ミッドナイト・チェイス
週末!
金曜日の夜である!
違法中波放送「ストーム25」を追う情報自衛隊福山基地の石野司令と大槻副司令、同基地・備品管理部別室の志村軍曹と仲本二曹は遠隔二点からの指向性アンテナ観測による電波発振元同定作戦「フォックスハウンド作戦」を開始しようとしていた!
二曹と司令は基地にあり、備品管理部別室から作戦全体をモニター、指揮する!
「二曹、ネットワークの様子は?」
「異常なし。関連ポストなし。笠岡よりの転送なし。mrp値1以下で安定」
「現在時刻を確認」
「現在時フタヨンゴーマル」
「よし、狐狩りを始めよう。現時刻よりフォックスハウンド作戦を開始する。こちらデルタ。エコー、状況報せ」
福山基地から西北西約16キロ、
制式のトレンチコートに身を包んだ大槻副司令は、三脚に固定された高指向性アンテナの高さを調整しながら返事をする!
「こちらエコー。現在、高増山、山頂付近。ビームアンテナ受信テスト終了。準備良し。オクレ」
『問題ないか?』
「久々の現場で年甲斐もなくドキドキしていますが……昔取った杵柄、立派に御奉公してみせます。オクレ」
「現状で待機せよ。オワリ。
……フォックストロット。状況報せ」
福山基地から北北西約11キロ、
折からの寒波が呼んだ吹きすさぶ寒風に歯の根を鳴らしながら軍曹が応える!
「こちらフォックストロット。現在、権現山、山頂展望台。装備一切作動良好。準備良し。……はっくし! オクレ」
『問題ないか?』
「言って良ければ……ちょー寒いっす! 風強くて耳と鼻が取れそうです! 二曹、コーヒー沸かしといて。オクレ」
『よし。各員現状で待機。前後の状況からみてストーム25の首魁と思われるタキグチという人物は加藤少尉銃撃事件の重要参考人だ。捕まえて洗いざらい話を聞こうじゃないか。エコーおよびフォックストロット。耐弾ベストの着装と9ミリ拳銃の実包装填を再確認。有事には柔軟に独自の判断で脅威を排除、自衛にあたれ。少尉は実際に撃たれている。観測作業中も注意を怠るな』
『了解』
「了解」
『放送開始予想時刻まで残り5分』
「さあ姿を現せ。偽ギツネ」
「マルヒトまであと10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、観測開始」
***
『こちらエコー。コンタクト! 該当電波探知方位……ほぼ真東……2時59分32秒方向。データを転送します』
『え⁉ 副司令早い! こちらフォックストロット。現在、発信源探査中。……っくょん!』
深夜の山頂で一人! 軍曹は焦っていた!
ストーム25の平均放送時間は32分程度!
発振地点の特定には、副司令の特定した方位に向けて引かれた直線に対し、軍曹の特定した方位に向けて引かれた直線を重ね合わせる必要がある!
「どっちに向けても酷いノイズだらけでとても聴き取れない……どれだ? ポエム25は〜⁉︎」
『落ち着けフォックストロット』
「副司……じゃなかった、エコー」
『受信感度を上げ過ぎだ。感度を5カウント下げ、ノイズを消してアンテナを一周……探知できなければ感度をカウント1つ上げてもう一周だ』
「フォックストロット了解。やってみます!」
***
一方その頃、備品管理部別室では!
「司令、今回の相手ですが」
「ああ」
「組織、でしょうか。それとも個人なんでしょうか」
「現段階ではどちらとも言えんな」
「例えば……個人でラジオの海賊放送なんて、できるものなんでしょうか?」
「放送範囲にもよるが……市内丸々をカバーしようとするとそれなりの設備が要るのは確かだ。数千万はかかるだろうな。県全域となれば一つのアンテナでは無理だ。基地局を半径3、400キロごとに設けるか、衛星通信に割り込まないと」
「そうなると個人では無理なのでは?」
「どうかな。テクノロジーは善良な市民にも悪辣な犯罪者にも等しく優しい。放送事業をまるごと運用しなくても、似たような効果を得られる手段があるかもしれない」
「…………」
『あ!……来たぁっ! こちらフォックストロット! コンタクト! 探知方位はほぼ真南! こっちの数字だと……6時ゼロ分15秒方向! データ転送! オクレ!……っくしょい!』
「ポイント・エコー、ポイント・フォックストロットからのデータ受信確認。探知直線をメインのマップに出します。交差ポイントは……え⁉ 嘘! この場所って……」
「なるほど……確かに強力な通信設備と充分な高さのアンテナタワーがある」
『こちらエコー。発振元は特定できましたか?』
『こちらフォックストロット。二曹、どこだった? 教えてくれたら今から早速火ィ付けに行くわ』
「やめておけフォックストロット。戻る職場が無くなるぞ」
『なんですと? ……と言うことは……』
『まさか……ストーム25の発振元は……』
「探査結果を重ねたマップを転送します。該当電波の発振元はここ……情報自衛隊福山基地、です」
「さて……面白くなって来た。犯人は我々と、まさに同じ穴のムジナと言う訳だ」
***
「放送……今終わりました。現在時刻マルヒトサンハチ。今調べた限りでは、通信関連システムに侵入や不正アクセスの痕跡はありません」
『どうやってウチのアンテナから違法中波なんて飛ばしてるんだろ?』
『システムの不正操作でないとするなら、恐らくアンテナ線の何処かにクリップアタッチで端末を寄生させてるんでしょうな。物理的に』
『中継器か何かをコードに直接くっつけてるってことですか。今時? 平成かよ』
「二人とも、機材を撤収して帰ってこい。現時刻をもってフォックスハウンド作戦を終了する。ご苦労。見事なハンティングだった。捉えた狐は想像してたものとは違ったが」
***
翌日!
福山基地の通信アンテナに連なるコード類の一斉点検が実施された!
「司令、アンテナ線のライン点検が終了しました」
「何か見つかったか?」
「いえ……残念ながら。アンテナ線は施設内で多数分岐していて壁面や天井裏、床下などに数百本の配線に分散しています。青写真で追える範囲では検査したのですが。」
「そうか、ご苦労だった。副司令」
「思いますに、犯人は放送の前後だけ南京虫を取り付けて、放送終了後はそれを外してしまってるのではないでしょうか」
「道理だな。だが……だとするならば」
「ええ。必然、隊の中に犯人か、その協力者がいる、ということに」
「……責任者として腹立たしいな」
「基地を掌握できておらず、面目ありません」
「いい。何か対策を考えたいところだな」
「Sを炙り出す方法ですか。笛を吹いても踊ってはくれないでしょうな」
「ふむ……」
***
同日、備品管理部別室!
今は軍曹と二曹、二人での運用である!
「笠岡より入電。フォックス2ポスト」
「……五月病か。新人でもあるまいによく言うよ」
「副司令に報せます?」
「いや、いいだろう。ログだけきっちりで」
「了解」
「外線1番。一般回線。出るね。はい、こちら備品管理部別室。はい。お世話になってます。……え! いえ、席を外していますが……。はい。……そうですか。はい伝えます。失礼します」
「……どこから?」
「市民病院。少尉の肺、感染症の疑いだって。無菌室入るから面会謝絶らしい」
「……そうですか」
「うーん……」
「どうしました?」
「いや、今の電話の声……なんか聞き覚えあるなぁ、と思って」
「入院した時の担当医の方では?」
「いや。佐藤って名乗ったし声も違う……」
「……高木少佐、じゃないですよね?」
「大丈夫。それはない。……だったら怖いよ」
「少尉……早く元気になるといいな」
「……ええ」
「寄生端末、見つからなかったってさ」「そうですか……」
「で、いつから好きだったの? 少尉のこと」
「え⁉」
「良かったらだけど、聞かせてよ。今後の彼女作りの参考にさ」
「…………じゃあ言っちゃいますけど私がヘルプに来た初日の夜です」
「はや」
「少尉に見抜かれたんですよね、私。スパイだってこと」
「ああ……なんかそんなこと言ってたな」「正直わたし……すこし男性全体を軽く見てたんです」
「どゆこと?」
「自分では言いにくいんですが、私……飛び級で首席になる程度には賢くて」
「うん」
「で見た目が……絶世の美女とは言わないですけど、それなりに純朴そうでしょ?」
「自分で言っちゃうかな……ま、否定はしないよ」
「言いよって来る男性も、これまで何人か居たんですが、なんて言うか、その……みんな一緒に見えて」
「…………」
「情報分析官の、スパイの仕事に就いてからは、より一層……男の人ってちょろいなぁ、と」
「たはは」
「もちろん個人差はありまが、大抵の男はちょっと思わせぶりな気のある態度を見せて腕でも掴めば……聴いてないようなことまで自慢げにペラペラ喋り出す」
「……耳が痛い」
「少尉にも私の必勝パターンで接したんですが……ズバリ言われたんですよね。『君は誰だ? 一体何を調べてる?』って」
「少尉……無駄にかっこいいな」
「私、嬉しくなっちゃって」
「嬉しく? 正体ばれたら任務失敗じゃん」
「もちろんそうなんですけど……誤魔化しようはあります。それより何より、ああ、こんな男の人もいたんだーってカルチャーショックで。感動したというか尊敬したというか。え、なにこの人、すごい、みたいな」
「なるほどね……なんか納得だわ」
「私からも一つ訊いていいですか?」
「何?」
「……少尉が撃たれた夜、軍曹、少尉に仰ってたでしょ。『自分はまだ約束を果たしていない』って」
「…………」
「どういう約束なんですか?」
「……言ったっけなぁ、そんなこと」
「誤魔化さないで下さい」
「……少尉を越える情報自衛官になるって口走ったんだ」
「それは……また」
「そんときゃまだ高坊だったからね。世間を知らなかったんだ」
「え? そんな昔からお知り合いだったんですか?」
「いや。情報自衛隊のホームページをクラックしたら二時間くらいで黒服の男たちが来てさ」
「…………」
「そのうちの一人が少尉だった。ビビったよ。完全犯罪のつもりで絶対バレないと思ってたから。もう二度としないって念書を書かされて許してもらったんだけど、別れ際に悔し紛れに言ったんだ。『いつかあんたを越える情報自衛官になってみせる!』って」
「そんなことが……」
「でもさ、再会した時の少尉、全く僕のこと憶えてなくてさ」
「…………」
「腹立つからそのまま黙ってるんだ。少尉に居なくなられたら困る。ハッキングの知識や腕だけじゃ、優秀な情報自衛官とは言えない。問題に対処し、人を率いて育てる能力。全体を俯瞰しながら細部を細かく視る能力。……情報うんぬんじゃなく、まず社会人として、僕はまだ少尉に到底およばない」
「軍曹……」
「とまあ、片思いの約束さ」
***
「mrp値、基準値以下を維持。回線負荷、24.6バイツゼカ・パーライン。通常週末レベル」
「じゃ、ログ送ってクローズだね」
「はい」
「お疲れ様でした」
「お疲れ。……二曹。気が進まなければ断ってくれて全っ然構わないんだけどさ」
「なんです? 改まって」
「家まで送るから30分だけ付き合わない?」
「どこへ?」
「神社。少尉の一日も早い復帰を祈りに」
「行きます!」
「お賽銭はおごるよ」
「……自分で出します」
***
「シートベルトした?」
「はい」
「よし。システムチェック。オールノーマル。コンファームド。サージェントモービル……ラゥンチ!」
「……そういうの仕事だけにしましょうよ」
「遊びだよ遊び。気分が盛り上がる……」
「ああっっ! 止めて下さい!」
【キキィ!】
「どしたの‼」
「軍曹! あそこ‼」
二曹の指差す先のものを見た軍曹は、二曹が車を停めた理由を理解した!
「黒い……バイク!」
「こんな時間に基地にしか続いてない道に! おかしいですよ! あ! 逃げる‼」
「追うよ! 掴まって!」
「え⁉ あ、はい!」
【カカカン!】
軍曹の高速シフトチェンジとアクセルワークがホンダ・トゥデイ改の鋼鉄の心肺に爆燃気の息吹を吹き込む!
【ウォーン! キュルキュルキュル‼】
唸りを上げるMTREC型エンジン!
甲高いスキール音とアスファルト切り裂くタイヤが上げた白煙とを置き去りに軍曹の愛車が黒い大型バイクを追って走り出す!
「乗ってた奴……見た?」
「ヘルメットもツナギも真っ黒でした! きゃん!」
「仮名ライダーブラック、か。飛ばすよ」
「ひゃぁっ……あわわわっ!」
「絶対に捕まえる! この車をぶつけてでも‼」
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