弱り目にたたり目
「笠岡より入電。対象は夜勤と推定」
「mrp値0.92mrp。回線負荷、平常」
「よし。状況終了だ」
「ログを秘匿圧縮。プロシジャ手順でHQに送ります」
「自分はクローズ進めますね。いやぁ、三人体制だと楽だなー」
「社会的分業は人類を万物の霊長たらしめた叡智の一つだからな」
「その叡智が動作してなかったですもんね、うち」
「作業者とそのコンサルをする指揮者、というのも社会的分業だ」
「棒のような縦社会。限りなくブラックに近いグレー」
「休みも休憩もある。分単位で給与も支払われている。明確な指示を出しているし、上げた成果は評価しているつもりだ。ブラックは過言だろう」
「だからグレーと言ったじゃないですか」
「異動希望か? 二曹が来てくれた今、意外と簡単に希望は叶うかもしれん」
「言い過ぎました……もう少しお世話になります」
「最初からからそう言えばいいんだ」
***
「お疲れっしたー」
「お疲れ様でした。軍曹、今日は原付で?」「うん。一応予備のメットも搭載して来た」
「でも雨降りそうだし……少尉、良かったら……」
「すまん。今日は約束があってな。迎えが来るんだ」
「おっとー、女の人ですか?」
「総監部の同期だ。男だよ。飲む約束でな」
「そか。少尉明日お休みですもんね」
「明日の事は熊野中尉に申し送ってある。粗相の無いようにな」
「了解。明日はプーさんか」
「軍曹。それが粗相だ。相手は上官だぞ。自重しろ」
「分かりましたー」
「軍曹。二曹を駅まで送れ。安全運転でな」
「えっ」
「了解♬」
***
翌日!
いつも少尉が座るタワー1の席には、でっぷりと太った中年士官の姿があった!
「笠岡より転送。フォックス2のポスト」
「何かあったんでしょうか。やや愚痴っぽいですね」
「うん。ストーム24とは関係ないですよね。ログだけとっといて」
「了解」
「mrp値は? 変わりない?」
「はい。0.5mrp前後で微動」
「はぁ……なるほどなるほど。今日はもうなさそうですね」
「mrp値僅かに上がる。現在12.6mrp。グラフ細動。回線負荷への影響は軽微」
「うーん……。まあ誤差範囲でしょ。仲本二曹は彼氏とかいるの?」
「……は? いえ。生憎ですが」
「へえ。可愛いのに。最近の若者は見る目がないねぇ」
「…………」
***
「フタサン回る。mrp値3から6の範囲で波打つ。回線負荷、平常」
「笠岡沈黙。転送、ありません」
「今日はもうないね。お疲れ様。じゃ時間になったらクローズして上がって。しっかりね」
「え?」
「お先にー」
「お疲れ様でした中尉。お気をつけて」
「……いつもああなんですか? あの方」
「まー、大体あんな感じだね」
***
「笠岡より入電です軍曹。フォックス2のポスト」
「24との関連は薄い、か。二曹。笠岡の遠藤准教授に連絡。この間の飲み会がどれくらい楽しかったかを100点満点で評価して貰え。その点数のいかんによっては、次回は二次会でカラオケに行きます……とな」
「笠岡より再度入電。フォックス2のポスト。結婚についてですね」
「結婚、か……鳥カゴに似ていると言った作家がいたな。外にいる鳥は入りたがり、中の鳥は抜け出そうと徒らにもがく……」
「それ、作家じゃなくて哲学者ですよ。モンテーニュでしょ? エセ少尉」
「どう? 似てる?」
「微妙に似ててイラッとします。妙なモノマネしないでください……少尉に言いつけますよ」
「やめてくださいお願いします」
***
「状況終了だね。お疲れ様、二曹」
「お疲れ様でした」
「ご苦労さん。プーさんとの一日はどうだった?」
「なんかモヤっとしました。なんであの方が少尉より上官なんですか?」
「防大出のキャリアだからね。少尉は一般大からの編入組。そういうもんさ。あ」
「どうしました?」
「少尉からメール。『二曹を送れ』」
「…………」
(二人切りで送ってもらう→アカウントを教えてもらう→SNSを通じて仲良くなる作戦、第一段階で頓挫してる……戦術を根本から見直そうかな……。ダメダメ! 弱気は禁物よ美晴。叩けよされば開かれんとマタイの福音書でも言っていた! 苔の一念で岩をも砕いて見せる!)
「やば。二曹、雨降ってきたわ」
「えっ」
「もう駅近いからこのまま行くねー」
「えっ、えっ⁉︎」
「掴まれ二曹! マクるぞぉ〜!」
「い、いやぁぁぁぁぁ……っ!!!」
***
「おはようございます少尉。シュン」
「おはよう。どうした? 二曹。風邪か?」「昨日の帰り……軍曹に送ってもらったんですが」
「ああ。私がメールした」
「途中で雨が降って来まして……」
「……そうか。女性一人の帰り道。万一を考えての指示だったのだが、逆にあだになってしまったか。すまない」
「いえ」
「おばようごだいばず。へっくし!」
「おはよう軍曹。……昨日は大変だったみたいだな。大丈夫か?」
「ばい」
「……ちょっと雨宿りに止まればよかったんじゃないか?」
「駅ばでぢががったどでいげるとおぼっだら、スゴールびだいにぶわぁっどふっで…やむのばすぐやんだんでずが」
「にしても……」
「だにがぎにだるごどでぼ?」
「いや……なんでもない」
「どうでした? 飲み会は」
「ああ。愉しからずや、さ。…不穏な噂も聞く羽目にはなったが」
「不穏な噂?」
「未確認情報だが……ストーム24のニセ企画があるらしい」
「へえ。ニセ者が出るのは人気の証なんでしょうけど」
「ストーム25というタイトルだそうだ」
「……ノーベル短絡賞をあげたいですね」
***
「笠岡より入電。メインに出します」
「本日二つ目のPOSTか。仕事のようだから日中に動きは無さそうではあるが……」
「狐にば何度ぼ煮え湯をどばざれでぎばじだがらで」
「軍曹……鼻をかめ」
***
「少尉。一つ質問しても宜しいですか?」
「なんだ? 二曹」
「中将のあとの基地司令は……?」
「ああ、中々決まらない。特殊機密取扱いの資格を持つ将官自体、殆どいないからな。時間がかかるんだろう。大槻副司令もぼやいていたよ」
「そうですか。シュン」
「……私にうつるのも時間の問題だな」
「佐官の司令が来るんですかね?」
「大槻副司令が大佐だぞ? それでは副司令がやり辛い。終戦が見えてるのに司令をさせる為だけに将官を増やすような特進もあるまい。だから決まらないのさ」
「なるほど」
「或いは、情報隊じゃない隊の資格保持者を……」
「なんです?」
「……いや、まさかな」
「? 」
***
「そう言えば副司令が仰っていたんだが、うちに新しい端末を入れて下さるそうだ」
「新しいタワー2ですね」
「いや。これを期にタワー1も新型になる。増設とパッチでなんとかしてるが……もとの機械が古過ぎるんだ」
「で、機械はどこの、何になるんです?」
「オムニ社のエスピオネージ2300、と聞いたが」
「マジすか⁉……高級外車が10台買えるマシンですよ? 二台ともエスピの最新機に? どこからそんな予算が?」
「神辺の通信施設の余りだろう。終戦までに使い切る気だ。高性能PCなら転用が効くしな」
「うーん……」
「どうした? 嬉しくないのか? モニタも高輝度タキオンディスプレイ。キーボードもチタン=セラミック複合キーで循環型化学ベンチレーター標準装備だぞ? タッチ熱問題も解決だ」
「最新型の初期ロットは不安で。現行よく使うツールも今の環境に最適化してるんで……手放しでは。選べるなら東レのパンデモニウムM38がよかったなぁ」
「東レ? あそこは光学機器メーカーじゃなかったか?」
「ところが一種だけPC造ってるんですよ。パンデモニウムシリーズ。おととしのモデルはハッキングツールと相性がいいってその筋では評判で。キーなんて黒曜石。スゲー渋いんですよね」
「それは……使いやすいのか?」
***
「二曹、今日は君は早上がりだったな。上がっていいぞ。温かくして早く寝ろ。」
「……了解。軍曹。セカンダリは閉じます。申し送りは特にありません」
「了解。お大事に」
「軍曹も。……少尉。お先に失礼します」
「ああ、ご苦労。気を付けてな」
小さくため息をつく二曹!
だが、それに気付くものはなかった!
***
「内線1番。511。取ります。はい備管別。……分かりました。代わります。少尉。大槻大佐です」
「代わりました。……は。ええ。あ、そうですか。副司令も肩の荷が降りますね。……で、どなたに? ……え! しかし彼女は……なるほど、分かりました。……はい。ありがとうございます。失礼します」
「新しい司令、決まったんですか?」
「…………」
「少尉?」
「ああ、すまん。mrp値は幾つだ?」
「どうしたんです? mrp値の話なんてしてません。今、自分は、新しい司令が決まりましたか? って」
「ああ……すまない。そのようだ。海外協力隊の石野情報大佐が着任される」
「いつからです?」
「週明けだ。彼女は今、南スーダンのPKOを情報支援する任務に着いているが、今週一杯で任期が明けるんだ」
「へえ、南スーダン……え⁉ 今『彼女』って……」
「その通り。石野涼子情報大佐は女性。新しい司令は女性大佐だ」
「お知り合い、なんですか?」
「…………」
「昔、お付き合い、なさってた……とか?」
「……さあな。状況中だ。慎みたまえ軍曹」「了解」
***
一方その頃、二曹は!
「来週の蟹座は……『凶』。もうっ……今週十分ツイてないのに……。くしゅ!」
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