3.

 どれくらい飛んでいただろう。久しぶりに鳥が話しかけてきた。

「そなた、寒くはないのか。風がきついだろう」

「いえ。日が当たってるし……貴方が、あったかいから」

 柚香は、鳥の首に回した腕に力を込めた。日射しはまだ午後のそれだったし、ふかふかの羽毛のおかげで、炬燵こたつに入っているような気分だった。あいかわらず空の色は濃くて、雲はずっと遠くに浮いているばかり。

 やっぱり、天気のせいではなかったようだ。

「こんなところで、よくもまあ……」

 柚香は自分をあざけった。大きな鳥の背で空を渡っていても、憂鬱は飛んでいってはくれない。

「何か言ったか」

「いえ。……ただ、この状況でも暗いままの自分を笑いました。それだけです」

さげすむ必要はなかろう」

 鳥は穏やかな声で言った。

「そなたは嘆きたいのだろう?」

「まさか、違いますよ。好きで塞いでるんじゃないんです。どちらかというと、憂鬱な自分に腹が立ってます」

 言葉にしたら、余計に気が滅入った。

(どうしてこんな気分なの?)

 くっと目を瞑って呟いた。

「もうやだ……泣きたい」

 か細い声も、鳥には届いたようだった。

「泣けばいいではないか」

「それは、そうなのかもしれないけど……」

 反射的に反駁していた。

「でも、きっともっと惨めになります。だって、自分がなんで泣くのかわかんないんですよ。──それに、自分のために泣くなんて嫌です。そんなの、不幸なワタシかわいそうって、自分に酔ってるだけじゃないですか。私は、そんなことしたくない」

 そこまで言って、彼女は短くため息をついた。

「ちゃんと、ぐちゃぐちゃ苛々している自分が、ばかだってわかってます。こんなふうに貴方にくどくど言うのだって、どうせ自分を憐れんでるだけなんですよ」

 鳥は静かに返した。

「真にそうか。そなたは心からそう思うのか」

 口をひらいてから、柚香は、答えられないことに気づいた。己の様々な声が濁流になって、思考がまとまらない。

(私が今言ったことは、私の、本当の声なの?)

「そなたが何を想うかは、そなたの自由だ。何をするかも、そなたの自由。今そなたを見る者はない。私の背で、好きにするといい」

 鳥は言うと、再び羽ばたきを始めた。

 風に、もつれ絡まった心がほどけていく。クリーム色の羽毛が映る視界が、じわりと滲んだ。

 濡れた頬を、すうすうと風が撫でていった。

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