点と線

 深夜の街路を駆け抜ける漆黒のバイク!

 その後を軍曹がる真っ赤な軽自動車が疾駆する!


「こいつ! ……2号線に出る気か?」

「二車線の国道へ? 彼我が車とバイクの場合、逃走のセオリーでは狭い路地へ……ですよね?」

「こっちを軽だと思って甘く見たな。ドゥカティの馬力で振り切るつもりだ。スピード勝負なら、大きな道が有利だと踏んだんだ。だが! ホンダトゥデイ改『軍曹モービル』をなめてもらっちゃ困る!」


 軍曹の双眸そうぼうが、仕事中には決して見せない異様な輝きを放つ!


(嫌な予感……)

 二曹は本能的に危機感を抱いて、自分のシートベルトを確かめた!


「セカンドエンジン、イグニッション‼」

「セカンドエン……ひゃあああ!」


 軍曹の操作で生じた猛烈なGが、問答無用の暴虐さで二曹をシートに押し付ける!


「しゃべると舌噛むよ。このトゥデイは後部バゲッジスペースを潰してMTREC型エンジンをもう一基搭載してる。燃費は半分パワーは倍。ドゥカティだろうがアドラステアだろうがっ!」

「こここののゆゆゆれれれわわわ?」

「機関の共鳴振動。杜若かきつばた技術少尉と色々やったんだけど解決できなかった。これでもダンパーで和らげてるんだ。最初は溶接とかビスとかバンバン飛んじゃってさ。走れねーでやんの」

「しゃしゃしゃけけけんんんとととおおお」

「リトラクタブルエアインテーク、オープン。スーパーチャージャー作動。軍曹モービル・スーパー追跡モード!」

【カシャッ! フィィィィッ! プッ……シヤァァァ……!!!】


(軍曹はどうして普通にしゃべれるんだろ?)


何人なんぴとたりともッ俺の前はッ走らせねえええ!!!」


 狂ったように咆哮する二つのエンジン!

 炎を吹き出す二本のマフラー!

 視界は黒いバイクの後ろ姿を中心に絞るように狭まってゆき!

 窓の夜景は全て釘の掻き傷に似たストライプの模様に変わる!


「差ががっ縮ぢんでで……」

「当然。合計600馬力だよ? 自重の半分がエンジン。追いつけないわけが……あッ⁉」


 その時、目の前のバイクが突如ターンの挙動に入った!

 フロントガラス一杯にその姿が照らし出される!

【ギュルギュルギュル!】


「きゃあっ! 危ない!」

「パワースライド⁉︎ 国道のド真ん中で⁉」【ウォォォーンッッ!】

「あ! 反対車線に!」

「対向車のタイミングを計ってやがったな! 曲がれない! く、信号が…… 」


 悔しさに歯噛みしながら、軍曹がハンドルを叩く!


「逃げられた! くそ!」

「私達を……狙ってたんでしょうか?」

「……さあね。にしては、何か中途半端な気もするけど」


***


 20分後!

 軍曹と二曹の姿は近所の神社、天舞志あめんし神社の境内にあった!


【がらんがらん……パンパン!】

「…………」

【がらんがらん………パンパン!】

(少尉が一日も早く元気になりますように)


 二曹は心からそう祈った!

 叶うなら、自らの命と引き換えにしても構わない。彼女は本気でそう思っていた!


「よし。行こうか。で、なんて祈ったの?」

「軍曹と一緒ですよ。一日も早い少尉の快気」

「僕は違うよ。僕の願いは『色々ハッピーエンドになりますように』」

「……百円で?」

「あれはゲーセンのコイン」

「お金ですらないじゃないですか」

「確かにゲーセンのコインはお金ではない。だが僕に掛かれば百円以上の……数百数千の金額と同じ時間を遊ぶ対価になる。祈りの代償は金額じゃない。祈る人にとってどの位の価値か、という……」

「はいはい」

「冷たいなぁ」

「慣れてきたんです」

「あれ? どこ行くの?」

「軍曹の分まであたしがお賽銭供えてお祈りし直してくるんです!」


【がらんがらん……パンパン!】

(えー、さっきは先輩が失礼しました。改めてお賽銭をお供えしますので、どうか少尉にバチを当てないでください……)


「真面目だなぁ」

「万一、少尉に良くないことが起きたらどうするんですか」

「神様はそこまで狭量じゃないさ。この神社にお祀りされてるアメノマイシヒメ様は踊りと心の神様で、気さくで陽気な神様だったと伝えられてる」

「へえ……」

「ライバルだった歌と言葉の神様をコテンパンにやっつけて黄泉の国の地下深くに封印したってさ」

「どこが気さくで陽気なんですか」

「ノリが体育会系ってことだろ」

「歌と言葉の神様は文化系?」

「いつの時代でも同じだねえ」

「その神話、絶対に過去の権力争いの史実伝承の寓話化ですよ」

「夢がないなぁ」

「神様がどんな方でも構いません。少尉を元気にしてくれるなら」

「……そうだね」

「少尉が元気になったら、今度は三人で来ましょう。お礼に」

「……レイノニ」

「え? 今なんて?」

「ああ、ごめん。お礼に、で思い出したんだ。少尉が撃たれた時、気を失う前に言い残したメッセージ。レイノニ。これだけ意味がわからなくて。ググって見たけど……個人のブログとか『レイナニ』ってフラダンスとか、およそ関係なさそうなものばかり」

「レイノニ……」

「なんだろね。数字かな。ゼロの2?」

「……だとしたらなんのナンバーです?」

「うーん……」

「個人のブログはどんな?」

「『アヤタカ・レイの日常』みたいなタイトルの途中の四文字に引っかかってた」

「途中の四文字……それじゃないですか⁉」

「そうか! 確かにあの時、少尉は息も絶え絶えで言葉も切れ切れだった!」

「全部言えてない! もしくは全部聞き取れてない!」

「レイノニ……レノニ、かもしれないな。その四文字を含む言葉……」

「例の人間、例の日曜、例の任務……あとは、えーと……」

「途中や最後かもしれない。指令の任務、奴隷の逃げ道、バレエの人気……」

「……例の荷物?」

「ああ! 少尉の端末が入った小包! そうかも!」

「明日の朝一番で調べて見ましょう!」

「ああ!」


***


 翌日!

 通常業務は二曹が担当し、軍曹は朝から少尉の個人端末の解析に当たった!


「どうです? 軍曹。何か出ましたか?」「うーん……面白そうなツールやアプリは幾つか入ってるけど……今回の件に関係しそうなものは……」

「……そうですか」

「『このメッセージを君達が見ているということは私の身に何かあった……ということだな』みたいなのを期待したんだけど」

「それは期待しすぎでは?」

「流石の少尉も、創作企画に文句言おうとして銃撃される、ってのは想定外だったか」

「普通そんな想定しません」

「運営が暴力団、とかなのかな。ストーム25」

「なんで暴力団が創作企画に賞金を? それに調べてる公的機関の人間を撃つ意味が分かりません」

「おおごとになるだけだもんな」

「なんなんでしょうね、ストーム25。募った作品に賞金……賞金はどこから出てるんでしょう?」

「分からない。人一人撃ってまで守らなきゃいけない理由も」

「私たち、何かを見落としてるか……大きな勘違いをしてるんでしょうか?」

「なんてサスペンスな台詞」

「……真面目にやって下さい」


***


 軍曹は昨晩の一連の追跡劇の報告の為、司令室を訪れていた!


「……なるほど。分かった。バイクのナンバーは?」

「段ボールのようなものが貼られていて確認できませんでした」

「無関係な一般ライダーの誤認ではなさそうだな」

「只者とは思えません。重いドゥカティをあんな速度でぶん回すなんて……」

「ドゥカティ? バイクの車種はドゥカティか? 真っ黒の?」

「ええ。恐らく一昨年のモデルじゃないかと」

「…………」

「何か心当たりでも?」

「いや。珍しい名前が出たから確認しただけだ。よく見分けたな」

「学生時代はレストアしたカタナに乗ってました。海外バイクはカタログで舐めるように見てましたから」

「今は? 乗らないのか?」

「原付には乗ってますよ。でも実用なら車です。いい季節で天気のいい日なら、バイクも気持ちいいですが」

「そうだな。少尉の端末は?」

「これから更に調べてみます。鍵が掛かった領域がいくつかあるので、突破を試みます」

「頼む。何か分かればすぐ教えてくれ」

「了解」

「下がってよし」

「失礼します」


***


「あー……ダメだ!」


 軍曹はそう叫ぶと、わしゃわしゃと髪の毛をくしゃくしゃにしてデスクに突っ伏した!


「何も出て来ない。ツールやアプリもキッチリプロテクトされてて何しても開かない。……何してるの?」

「いえ、ノートPCじゃなくて小包の他の中身や、箱自体に何かあるんじゃないかと」

「……どう?」

 二曹はかぶりを振った。

「……何もなさそうです」

「うーん。少尉ぃ〜……」


「……考えて見れば」

「ん?」

「手の込んだ複雑な謎なわけないですよね、レイノニ」

「ああ。少尉は犯人の手掛かりを伝えようと薄れる意識の中で必死だったハズだ。そんな時にいちいちナポレオン暗号とかアナグラムとか言い残さないだろうな」

「やっぱり直接犯人を指し示すようなワードなんですよ、レイノニは」

「くっそ〜、タヌキのキタグチ……一体どこのどいつなんだ⁉︎ 見つけたら腹にトンネル開けて新幹線通してやる!」

「今……なんて言いました?」

「え? 見つけたら腹にトンネル開けて新幹線通してやるって」

「違います! その前!」

「タヌキの……キタグチ?」

「私どうかしてる! どうして気付かなかったんだろう……」

「何か分かったの⁉」

「タヌキのキタグチですよ? 難しいことなんて最初からなかったんです!」

「……あ‼ 小学生の年賀状レベル!」


「木口兵站長です! 金曜カレーの!」

「撃たれたのは金曜だ! カレーの日……『カレーの匂い』か‼  レーノニ‼」

「そうです! 私、風邪こじらせてて鼻詰まりで……匂いに気づかなかった!」

「銃撃犯……タヌキのキタグチは、木口兵站長……!」


 軍曹は装備ロッカーから二着のベストを取り出すと一着を二曹に渡した!


「よし。二曹これ着て!」

「耐弾ベスト……」


 鍵付き引き出しから拳銃を取り出した軍曹は、マガジンを抜いて装弾を確認すると、スライドを引いて初弾をチェンバーに装填した!


「行くよ! 食堂だ! 土曜は五時で閉まる! 本人を捕まえるぞ‼︎」

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