残る桜も散る桜

 深夜、人気ひとけも絶えた情報自衛隊福山基地!

 備品管理部別室の室長、加藤少尉は事件の黒幕と対峙たいじしていた!

 その男、福島悟郎中将は、手に黒いアタッシュケースを持ち、穏やかな表情で佇んでいた。


「どうぞ。お掛け下さい。お手荷物お預かりします。お茶の用意もできておりますが」

「いや。いい。私がこうしてここに来ることもお見通しか。君には敵わんな加藤少尉」

「恐れ入ります」

「人払いを」

「承服いたしかねます。彼らは既に当事者です。我々三人は一心同体。彼らを払うなら、私も等しくここを去ります」

「……よかろう。考えは、変わらんか? 少尉」

「考え?」

「敗北を受け入れる、というあの時の返事だ」

「…………」

「私には、無理だ。あの講和の……いや、敗戦協定の内容。あれを呑めば、我々の愛する我が国本来の伝統的な文化は、この世から消えてしまう」

「だから、講和を……終戦自体を反故にする、と?」

「君にも分かる筈だ。君の好きな、短歌を始めとする我が国の文化は素晴らしい。それがないがしろにされ歴史の闇に消えてゆく……このままではこの国は、日本と言う看板だけの……別の国になってしまう!」

「……中将」

「誰かが! 多少強引な手段を用いても、それら失われゆくこの国の歴史を、魂を護らなければ! その為ならば、私はこの手を血に染めることもいとわん。クーデター犯の汚名も敢えて着よう。大和国では、正しい日本の歴史を教え、文化としての和文和歌和楽……武道や礼節を復興振興する。大和民族が大和民族として誇りを持てる国を、創るんだ! 我々の手で!」

「…………」

「君には……『こちら側』に来てもらいたい」


「……!」

 軍曹は息を飲んだ!

「そんな……!」

 二曹は信じられないといった表情で呟いた!


「志村軍曹と仲本二曹も……君のスタッフとして厚く迎えよう。新しい国に人材は必要だ。大和の歴史に、必ずや君達の名も刻まれる。敗戦政権の少尉風情にどんな未来がある? 少尉。こんなチャンスは二度とない。男なら……可能性に賭けてみてもよいのじゃないかね?」


 少尉は目を閉じると、静かに深く呼吸をした。


 軍曹と二曹は、固唾を飲んで少尉の答えを待った。


「お断り、致します」

「何故だ⁉︎ 君はこの国を愛していないのか⁉」

「私はこの国が好きです。最先端のテクノロジーと最古の文化風習が同居する……この国が」

「だったら……!」

「大和国なる回顧主義国家を我が国の国民が望みましたか?」

「それは……」

「詩歌や雅楽、文学や絵画だけが、文化ではありません。古来より、半島、大陸、中近東に西欧……外来の文化を柔軟に受け入れ、変容し続けて来た。その柔軟さや寛容さもまた、我が国の尊い『文化』です」

「…………」

「中将のおっしゃる大和国には……その寛容さの匂いがない。そんな国に進んで住みたいと思う国民が果たして何人いるでしょう?」「少尉……だが……! このままでは‼︎」

「我が国の伝統文化は滅びません」

「しかしV.I.P.sどもの天下に……!」

「この国の伝統文化が滅びるのは……最後の短歌詠みが歌を詠まなくなった時です。最後の雅楽家が笛を置いた時です。最後の日本画家が筆を折り、最後の能楽家が舞うのをやめた時です。例え一人でも、生きる喜びや悲しみ、移ろいゆく花鳥風月を伝統の芸能に写しとろうとする者がいる限り……我が国の伝統文化は、その心は、生き続けます! お考え直し下さい! 福島中将。敗戦後の混迷のこの国にこそ、中将のような方は必要です」

「私を……説得するつもりか?」

「それを望まれたのは中将ご自身です。手の込んだ……あんなメッセージをここに送り付けて」


「狐の嫁入りに気をつけろ……あれを、中将が?」

 軍曹の疑問に少尉が答える!

「D.ロートス。マメガキの伝承。私の母が出身であることをご存知だったのですか?」

「なんだと? それは初耳だ……ふははは、それではバレバレだな。ツキにまで見放されたか。慣れないことはするものじゃない」

「中将。教えて頂けますか? 『ナイン・テイルズ』とは……?」

「大戦の亡霊、だ」


 福島中将は溜息をつくと、少尉らに背を向けた。


「太平洋戦争末期……敗戦が濃厚となり、旧大本営は一つの特殊部隊を組織した。特務班『九尾』だ」

「特務班、『九尾』……」

「彼らの任務は押し寄せる欧米文化、西洋的価値観に消えゆく『我が国らしさ』を護ること」


「文化の……防衛」

「カルチャー・ディフェンスフォース……」

 少尉の漏らした呟きに、軍曹の呟きが続いた。


「私はその『九尾』の生き残りの一人だ。大和国の新興立国は『九尾』最後の作戦となる筈だった。だがもう……終わりにしよう。これも、もう必要ない」

「このアタッシュケースは……まさか⁉」

「意外に小さい普通のケースだろう。これが暗殺兵器『マウス22C』のセットパッケージだ」


 再び三人に振り向いた中将はどこか晴れやかな表情だった。


「時代は変わる……変わるのもこの国、か……。私はどこかで、道を誤ったようだ。少尉。ナイン・テイルズの残りのメンバーだが……」

【パァンッッ‼】

「ぐぬっ⁉」


 響き渡る銃声! 短い中将の呻き!

 燦然と輝く略称勲章が並ぶその制服の胸に真っ赤な血の花が咲く!


 ぐらり、と倒れる中将! 

「中将‼」

 駆け寄ってその上体を支える少尉!

 支えた少尉のその手が温かい血で濡れた!


「年寄りの繰り言はその辺にして頂こう。福島中将」


 入り口ドアから突き出す銃を持った腕!

 その主人がゆっくりと一同の前に姿を現わす!


「高木……‼ 貴様ッ‼」

「久しいな、加藤少尉」

「二曹! 救急車だ‼︎」

「はい!」

【パァンッ‼】

 二発目の銃弾は二曹が駆け寄った電話機を粉々に砕いた!

「きゃぁっ! 電話が……!」

「全員動くな! これは、私が貰っていく」

「ぐは……乱心したか……少佐。プロジェクト・サンシャワーは……中止だ」

「残念だがそれは違う中将。これからが本当の狐の嫁入り。我々には陽光が照り、狐どもには血の雨が降る。戦後は……奴らの血で薔薇色に染まる」

「なん……だと……?」

「鈍いな、中将。伝統文化愛好家で四国に建国? そんな夢物語を本気で信じていたのか? 講和当日、ノキグチ同盟は壊滅する。講和を良しとしない一部の狂信者の暴走によって!」

「狂……信者……」

「だがその不幸を乗り越えて講和は成る。我が国政府の主導で我が国有利にな」


 少尉は怒りの眼差しを高木少佐に叩きつける!

「貴様それが……マウスが未完成だと分かっているのか?」

「上官への態度がなってないな少尉。アイコン認識精度の低さのことだろう? 同盟以外の犠牲者には気の毒だが、新しい時代の礎となる尊い流血だ。戦後、年度末調整予算で慰霊碑でも建てるさ」


「……狂ってる!」

「許せない……!」

 軍曹と二曹も、怒りに燃えた!


「さて中将。マウスの起動コードを教えて頂こう。急所は外したはずだ」

「売国奴が……誰が、貴様なんぞ、に……」

「なるほど。コードは教えない、か。備管別の面々には悲しいニュースだな。さあ……誰が最初にこの世を去るかな? ……可愛い仲本二曹か。……生意気な志村軍曹か。……恨み骨髄の加藤少尉か……」

「ごほっ、卑劣な……」

「時間が惜しいのでね。早く言え。さもなくば……」


「ふふっ……はははははっ……!」

 唐突に高らかな笑い声を上げたのは少尉だった! 彼は福島中将をそっと横たえると、血まみれの姿で、拳を握って立ち上がった!


「……少尉?」

 軍曹は驚いて少尉を見た!


「何がおかしい!」

「空ケースにコード入力して何を制御するおつもりですか? 高木少佐」

「……なんだと?」

「中将は一芝居打ったんだ。貴様をおびき出す為にな!」

「なにを言って……」

「合金製のマウスが12台も入っていてケースがそんなに軽いわけがない。おかしいと思ったんだ」

「……馬鹿な!」

「中将は最初からお前を疑っていた。マウスは今、稼働中だ。裏切り者を追跡して。ケースの中身を確認した方がいいんじゃないか?」

「デタラメだ! そ…その手に乗るか! 貴様の話はハッタリだ! そうだな、中将!」


 中将は答えない!

 ただ、鼻をふん、と鳴らして笑ったようだった!


「なんとか言えっ‼ 老いぼれがァッ‼︎」


 その一瞬の隙を突き、少尉はポケットから取り出した何かを高木に投げつけながら大声で叫んだ‼︎


「そら少佐、お捜しのマウスだ! 受け取れっっ‼」


(あれは……‼) (自分が作ったニセマウス‼)

 二曹と軍曹にはそれがなんであるかすぐに解った! だが勿論、高木がそうであるはずがなかった!


「うわっ……ひぃぃぃっ!」

「今だ軍曹!」

「了解!」

【チャキッ! バンッ‼】

 軍曹のシグ・ザウエルP226-SCTの9×19mmパラベラム弾は正確に高木の銃を持った右掌を貫いた!


 ぎゃあ、と悲鳴を上げた高木の手からその拳銃は弾け飛んだ!


「銃っ!……右手がぁぁっ!」

「ジャスティス・ショット! ボーナス5千点!」

「おのれ一度ならず二度までも! お前達……憶えていろ!」

「いかん! 逃げるぞ!」


「逃がしません!」

 いつの間に回り込んだものか、その行く手に二曹が立ち塞がる! だが、その体格の差は明らかで、少尉と軍曹の二人には、それはあまりにも無謀な勇気に見えた!


「二曹、危ない! そこどいて!」

「どけ小娘! どかないなら痛い目に……」

 言いかけた高木の視界から二曹が消えた!

 

「ぅオリャァッ‼︎」

 気合い一閃、二曹の鮮やかな投げ技が高木を捉える‼︎

【ズシ…ン!】

「ぐげ……!」


「一本……背負い?」

「いや。あれは大腰だ。一本背負いより、崩しから投げまでのモーションが小さくて実戦向き。受け身を取れないように投げたな二曹。下手をすれば障害が残るぞ」


「JCIA、仲本情報少佐よ! 高木少佐! 諸々の罪で逮捕します‼」


「JCIA?」

「情報少佐?」

 少尉と軍曹は仲本二曹のその宣言に目をしばたたかせて顔を見合わせてた。


「内調の分析官というのも、欺瞞情報か」

「すみません。……黙っていて」

「詳しい話は後だ。二曹、救急車を。軍曹、こいつをダクトテープでぐるぐる巻きにしろ」

「うちには紙ガムしかないですね」

「どっちでもいい! 両手両足の親指同志を結束バンドで括っておけ。壊死しない程度に、ギリギリまでキツくな!」

「了解!」



「司令! 福島中将! しっかりして下さい! すぐに救急車が来ます! 中将!」

「すまなかった……少尉。つまらん……事に巻き、こんだな……」

「そんな……」

「終戦、戦後の光の中でも……陽の当たらない者達が……雨に打たれるもの達がいる……大和国はそんな者達の受け皿になる筈だった……」

「狐の、嫁入り……」

「無益な殺戮を……正当化する為のものでは、断じて! ゴホッ!」

「中将……話されては傷に障ります!」

「昨年亡くした……妻。夫らしいことは何もしてやれなかった……あれは短歌が好きだった。出会ったのも歌会だ。みやび、だろう……?」

「……救急車はまだか⁉」

「軍曹。私のシュガーアントは……手強かったか?」

「既存のワクチンも防壁も全く受け付けない……相当イジリましたね中将。ぐすっ」

「モニターしていた。全く新しい防壁をベタ打ちで作成しながらワクチンをカスタムしてアントに対抗する……とても人間技とは思えない。見事、だった。軍曹」

「日頃の訓練の成果が活かされております!」

「チョコソースは……」

「システムに分散潜伏するだけでなく、システム自体の記述に擬態していて……くっ、探すのは、骨が折れました」

「システムのリスト自体を暗記しているとはな……『オレンジファーマー』は健在、か……」

「恐れ入ります!」

「……君達との追いかけっこは、うっ……楽しかった……」

「中将……」

「立場も、終戦も、狐の嫁入りも……全てを、忘れ、て……しばし、昔に……戻れた。……ありがとう」

「中将! お気を確かに‼」

「風、誘う……花よりもなお、我はまた……春の名残りをいかに……とや、せん。……佳代。今……行くよ……」


「中将……? 福島中将! 中将! 中将! ……中将ーっっっ‼」

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