そして、来たりしもの

 翌日!


「笠岡より入電。フォックス2ポスト。ストーム24との関連性、極めて小」

「今日も狐の坊やは平常運行、か」

「今日くらい……お休みになって良かったんじゃないですか? 少尉」

「君こそ。特別休暇を何故断った?」

「一人でいてもモヤモヤするだけだし。ここでこうしてる方が楽です。……二曹もいないし。少尉だけじゃ大変でしょ?」

「仲本情報少佐か……」

「少尉より三階級も上官だったんですね、彼女」

「いや、四階級だな。情報佐官は一階級、上の扱いだ」

「しかもJCIA……文民どころかカリカリの武闘派組織。よかったですね。怪しいからって腕づくでどうこうしようとしないで」

「最初から高木と、狐の嫁入りを追っていたんだ……ていよく利用されたな」

「そんな子には見えなかったけどな〜。女って怖い」

「女の子に勝手な期待をするな。この子になら騙されてもいい、と思える相手とだけ付き合うことだ」

「少尉……今までどんな子と付き合ったんです?」

「防衛機密だ」

「外線2番。地方総監部。取ります。……こちら備管別。……代わります。少尉。備品管理本部の荒井中尉です」


「加藤だ。久しぶりだな……いや。相変わらずさ。……ああ。……何⁉ ……間違いないんだな? ……それで? ……そうか。……ああ。ありがとう。……いずれまたな」

「なんです?」

「高木が……殺された」

「なんですって⁉」

「護送中に護送車ごと空爆されたらしい」

「く……空爆? 国内で、ですか?」

「当然だ。使われたのは熱圧力爆弾。奴も同乗していた刑務官も車もろとも黒焦げのぺしゃんこ……遺体としての回収すら困難だそうだ」

「消されたのか……派手な最期、ですね」「刑務官が気の毒だ」

「少尉、例の『九尾』についての調査結果ですが」

「何か分かったか?」

「中将以外の七名全員……既に死亡しています」

「……いつ?」

「死因も時期もバラバラ。組織的に抹殺されたわけではないようです」

「中将が……最後の一人」

「中将自身も……独立なんて実行する気はなかったのでは?」

「どうかな。それを確かめることはできない。もう、永遠に」

「少尉のせいでは……ないですよ」

「……日本文化の復興、か」

「そもさん!」

「なんだいきなり」

「日本文化の復興です。そもさん!」

「……せっぱ」

「九尾なのに八人とはこれ如何に?」

「八本でもキュウリと言うが如し」

「お見事! しかも、はっやい!」

「軍曹……仕事しろ」


***



「mrp値0.6から0.8で細動。回線負荷、通常レベルで推移」

「フタヨンまであと1時間……小休止するか」

「了解。コーヒー入れます」

「頼む」

「結局さよならも言えなかったですね」

「うん?」

「二曹ですよ。ばたばたいなくなっちゃって」

「そうだな……ん? 新しい豆か?」

「分かりました? どこだと思います?」

「アラビカ種だな。グアテマラ?」

「ハズレ。日本の小笠原産です」

「ほう。面白い香りだ。苦味が少し強く感じるが」

「お疲れなんですよ少尉。砂糖足します?」

「いや……このままでいい」


「失礼します」


 少尉と軍曹、二人は同時にコーヒーを吹いた!

「「ぶっ! にっ……二曹⁉」」


「げほっ……いや、仲本情報少佐。どういった御用件で?」

「あ、私JCIA辞めたんで。もう少佐じゃないんです」

「辞めた?」

「辞令、来てませんか? 改めて明日付でこちらにお世話になることになりました! 仲本美晴二曹です! 今夜はご挨拶に伺いました! 今後宜しくお願いします!」


「少尉、どういうことですか?」

「知らん。私も聞いていない。何が何やら……」

【ポーン!】

「あ、人事からメール……室長親展ですね」

「えー、仲本美晴二曹。5月1日付を以て備品管理部別室勤務を命ずる」

「拝命します!」

「なんで辞令より早く本人が来てるんだ?」「自分に訊かないで下さい」


「タワー2は代替機まだですもんね。少尉、お隣のセカンダリ、使わせて頂いても?」

「それは構わんが……明日からだろう。君の着任は」

「そうなんですけど……私、もう嬉しくなっちゃって。新しい職場の見学許可を願います。少尉」

「……許可する」

「ありがとうございます! 頑張ります!」


「仲本二曹」

「はい♪ 少尉」

「まさかとは思うが……今回の件のドサクサにまぎれて、隊の人事システムに何かしたんじゃあるまいな?」

「ざっ……してません」

「『ざっ』……ってなんだ?」

「少尉は私がお嫌いなんですか?」

「話題をすり替えるな」

「……ここで働かせて下さい! ここで働きたいんです!」

「個人経営の宿屋じゃないぞ」

「働かせてあげましょうよ少尉。辞令もあるんだし。いてもらうしかないですよ」

「君と言う男は……」

「いいでしょ? 少尉。面倒は自分が見ますから」

「お願いします。もう騙したりしませんから」

「そうそう騙されてたまるか!……だが、まあ、話は分かった。辞令は辞令だ。ようこそ二曹。備品管理部別室へ」

「やりぃ! 改めて宜しくね、二曹」

「こちらこそ宜しくお願いします。軍曹」

「全く……困ったもんだ」

「景気付けに歓迎会しましょ少尉! 少尉のおごりで」

「私は減俸中だ。すまないが、おごるゆとりは無い」

「減俸? なんか悪さがバレたんですか?」

「ニセマウスで高木を驚かせた。軍曹がニセマウスを使った時、以降、似たような悪ふざけをした場合は立場の如何を問わず減俸3ヶ月とすると言ったのは私だ。反故にはできん」

「生真面目過ぎるでしょ」

「ルールはルールだ」

「じゃあこうしましょう。減俸分は備管別の親睦費とし、業務円滑化に活用するものとする」

「……ものは言いようか。良かろう。但しマルヒトが明けてからだぞ。軍曹、店を確保できるか?」

「28軒ヒット。料理とお酒の種類別に纏めます」

「二曹。笠岡の遠藤准教授に連絡を。事情説明して参加の可否を尋ねるんだ」

「了解!」

「これから……賑やかになりそうだな」



***



 贅を尽くした執務室だった!


 ジョージアン様式の広い間取り! ペルシア織の絨毯! マホガニーのテーブル! 全てが一流で、高価で、長い時間の経過と欠かさぬメンテナンスだけが生み出す重ねた歴史の風格を纏っていた!


「そうか……福島が死んだか」


 サビルロウの仕立てスーツを見事に着こなす老人は、皺だらけの手で受話器を持ち、誰かと電話していた!


「いや。通常国会が終わったら参らせてもらう。……福島のファイルでも八人だけ、だったんだな? 『九尾』は八人だった。その八人も全員死んだ。……それでいい。……ああ、すまん。頼む」


 男は電話を切ると溜息をついて席を立った。窓から夜景を眺めながら、彼は小さく独りごちた!


「また……生き残ってしまったか」


 控え目なノックの音。彼の秘書が、彼を呼びに来たのだ。


「そろそろお時間です。ご準備をお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る