新司令、襲来
翌日!
備品管理部別室は少尉、軍曹、二曹の揃う三人体制の日だった!
「笠岡より入電。フォックス2のポスト……新スタッフの歓迎会についてです」
「新司令の歓迎会はどうします? 副司令や基地の主だった面子呼んで……遠藤っちにも声かけて盛大に行きますか」
「あ、次の司令決まったんです?」
「石野情報大佐って女性らしいよ」
「へえ。この世界で女性って少ないから……話せる方だと嬉しいな」
「その辺どうなんでしょうね、少尉」
「石野情報大佐は合理主義的な仕事のできる情報士官で、意志が強く決断も早い。また海外での任務経験も多く様々な現場を歴任してる。人間としても魅力的で、礼節をわきまえて話せば面白い方のようだぞ」
「だ、そうだよ」
「……なんか強そうですね」
***
「mrp値1以下で微動。回線負荷、異常なし」
「笠岡も沈黙を守っています。転送、ありません」
「……了解した」
「少尉、先程から何を?」
「例のストーム25が気になってな。見てくれ、サブのBに出す」
「『もしかして・ストーム24』……これだけ?」
「他の結果もストーム24に関するものばかり。ストーム25自体が検索に掛からない。只の噂……か?」
***
「笠岡より転送。アプリゲームに関するポスト。フォックスは割とゲームもするんですね」
「だな。まあ、mrp値への影響は少ないし、ストーム24とは関係は薄いかな。……にしても少尉遅いな。大槻副司令と何話してるんだろ」
「新司令についてミーティングって言ってましたけど……なんで少尉が呼ばれるんでしょうね」
「……それなんだけどさ。新しい司令と少尉……昔何かあったんじゃないかな?」「え? 何か、と言うと?」
「少なくとも少尉は新司令と知り合いではありそうなんだ。副司令に呼ばれたのは新司令の人となりとかを、副司令が知りたかったんじゃないかな? ただ問題はそっから先、どういう知り合いだったかが……」
「つまり……元恋人だった、とか?」
「分からない。ズバリ訊いたがはぐらかされた」
「……少尉の元カノ……新司令が?」
***
「…………」
「二曹」
「…………」
「二曹! 笠岡からなんか来てるよ」
「え⁉ あ……すみません。笠岡よりファックス……じゃなくて入電で、フォックス2のポスト」
「二曹……やっぱ好きなんだね、少尉のこと」
「な、何を言うんですかっ! 状況中に! そんな……す……そりゃ少尉のことはもちろ嫌いじゃ、ないでござるが……あれ?」
「分かった分かった」
***
「内線511……副司令室。取るね。はい備管別。あ、少尉。……はい。いえ、特には。……そうですか。分かりました。何かあればすぐ。……いいえ。問題ありません。はい、失礼します」
「少尉、まだ戻られないんですね」
「なんか長引きそうだって」
「…………」
「状況中には訊くなよ?」
「……分かってます」
***
「すまない。遅くなった。異常はないか?」
「はい。mrp値、回線負荷、全てネガティブ。兆候、ありません」
「笠岡沈黙。直近二時間、関連ポストなし」
「副司令も時間を考慮してくれればな。気が気じゃなかった」
***
「少尉、訊いていいですか?」
「なんだ、軍曹」
「新司令……石野情報大佐とは以前、同じ部隊に?」
「ああ。もう七年になるか………任官された最初の年に。北九州下曾根基地の情報班で世話になった。彼女は二年先輩でIT諜報のイロハを教わったんだ」
「告白は新司令が?」
「軍曹……私がそんなカマにかかると思うか?」
「ダメ元です」
***
「お疲れ様でした」
「ご苦労だった、二曹。軍曹、二曹を駅まで送ってくれ。私は副司令をお送りする」
「副司令、電車通勤でしたっけ?」
「いや、御宅まで送る。普段は車で来られているが、今日は奥方が車をお使いだそうだ」
「はぁ……」
少尉に気付かれぬようため息をついたのは二曹である! 軍曹はそれに気づいて二曹に声を掛ける!
「安心しろ二曹。今日は軽自動車で来た」
「……そういうことじゃありません」
***
翌日!
「mrp値、1前後を保つ。回線負荷、平常関連」
「笠岡沈黙。関連ポストなし……くしゅ!」
「了解した。二曹、今日はもう上がれ」
「いえ、くしゅ! 大丈夫でふ」
「そうは見えん。顔色もよくない。寝不足か?」
「……はい。昨晩、よく眠れなくて」
「雨に打たせたのが悪かった。上がれ。命令だ」
「フタヨン経過。オールグリーン。兆候なし」
「確認した。一息入れよう」
「コーヒー、今日もありありで?」
「いつもすまん。今日はブラックにしてくれ」
「少尉、二曹なんですが」
「ああ。何かあったか?」
「何か……悩みがあるようなんです」
「そういえば眠れない、と言ってたな」
「今度、話を聞いてやって下さい」
「それは構わんが……本人がのぞむだろうか。それに軍曹が聞いてやったらどうだ? 歳も君の方が近い。それに相談に乗ってる内に仲が深くなるというのも良くある話だ。君は二曹が気に入ってるんだろう?」
「だからこそ、です。これでも作戦があるんです。差し支えなければ、二曹の話を聞いてやって下さい。上官として」
「……そうか。分かった。声は掛けてみよう」
***
「お疲れ様でしたー」
「ご苦労。……軍曹。二曹の悩み相談だがな」
「はい」
「上官として部下のメンタルヘルスのケアはするが、君の期待するような展開にはならんかも知れんぞ」
「……はい」
「例えばなったとして……君はそれでいいのか?」
「……ええ」
「……難儀な男だ」
「全くです」
「少尉は正直、二曹をどう思ってるんです?」
「健気で可愛い部下だ」
「もし告白とかされたら?」
「……難しい質問だな」
「食事や映画に誘われたら?」
「…………」
「そうなった時のことを考えといて下さい。変につっけんどんになったりしないように。間違っても『軍曹も誘おう』なんてナシですよ」
「……難儀な男だ。願うのは好きになった相手の幸せか。優しいな、軍曹は」
「オタクが一律、偏狭で独占欲が強いなんて思わないで下さい。人一倍ナイーブで身を引くタチ。だからオタクやってる、なんて優しい人間も沢山いるんです。目立つのは少数の偏執狂ですけどね」
「問答無用の説得力だな」
「じゃあまた明日。少尉のコミュニケーション能力に期待してます」
「微力は尽くそう。ご苦労だった」
(考えといて下さい……と言われてもな)
***
「戻りました〜。あー美味しかった。少尉、ご飯どうぞ」
「食堂で定食か、軍曹」
「え、よくお判りで」
「金曜カレーだろう。君からカレーの匂いがする」
「金曜カレー?」
「ほら食堂に爺さん料理長がいるだろ? 兵站長の木口大尉。カレーにすげえこだわってて、毎週金曜は特製カレーなんだ」
「へえ……くしゅ!」
「では休憩に行ってくる。不在の間たのむぞ、二人とも」
「了解」
「了解」
***
「mrp値、観測範囲内最大値3.21。直近二時間平均で1.82。回線負荷平均、8.54キロバイツゼカ・パーライン。問題なし」
「笠岡からの転送もありません。関連ポストなし。兆候、ありません」
「二曹」
「しゅん。はい」
「少尉と話すチャンスがあったらさ」
「……はい」
「いきなり思いの丈をぶつけるより、ご飯なんかに誘うのがいいと思うんだ」
「…………」
「余計なお世話を承知で敢えて言ってるから、違うと思ったら無視してくれて構わないんだけど」
「いえ。……私もそう思います」
「お話があるんですけど長くなるんで、ご飯でも食べながら、みたいなさ。相談がある部下のていで行けば、少尉は断らないよ」
「はい。……だと思います」
「頑張れ」
「軍曹……何故応援して下さるんです?」
「君も少尉も好きだからさ」
「…………」
「それに少尉はあんなだからなぁ。少尉と一緒に居たいが為に仕事辞めて人事システムクラックして乗り込んでくる位のガッツある子がいなきゃ、一生独身だ。あの人」
***
「フタヨン回る。コンディション、オールグリーン」
「笠岡沈黙。関連ポストなし。兆候、ありません」
「結局何事もなくフタヨン、か。もちろん何事もなければそれにこしたことはないんだが」
「カレー、食べて来られたんですか?」
「ああ。カレーは好物だから色々な所のものを食べているが、うちの兵站長のは一二を争う味だ。何時間も鍋に付きっ切りで自ら仕込むらしいぞ」
「金曜カレーって、確か海上自衛隊の習慣として聞いたことがありますが?」
「流石だな、二曹。木口兵站長は元護衛艦乗りだ」
***
「お疲れ様でした」
「っしたー」
「軍曹、挨拶はきちっとしろ」
「じゃ、私……これで。くしゅ!」
「駅まで送ろうか? 二曹」
「ありがとうございます少尉。でも、母が迎えに来てるんです。風邪引いたって言ったら、ご飯作りに来てくれて……」
「そうか……御母堂にも宜しく伝えてくれ。お大事に」
「伝えます。お疲れ様でした」
***
「背の高い方が隊長さん?言うてた少尉さんやろ? かっこええねぇ。ぴっとして賢そうで。仕事できる軍人さんって感じやわぁ。今度お母ちゃんも紹介してよ、挨拶したいけん」
「絶対イヤや。くしゅ!」
***
「mrp値0.4前後で安定。回線負荷、平日同時間平均以下。笠岡よりの転送もなし」
「了解した。最近はポストそのものも少ない。フォックスは忙しいのか、何か別の動きの準備中か……」
「二曹、今頃はお母さんとのんびりしてますかね?」
「そうだろう。久しぶりの親子水いらずで、元気になるといいが」
***
一方その頃、二曹のアパートでは!
「まったく……こんな雑誌ばぁ貯めて。読まんとなら捨てんね!」
「あぁもう、そのままにしとってよ! まだ読んでないとことか欲しいもんの記事とかあるっちゃけん!」
「そんな言いよったらいつまでも片付かん! 女の子なんやから部屋はいつも綺麗にし!」
「ぐちゃぐちゃではないんやしええやん!」
***
「明日はまた熊野中尉ですか?」
「そうなるな。何かあれば携帯にかけろ。多分すぐ出る」
「色っぽい予定入れましょうよ」
「こればっかりはな……相手のあることだ。PCを使うようには行かん」
「同じですよ。お互いのハードとソフト。スペック。費用対効果……そして最後はフィーリング。『好み』です」
***
「フタヨン回る。全て異常なし」
「ご苦労。たまには私が入れよう。コーヒーでいいな。ミルクは1個、砂糖は2本?」
「いや! いいですよ! 自分やりますから」
「君には色々気を遣わせてるみたいだからな。せめてものねぎらいだ」
「少尉が自分にねぎらい……? 不吉な……地球でも終わらなきゃいいけど」
「……言葉を慎め」
***
一方その頃、二曹は!
「なあ、みーちゃん」
「なん?」
「あんた賢いけん……お母ちゃんに分からんような不安や悩みを抱えてしまうこともあるやろな」
「なんの話?」
「そんな時はな、心の声にしっかり耳、傾けて……後から後悔しない道を、ちゃんと選び」
「……うん」
「どうなっても、お母ちゃんあんたの味方やからな」
「お母さん……」
「ん?」
「……ありがとう」
「なんね……それはこっちの台詞よ。みーちゃん。うちの子に生まれて来てくれて、ありがとう。ほら、はよ寝。治る風邪も治らんよ」
「うん。…お休み」
「お休み」
***
「お疲れ様でした〜」
「ご苦労だった軍曹。明日は実質、君が室長代行だ。万一ストーム24があったら……」「分かってます。粗相のない範囲で上手くやります」
「頼む」
「二曹にいいとこ見せたいし」
「まあ、いよいよとなったら電話しろ」
「平気です。二曹がいれば。少尉はむしろ……」
「邪魔で悪かったな」
***
翌日!
熊野中尉が室長代行を務める備品管理部別室が23時を迎えた頃!
「じゃあ、お先に。お疲れ様」
「お疲れ様でした。熊野中尉」
「お気をつけて」
「やはりいつもああなんですね。あの人。」
「まあね。居てもここじゃ役に立つわけじゃないし……ぶっちゃけ居座られるよりとっととハケてくれたほうが気が楽だ」
「少尉は今頃なにをなさってるでしょうね」
「新作モノマネの練習とかかな?」
「軍曹じゃないんですから」
***
「お疲れ様でした」
「ご苦労さん。今日もお母さん迎えに来るの?」
「いえ、母はもう実家の方に」
「じゃあ良ければ……」
「駅まで送って頂けますか?」
「えっっ⁉」
「私誤解してました。軍曹……」
「……二曹」
「てっきり私に言い寄ろうとしてるんだと」
「…………」
「でも少尉と私のことを応援してくれて。普通にいい方だったんですね」
( ……このパターンで来たかー。そうかー)
「……ま、いっか」
「何がです? くしゅ!」
「こっちのことさ。まだ本調子じゃないんだね」
「昨日よりずっと楽ですけど、鼻がまだ」
「五月だけどここ数日はなんか肌寒いもんな。早く乗りな。エアコンも入れるよ」
「はい。ありがとうございます」
「掴まれ二曹。まくるぞぉ〜」
「いえ。普通に安全運転して下さい」
***
翌日!
備管別はフルメンバーの三人体制!
何事もなく日付けも変わろうかとする時に、それは起こった!
「mrp値0.8前後で細動。回線流動良好。問題なし」
「笠岡沈黙。関連POSTなし。兆候。ありません」
「確認した。フタヨンまであと5分。だが油断はするな」
「了解」
「了解」
二人がそう返事をした直後、備品管理部別室の自動ドアが開き、一人の美しい女性士官が姿を現した!
「邪魔をするぞ」
「……石野情報大佐!」
驚きながらその名を呼んだのはもちろん少尉だった!
「え⁉ 新司令?」
「……あの方が」
「ご無沙汰しています。情報大佐。髪……短くされたんですね」
「直れ。状況中にすまん。久しぶりだな、加藤一曹。いや……今は少尉か」
「七年ぶりですが……大して出世できず恥ずかしい限りです」
「謙遜するな。報告書は見た。貴様らしい活躍ぶりではないか」
「
「この部屋から一歩も出ず、たった三人の人員で……弾丸一発と鼠のオモチャ、一本背負いだけで、クーデターを防いだ」
「一本背負いじゃなくて大腰……」
「しっ」
二曹の小言の抗議を、軍曹が制した。
「備品の端末を一台おしゃかにしました。クーデターも実態があったかどうか……大層な事は何も」
「クーデターと無差別テロを防ぎ、犯人を殺さず捕らえて昇進も昇給もなし。情自の人事制度は抜本的改革の要ありだな」
「いえ。そんなお話があったとしても辞退したでしょう。……私がもっと用心深ければ、中将は亡くなられずに済んだかもしれません」
「……自分を責めるな少尉。不可抗力だ。」
「お話中申し訳ありません。フタヨン回る。mrp値1以下を保つ。回線負荷、異常なし」
「笠岡依然沈黙。兆候、ありません。」
「了解だ。一息入れよう。情報大佐もご一緒にいかがですか?」
「コーヒーか?」
「ええ。相変わらずブラックにミルクを三滴、ですか?」
「憶えているとは……まめな男だ。今の恋人もさぞ幸せだろう」
「生憎と独り身です。今夜は何故こちらへ? 着任は明日付けだったのでは?」
「新しい職場の下見に……という建前で、本当は貴様の顔を見に来た」
「 ‼ 」
二曹が顔をこわばら、身を固くした!
「…………」
その様子に軍曹は気付いたが、今、彼が彼女にしてやれることはなかった!
「……部下の前でからかうのはご遠慮下さい。二人がリアクションに困っているではないですか」
「すぐ赤くなるその顔を見に来たのさ」
「お人が悪い。昔のまんまでいらっしゃっる」
「単刀直入に言おう加藤少尉。私はここに貴様をさらいに来た。南スーダンに自治区を創って暫定統治する。情自の主管でな。賢くて仕事の早い貴様のような人材が欲しい」
麗人を絵に描いたような女性士官はそこで、一つ咳払いをするとはっきりとした口調で言った!
「少尉。私と一緒に来い。上官と部下じゃなく、パートナーとして……私を支えてくれ」
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