サイバーマン(原著者:いーすとさん)

 魔王は追い詰められていた。


 どのようなタイプの魔界であっても、そこに転生させた勇者を送り込んでくる恐ろしい電脳空間。古典的な魔王は、もはや絶滅危惧種に成り下がっていた。襲撃者との直接対決の機会があるなら、勇者の知り得ぬ新技を炸裂させることで襲いくる危機からしばし逃れることができる。だが、魔王が仕掛ける以上の罠を『シナリオ』と称して縦横に張り巡らせているやつがいる。そいつは、『ゲームクリエーター』とかいう神らしい。

 どんなに魔王が知恵を絞ろうが、ライザップで体を絞ろうが、通販で売られている安いパイプベッドの上で悔し涙を絞ろうが、神の張り巡らせた罠を回避して戦況を逆転させることは出来そうになかった。


「このまま俺は、滅亡するのをただ座して待つだけなのか……」


 王と呼ぶにはあまりにちんけな悪意の持ち主である魔王は、安普請の魔王城で溜息ばかりついていた。城の名は、ホテル・ニューキャッスル。『城』という名称が残っていても、実態は山中にある潰れたラブホだ。給料の払えない魔王に付き従っている使い魔はもう誰もいない。そんな雑魚キャラそのものの魔王の元にも、征伐と称してビギナーの勇者が押しかける。そいつらに見つからないようにと、格安で借りられる事故物件を転々としながら生き延びてきた魔王だが、果てのない逃亡生活に疲れ果てていた。


 ゴミ捨て場で拾ってきた小さな液晶テレビで、人間界のヒーローものを盗み見していた魔王は、その画面に向かって悪態をついた。


「だめだな。最近のレンジャーものやライダーものは、善玉悪玉の区別がはっきりしなくてすんなり感情移入できん。俺も、もうちょいぱっきりした悪役設定なら派手に散れるんだけどな」


 そう……魔王の悪意はどこまでもちんけだった。


◇ ◇ ◇


「で、ですね」

「お……う」


 ちんけな魔王は、こてんぱんにいてこまされた瀕死の勇者の耳元で、何かを必死に吹き込んでいた。勇者は、転生直後にいきなり高レベルの魔王戦に挑んでぼろ負けしていたのだ。

 いくらチート能力があっても無理だったな。まあ、ビギナーにはよくあることだよな。リセット、リセット。瀕死であるにも関わらず、勇者はまた転生すりゃいいやと楽観していた。ところが、魔王はそれを真っ向否定した。


「このままだと、あなたは転生できずに消滅。死に損になります」

「なんだ……と?」

「ここの神は出来が悪くて、いわゆるクソゲーしか作れません、だからこそ、私もこういう体たらくになっているわけで」

「……う」

「そういうクソゲーは、プレイヤーがコンプしてくれないんです。半端なままで放置されてしまうので、転生先が確保できないんです」

「俺は……このまま死にたく……ない」

「ですよね。私もですよ。でも私たちは、どうしても神を凌駕することができません。神に逆らって彼らを傷つけると、親殺しのジレンマに陥ってしまいますから」

「うう……」

「でも私は、神の意図をくじくもう一つの手立てがあることに気付いたんです」

「そんな……手が……あるのか」

「あります。しかもあなたは勇者のままでいられます」

「な、なんと!」


 ほとんど命脈が尽きかけていた勇者の目に、一瞬力が戻った。


「あなたに、サイバーマンに転生してもらえばいいんです」

「新型の……勇者だな」

「そうです。電脳空間の操作でメシを食っている神にとって、プログラムやアイテムの不正ダウンロードや不正使用は死活問題、それを行う悪者は神を冒涜するだけでなく、神の存在そのものを危うくするのです」

「確かに」

「私は魔王としての力をあなたに全て捧げます。サイバースーツ。サイバーソード。電脳箱を自在に滅し、破壊できる圧倒的なサイバーパワー。あ、物理的な力だけで、超能力は使えませんよ。そっちはサイババの領域なので」

「……ああ」

「あなたは、それらを使って、神を冒涜する悪者を思う存分成敗してください」

「……」


 おかしいな。瀕死の勇者にも分かる矛盾だった。


「ちょっと……待て。神を助けると、神の意図は実行されてしまうぞ?」


 魔王は。初めてにやりと笑った。


「いいえ。私たちは神の意志に背くことはできませんが、その意志を実行する手段には介入出来るんですよ。そこは電脳空間ではありませんから」


 勇者の意識は。……そこで途切れた。


◇ ◇ ◇


 恐ろしい速度で進化しつつあった電脳世界には、それ以上の速度で不正がはびこっていた。現実を静かに浸潤していた見えない悪。人類は、自ら作り出した世界に追い詰められつつあった。そんな人類を救うべく、今まさにサイバーマンが立ち上がった! 


 サイバーマンは、不正の温床となった電脳機器を一つ残らず物理破壊していった。スマホ、タブレット、パソコンは言うに及ばず、大型のサーバー群に至るまで。電脳空間に潜んだ悪がたとえ蟻一匹のサイズに過ぎなくても、それはあっと言う間に増殖して現実を蝕んでしまうのだ。サイバーマンは、どんなに些細な悪であっても決して許さない!


 戦え、サイバーマン! 世界から全ての電脳機器が消滅するまで!


◇ ◇ ◇


「なあ」

「うん?」

「俺たちが討伐しにいく魔王って、なんていう名前だったっけ?」

「ああ、サイバーマン」



【おしまい】


 原典 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885337120/episodes/1177354054885337131

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