二曹は少尉と帰りたい

【『少尉と軍曹』はフィクションです。実在の人物、団体、機関、技術とは一切関係ありません】



 その男は、彼女が今まで出会った男たちとは違っていた!


 基地を覆う陰謀をたった二人であばき! 彼女のハニートラップを易々と見破り! ネズミの玩具でクーデターを未然に防いだ!

 真面目で優しく! 指揮を執る器と技術者のスキルを併せ持ち! 静かで熱い男前の独身士官! 加藤祥一郎少尉!


 仲本美晴二曹22歳B型山羊座!


 彼女は少尉に恋をしていた!


「フタヨン回ります。mrp値正常。回線負荷、問題なし」

「ご苦労、二曹。すまんな。まだトレーニングも不十分なのに君一人で」

「いえ。問題ありません。軍曹は……体調不良ですか?」

「いや。お母上が倒れてな。命には別状ないようだが」

「そうですか」

「あと一時間だ。頼むぞ」

「了解」


 軍曹の欠勤!

 普通に考えればそれは、二曹にとって少尉とお近付きになる絶好のチャンスである!

 だが、相手が生真面目な上官となると勤務中に私語をするわけにも行かず、休憩は当然同時には取れず、彼女は少尉のそばにいながら淡々と任務をこなすというもどかしい一日をすごし、この時間まで来たのである!


「マルヒト経過。全て異常なし」

「状況終了」

「ログは甲種で本部と笠岡へ送信。クローズチェックも……もう終わります。少尉、退勤を切られましたか?」

「私は責任者だ。最後に退勤、退室する。先に切れ。二曹。今日は足はあるのか?」

「少し寝坊しまして車で……あ! ……来ました」

「何故悔しそうなんだ?」


 賢明な読者諸君ならお気付きだろう!

 二曹の狙いは退勤時、帰りがけに少尉個人の連絡先を聞くことだった!

 お互いの携帯電話の番号は、部署内名簿の共有で分かっている!

 二曹が知りたいのは、もっと気楽なコミュニケーションの足掛かり!

 そう! 少尉のSNSのアカウントだった!



「お先に失礼します!」

「……なんだ? 慌てて」


***


「どうした二曹。故障か?」

「あ、少尉。それが……バッテリーが上がっちゃったみたいで……」

「どれ。見せて見ろ」

「えっ⁉ はい……」

「接点が緩んでる。ちょっと待ってくれ。私の車に応急用のツールを積んであったはずだ」

「……はい」

「これで……」

【ドルルン!】

「……そら。直ったぞ」

「くっ……有難うございます」

「何故悔しそうなんだ?」


***




> お題を決めて24時に創作作品を投下する遊び >『ストーム24』

>30回目の今夜のお題は

>にきーたさん(@nikita61921) 提供

>

>『くせ

>

>参加表明不要の自由参加です。

> #stom24 のタグをつけて下さい。

>お題そのものは入ってなくてもOKです。



「軍曹、回線の様子は?」

「各エリアで上下動しながら全体としては上がっています。現在エリア平均で784.3バイツゼカ・パーライン。mrp値、3100を超えて緩やかに上がる」

「笠岡より入電。最終予測です。参加アカウント数27000。最大回線負荷6.7トンバイツゼカ」

「笠岡のダイダロスとのバッファ領域の同期……分かる?」

「はい。読込み中です」

「あれ?」

「どうした軍曹」

「オート暗転にフィードバックエラー。作動しません」

「今夜は雨だからな……手動に切り替えろ」

「了解」

「バッファリージョン、コンタクト。いつでも行けます」

「よし。バイパス各ラインの接続プライオリティを再確認。慌てる必要はない。訓練どおりでいい」

「少尉」

「なんだ、二曹」

「セカンダリモニターに断続ノイズ。『グレムリンのしゃっくり』と推定。『のど飴』を実行します」

「許可する」

「自動採値で実行……状態回復。フォロースルー残時間を計算中。……予測11分。軍曹、その間、笠岡通研関連業務もお願いします」

「了解♬」

「いいぞ、二曹。その調子だ。君一人の部署じゃない。楽に行こう」

「了解」


***


「10分前です」

「暗転用意。軍曹、今日は手動だ。間違うなよ」

「大丈夫です。そういうの、『軍曹に暗転を説く』って言うんですよ」

「そのまんまじゃないか」


***


「5分前。オールコンディション、ノーマル」

「確認した」

「暗転します」

「両名とも現状で待機。管区の割り当てを間違うな。自分の担当回線に集中するんだ」

「了解」

「了解」



>大変長らくお待たせ致しました。

>間もなくstorm24の開演です。

>今夜のテーマは「癖」。

>今宵も、今日と明日のはざまに煌めく創造の競演を、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。


「Tマイナス10秒……5、4、3、2、1、ゼロ」


 けたたましく鳴り響く警報音!

 モニターを埋め尽くす赤警告表示!

 怒涛のように渦巻くデータの暴力!

 光ファイバーは悲鳴を上げ、サーバールームは赤熱し、情報の脈流は荒れ狂う多頭の大蛇と化して回線を四散五裂させようとする!

 備品管理部別室の三名の隊員はその膨大なデジタルの奔流を逃し、いなし、なだめ、時に遠回りさせ時にショートカットさせ、圧力を均一に分散させて通信インフラストラクチャーが決定的打撃を受ける事態を防ぎ切った!



***


「状況終了。デフコン解除。ご苦労だった。二人とも。二曹もよくやった。たかだか二度目とは思えん」

「有難うございます!」

「クローズチェックも……あと自分らの退勤だけです」

「先に上がっていいぞ二人とも。私は施設課にオート暗転のメンテ依頼を上げてから上がる」

「配電盤の雨漏りですよ。先月もメンテ依頼上げられてましたよね? 施設課、最近対応遅いっすよね」

神辺かんなべの衛星通信所の計画が中止になったろう。その後始末でバタバタしてるのかもしれないな」

「その分予算は余るんだから人を使えばいいのに」

「どこもかしこも人員削減のコンパクト運営だからな。減らすのは簡単だが、増やそうと思ったら一からトレーニングだから一朝一夕には行かない。マクロな力学が一度人員削減に働けば、実働人員は減る一方さ」

「ちょっとガムテで応急して、ヒューズ周り吹いて来ます。二曹もおいで。場所教えとくから」

「はい」


***


「すまなかった軍曹。濡れなかったか?」

「いえ。作業中、二曹が傘を保持してくれたので」

「二曹は……駅まで送ろうか?」

「……宜しいですか?」

「あ、自分もお願いします。今日実家から直だったんで。新幹線口からタクシーで来たんです」


「チッ」


「……今、誰か舌打ちしなかったか?」

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