タヌキとミカンと准教授

 新任の女性司令官、石野情報大佐は仕事後に加藤少尉を誘った。

 残された志村軍曹は仲本二曹を同伴して帰路に着く。

 その時!

 軍曹のカーラジオがストーム24の模倣企画「ストーム25」の片鱗を捉えたのだった!


【キキィ!】

 軍曹の真っ赤な軽自動車が甲高いスキール音を上げて停車する!


「きゃ!」

「ゴメン! けど!」


【ザザ…の、タキグチです…ザ…】


「タキグチ? こいつが主催者か?」

「……ノーベル安易賞をあげたいですね」「に、してもこのネットワーク時代にラジオとは……webの検索に掛からないわけだ」


【……優勝の……賞金……万円……】


「ちょっと待て……優勝?」

「今、賞金って……」

「この声……合成音声? ボーカロイドかなんかだな。リアルタイムで変換しながら電波に乗せてるんだ」

「少尉に報せます?」

「いや、流石に今はマズイ。明日にする」

「ストーム24の名前をかすめ取って、詩や歌に優劣を付けて賞金まで出すなんて……」「気に入らないな。少尉の許可が降りたら、突っ込んで調べてみよう」


***


 翌日!

 軍曹は昨晩あったことを細大漏らさず少尉に報告した!


「なるほどな……ラジオを媒体とした賞金付きイベントか」

「昨日はどうでした? 少尉。その……いい感じでしたか?」

「すごく他意を感じるが……悪い感じでは無かったぞ」


 二曹はそのやり取りを聴いてはいたが、複雑な想いを胸に秘めたまま沈黙を守った。


「にしてもストーム25を名乗っておきながら創作に優劣を付けて金をかけるとは」

「どういう意図なんでしょう?」

「意図や主義主張は関係ない。違法放送は地域の情報網に対する侵害だ。我々が直接取り締まりべき相手ではないが、可能なら発信元を調べて、証拠資料とセットで警察に通報しよう。何か分かったことは?」

「サブAに出します。多分こいつですね」


 サブスクリーンAに『キタグチの世界』というタイトルのホームページが表示される!


「簡素な……自治体が作ったページのようなデザインだな」

「何言ってるんです。最近は自治体のホームページも頑張ってますよ。けどこいつのこのページは六昔前くらいのホームページビルダーで作られたようなダサいUIですね」

「アイコン……微妙にリアルな黄色いタヌキ人間? なんか全体的にイラっとしますね」

「手抜きだなぁ。メールアドレス……次回テーマ。これだけ?」

「メアドに作品を投稿するんですね……テーマ『羽根アリ』? なんでまた?」

「……取り敢えず一般参加者のふりをして投稿してみるか」

「少尉、羽根アリで一首お願いします。」「構わんが……大した歌は詠めんぞ?」


飛ぶ先は恋の実りか虚無の死か 命閃く羽根アリの羽根


「テーマの割にはいいんじゃないですか?」

「軍曹……なぜ上から目線なんだ?」

「私は好きです」

「お世辞はいらん」

「お世辞なんかじゃありません。本当に……好きです。少尉」

「……ありがとう。二曹」

「じゃ、管理室名義の一般PCから。メールします」

「頼む」


『はじめまして! キタグチさん。初めてお便りします。わたしミソラ322と言います! ストーム25の話を友達から聞いて参加したくなりました。やり方が分からないので取り敢えず一首、テーマで読んだ短歌をお送りしますね♬』


「軍曹……ネカマ慣れしてないか?」

「ずっと公務員だった訳じゃありません」



「送信完了」

「これで一旦は返事待ちか」



***


 備管別の監視対象たるV.I.P.sたち!

 並行して調査を進める「ストーム25」!

 どちらにも動きのないまま時刻は23時を回る!

 その時、軍曹のデスクの内線電話が鳴った!


「内線1番501は……正面ゲート守衛室ですね。出ます。はい。備管別。……え? 本人がですか? 待って下さい。少尉、珍しい客です。笠岡通信技術研究所の遠藤准教授。見学希望とか」

「ちょっと待て。通研は民間の外郭団体だ。司令の許可がいる。……全く、学者先生はどこか浮世離れしていて困る」


 少尉は手元の内線電話から司令室に掛けると事情を説明した。


「いやぁ、突然すいません! こんばんは、備管別の皆さん!」


 現れたスーツ姿の短髪の男性は、ハキハキと挨拶すると丹精な顔をくしゃくしゃにしてはにかんだように笑った!


「ようこそ、と言いたいですが……我々の活動は機密性が高い。部活のOBのノリで来られては困る。以後、事前に連絡を下さい」

「申し訳ないです。一緒に飲んでからこっち……早くまた皆さんにお会いしたくて。愛媛の実家から初物のミカンが来たんで持参しました!」

「それは有難いですが、時間が。今は状況中です。せめてフタヨン……零時を越えてから来て頂けたら、もう少しましな歓迎ができるのですが」

「あぁっ、そうですよね? ダイダロスの予報も最後に見た段で14%だったので。今日はもうないかと」

「時間まで確実に監視するのが我々の任務です」

「はい……軽率でした。以後気を付けます」

「ご理解頂けて幸いです」

「へえ、ここが……備品管理部別室かぁ。大っきいメインモニター、カッコいいですね」

「ご無沙汰、いっちー」

「ご無沙汰してます軍曹。その節は。噂で聞きましたが大変だったみたいですね」

「まあね。ゆっくりして行きな」

「はい!」


「ここが、仲本さんの席ですか?」

「今晩は。実は暫定の仮の席です。私の席の端末は、例の一件の時にクラックの煽りを喰って燃えちゃったので」

「燃えた? クラックで?」

「私も驚きでした。初めて本番で消火器使いましたよ」

「どんだけ強力な攻撃ワームなんだよ……すごいな、備管別は」


 若い准教授は目を丸くしてそう驚くと、ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。


「新しい司令は? もう帰られました? 今日からでしょ?」

「よくご存知で。まだいらっしゃいますが……ほいほい連れて行って引き合わせたりはしませんよ」

「分かってます。すごい美人だって聞いたので……一目お会いしてみたくって。ここん最近、通研は南スーダン帰りの美人司令の噂で持ちきりですよ」


「……男の人って」

 二曹は誰にも聞こえないような小さな声ででそう漏らした。


「写真とかないんですか?」

「生憎と」

「もし、もし撮れたらでいいんで写真が手に入ったら送ってくれませんか? 秘匿圧縮のβ回線で」

「隊の回線の私的利用は服務規定違反です」

「冗談ですよ、冗談」


***


「お疲れ様でしたー」

「お疲れ様です」

「ご苦労。遠藤准教授、ミカン、有難うございます。早速帰ったら頂きます」

「はい、どうぞ! 仲本さん、駅ですか?」

「え? はい」

「送りますよ。僕あっち方面なんで」

「有難うございます」



「チッ」

「……今誰か舌打ちしなかったか?」



***


「なんか……備管別に出入りする人、増えましたね少尉」

「ああ、とても機密情報を扱う部署とは思えん」

「そろそろ一人くらい減ったりして」

「……誰か減って欲しい人物でもいるのか?」

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