないだろ?」

「誰か教えてくれたら、これ返してあげる」

「なっ!?」


ら、ラブレターを人質に!?

だからと言って、ここで吉見が好きなことを告げても砕けるだけだ。

「だ、だったら吉見だって、さっきのラブレター誰に渡そうとしてたんだ?それ言ってくれたら俺も返してやるよ」

同じことを言い返した芳樹は、これでまたお互い同じ状況になったなと思った。

「え!?そ、それは...」

目を泳がせて、あわわとしていた吉見を見て不覚にもこう思ってしまった。

可愛い。

「ならさ、俺が吉見の好きな人当てれたら、それ返してよ、逆に吉見が俺の好きな人当てたらこれ返してやるから」

「え!?」


自分でも何を言っているのか分からなかった。そんなことしたら、吉見に自分が好きなのだと教えるようなものなのに。

「わ、わかった」

半ば、困惑しながらも、その条件に吉見はOKしてくれた。

「吉見の好きな人はこのクラスのやつか?」

こうなったら、絶対に吉見の好きなやつを当ててやる。

「え、そんなヒント言わなきゃいけないの?」

「当たり前だろ?そうじゃないと当てるの難しいだろ」

「そ、それもそっか」

吉見は口をごもごもさせながら、また目が右を向いたり左を向いたりしている。やがて、こっちを向くと「うん」と小さな声で言った。


マジか、このクラスのやつか、誰だ?誰なんだ?阿部か?佐藤か?中島か?それとも前原なのか!?!?

頭の中で思い当たる節に名前をあげていると、吉見が「今度は、川本くんが質問に答える番だよ?」

そう言われて、交互にやっていくパターンだと今、分かった。

「あ、うん、分かった」

「なら、同じこと聞くね?このクラスの子?」

いずれ、バレちゃうんだろうな...そうなったら絶対気まづくなるよなー、なんでこんなことやり始めたんだろう。

今頃になって、後悔が襲いかかってきた。

「うん、クラスの子だよ」

「えー誰だろう〜?」

吉見が真剣に芳樹の好きな人を考えているのを、はやく中断させるために、芳樹は次の質問を投げかけた。


「なら、そいつの名前の頭文字は?」

「え、え!?いきなりそこ行っちゃうの!?」

さすがに攻めすぎた質問だったので、吉見が動揺を隠せないでいた。確かにこれで、良くて1人まで絞れる。悪くて、3人くらいだ。

「次、吉見も同じ質問すればいいだろ?さあ、聞かせてもらうぞ」

正直言って、同じ質問が来た場合、芳樹に後はなかった。なぜなら「よ」から始まる苗字は吉見しかいないからだ。だから、芳樹はここで当てときたかった。

吉見もすぐには答えられず、今度はずっと少し顔を下に向けていた。たまに、口が開けては、また閉じたりの繰り返しだった。さっきより吉見の顔がリンゴのように赤くなっていることに今気づく。

吉見がとうとう意を消したようで、両目を強く瞑った後、パチッと開け、少し大きめな声で放った。

「か、か!だよ!私の好きな人は「か」から始まる!」


か、か、か、か、か、か!?!?

「か」から始まるやつと言ったら、加藤と俺しかいないじゃないか!?

え、まさか俺なの?俺なのか!?いや、加藤か!?どっちだ!?でも加藤と吉見が話しているとこなんて見たこともない。

いや、俺も吉見とそんなはなしてないんけど...んーー!?どっちなんだぁぁぁ!?!?

吉見の好きな人が自分だと考えると、芳樹は最高に顔がニヤけそうになるが、加藤と思ってしまうと、ゾンビのような顔になってしまいそうだった。

そんな、顔芸を披露しそうになるが、吉見は早くも次の質問をしてきた。

「なら、その人の頭文字は?」

やっぱり来た。ついにバレてしまうのか。

でも、もし両思いだったらどうなんのかな...ワンチャン付き合えるかも?いやいやいやいや、ないないない。ありえない。そんな夢みたいな話。

芳樹は大きく深呼吸した。そして、覚悟を決める。

「よ、だよ。俺の好きな人は「よ」から始まる」


一瞬、いや、結構長い間、吉見は顔のパーツやら、全てにおいて固まっていた。まるで石のように。

やがて、頬だけが真っ赤に染まっていく。そして、唇もブルブル震え始めてきた。なんて可愛いのだろう。こんな子と付き合えたら絶対に幸せだろうな。

「え...そ、それって...」

「俺は、吉見...吉見 朝奈のことが好きだ!ずっとずっと好きだった!好きすぎて本当にやばかった!」

もうどうにでもなれと、芳樹はひたすらに今まで思っていたことを次々に口にした。その「好き」と言われる度に吉見はいちいち可愛く反応して、ついには両手を口で覆い隠し、さらには涙までも流していた。


それを見て、バカな芳樹はこんなことを思ってしまった。俺から告白されるのがそんなに嫌だったのか...

まさか泣くとは思っていなかった芳樹が、思った以上に落ち込んでしまった。

「あ、ごめんな...俺キモいよな、泣かしちゃったりして」

吉見はなにも声には出さなかったが、ただ、泣きながら首を左右に必死に振っていた。そんな姿まで愛おしく思ってしまう。芳樹のことを嫌いで泣いていると思ってるのに、まるで、嬉しくて泣いているように見えてしまうからだ。

「これ、返すよ」

芳樹はポケットから吉見のラブレターを出して、それを渡した。

吉見はやっと、涙が止んだようで、それを笑顔で受け取った。

「なら、俺帰るわ」

結局加藤だったんだな。俺なわけないよな。

芳樹はいつの間にかすっかり、加藤だと思い込んでいた。この後自分がハッピーボーイになるとは知らずに。


「え!?ちょっと待ってよ!?まだ終わってないよ!?」

芳樹は教室から出そうな足を止め、吉見の方を向いた。なんだよ...本当は加藤って当ててほしかったんじゃねーか...

だんだん、切なさに狩られていく芳樹だが、最後の力を振り絞って言った。

「加藤だろ?吉見の好きな人、きっと上手く...」

そう言いかけた時、吉見がそれを上書きするかの如く、声を発した。

「ぶぶー!ざんねーん、不正解です!」

吉見が可愛らしく、両手でバッテンマークを作った。

「え?」

予想をしていないようなことを言われたので、呆気に取られてしまった。

「私の好きな人は加藤くんではありませーん」

加藤じゃ...ない...だと!?


再び思考をフル回復させた芳樹。

え?他に「か」から始まるやつなんてこのクラスにいたっけ?

頭の中でそれに該当する人物を捜索するが、見つからなかった。

ってことは...まさか...俺なのか!?

アドレナリンが放出されすぎて、死ぬんじゃないかくらい興奮した。

みるみる身体中がよく分からいものに侵される感覚になる。

「なら、一体私の好きな人は誰でしょう?」

即答するはずが、嬉しすぎるせいか言葉に出ない。はやく言いたい。はやく自分のフルネームを言ってやりたかった。

そして、ようやくそれができた。

「か、川本 芳樹...か?」

目の前にいる吉見 朝奈という世界で一番可愛い女の子は、世界で一番可愛い笑顔で、そして、世界で一番可愛いくて、優しい声で言った。

「正解」

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