蛾(原著者:県バーンさん)
適応進化。
発生個体の多様性を確保することで、環境変化に適応できる個体を常に生み出し、生物を進化させる。
その場合、ある形質を持つものが生き延びるかどうかは、必然には沿わない。結果として生き延びたものが『進化した生物』として認知される。
◇ ◇ ◇
「
「うん?」
「どうなさいますか?」
「ぶっぱなせ」
「……」
「いいからぶっぱなせ」
レギット准将は、私の命令を受けて核ミサイルをぶっぱなすのではなく、隠し持っていた銃を私に向かってぶっぱなした。
さすがは頂上近くまで上り詰めた軍人だ。その銃弾は正確に私の眉間を貫いた。そして私は……蛾になった。
真っ赤な鱗粉を撒き散らしながら、執務室の中央に横たわるまだ生暖かい肉塊を離れ、ただひたすらに飛んだ。
……あの女に会うために。
◇ ◇ ◇
「一人は皆のために、皆は皆のために」
国家という欺瞞。社会という詐欺。集団という腐敗。
それを何一つ気付かせることなく。影武者は最後まで私のコピーを忠実に果たし、全ての
平和を希求すると言いながら、プラカードに『Kill You!』と書く愚か者の列。その中に彼女の姿を見つけた。彼女は、平和実現のためには犠牲が必要だと考えていた。そして、実際に自分の夫と息子を生贄にした。私は、その著しい自己矛盾がとてもいいなと思ったんだ。
だから彼女を腐海から掬い上げ、財務長官に任命した。彼女は地位に就くために努力したと言っている。五日間の努力で身につくものなど安物のハンバーガーより無価値だが、その割に彼女はよくやってくれた。
彼女は、彼女なりの方法で私を愛そうとした。ただ、それが十進数ではなく二進数に基づく愛情だったため、私には理解しにくかった。それだけだ。
そして、私はすでに蛾になった。彼女の愛情を受け入れることに何も支障はなくなった。
「私は私のために」
大統領ではない私は、それ以前に人間ではなくなったんだ。もう、倫理も宗教も法令も慣習も私を縛ることはできない。休暇を取ってエクアドルに飛んだ彼女のフェロモンを辿り、俺は洋上をひたすら飛び続けた。
羽をぼろぼろにしてエクアドルに渡り着いた私を、
「愛しているわ」
そう言って。彼女は私を食った。
◇ ◇ ◇
適応進化。
発生個体の多様性を確保することで、環境変化に適応できる個体を常に生み出し、生物を進化させる。
それは、地球が滅亡しようがしまいがどこかで続く。そいつが続く限り、私は蛾であり続ける。
ああ、綴りには気をつけてくれよ。そいつは『me(我)』じゃないぜ。あくまでも『moth(蛾)』だ。
【 了 】
原典 https://kakuyomu.jp/works/1177354054885335835/episodes/1177354054885335901
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