第2話 焼きそば『ツン6』 -初夏-

「焼きそば……食べたいなぁ」


 いつぞやこぼしたような欲求を再び部室でこぼす俺に、笠原は深い溜息を返した。


「先輩……焼きそば好きですよね。前にも似たようなこと言ってましたし」

「好きかどうかは置いといて、無性に食べたくなる時があるんだよ」

「それって好きってことにならないんですか?」


 「そうなのかな」と俺が自問を始めてみると、笠原はまたため息をつく。


「で、どうするんです? 今日は学食休みですけど?」

「そうなんだよなぁ……コンビニまで買いに行くか」


 俺は財布の中身を確かめながら椅子から腰をあげた。

 すると、笠原がちらりとこちらに視線を向けていることに気付く。

 だが、彼女が俺へと送る視線は雄弁に『呆れた』と言っていた。


「今から行ってたら間に合わないと思うんですけど? 午後の授業、サボるんですか?」

「え? もうそんな時間か……」


 スマホを取り出して時間を確認する。

 確かに、今から学校を出たのではコンビニから帰って来る前に昼休みが終わってしまそうだった。


「てことは……しまった。俺、今日昼飯抜きか」

「先輩、学食休みなの知ってましたよね? なんで昼休み入ってすぐコンビニ行かなかったんですか?」

「何故って……」


 液晶から上げた視線を、俺はちらりと笠原へと向ける。

 何故か部室に顔を出すことを優先してしまった理由。

 その一つに、彼女が関わっているというのを言ったらまた怒られるだろうか……。


 うちの部活は笠原が入るまで廃部も同然だった。

 部員は俺と、俺が頭を下げて名前を貸してもらった幽霊部員が数名。

 部室を使うもの好きが俺しかおらず、去年は寂しい想いをしたもんだ。

 だが……。


「先輩?」


 今は、部室に顔を出せば笠原がいる。

 去年の寂しさが残響しているのか……もう部員を逃したくないという強迫観念がそうさせるのか。

 俺は、どこかで笠原を構いすぎていた。


 その結果、自分のことがおろそかになり、こんなしょうもないミスを連発しているのだから……我ながら呆れるしかないが。


「その、つまりだ。うちの部活って去年までちゃんとした部員が俺しかいなかったからさ」

「それは、知ってますけど?」

「ああ。だから、誰かがここにいてくれるって状況が、なんか無性にうれしくてな。つい、顔を出したくなるんだ」


 黙っていようかとも迷った挙句に出た言葉。

 笠原はまた素っ気ない言葉を返すかと思ったのだが……。


「へー……そうですか。ふーん……嬉しいですか」


 そんなことをこぼした後で、イスから腰をあげた。


「脱ぼっちで嬉しいか知らないですけど、それって私がいない時はどうするつもりなんです?」

「え?」


 予想もしなかった返しに、一瞬頭が真っ白になる。


「私だって風邪ひきますし、用事があって教室で済ますこともあるでしょ?」


 だから。


「風邪って……いや、そうか。そうだよな。いや、ついな? 笠原いつも弁当持参だし。てっきりいつも来てくれるもんだと――って、あ、そうか。そうだな。弁当持参でも、教室で食うこともあるよな? そりゃ、そうか。笠原も俺みたいに毎回部室に顔出す訳じゃないもんな」


 思ったことがそのまま口に出た。

 すると、笠原はやれやれと肩をすくめて笑う。


「先輩、そういうとこありますよね」


 彼女は手に持つや弁当をかばんにしまうと、部室の出口へと向かい。


「今度からは、部室にカップ焼きそばでも備蓄しといたらどーですか?」


 そう言い残して教室へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る