シュガーアントとチョコソース

「奪取された暗殺兵器……マウス強奪事件も、繋がっていた! プロジェクト・サンシャワーに……狐の嫁入りに!」

 そう納得したのは二曹だった!


「これ……蜂起部隊のリスト……蔵王の第七分隊、城東の第十一師団、春日の第八師団? ……機甲部隊まで!」

 軍曹はその計画の規模の大きさと仔細さに驚愕した!


「最終段階では……四国を占有、『大和国』として古き良き日本取り戻す独立国家に……馬鹿な‼ 正気の沙汰じゃない!」

 少尉はその無道な暴虐に憤った!


「陣頭指揮、事後采配はナイン・テイルズによる……」

「ナイン・テイルズ……!」

「二曹、知っているのか?」

「内調がマークしてる隊内セクトです。急進的国粋主義の極右思想が特徴の……」

「ナイン・テイルズ……」


【ピーーーッッッ!!!】

 突如鳴り響くヒステリックな警報音!

「あ!」

「どうした。なんの警告だ?」

「トラップだ!」


 たちまちメインモニターが真っ赤な警告表示で埋め尽くされる!


「やばい! これやばい! ちょっと色々構ってらんないな……! 少尉! 自分本気出していっすか⁉ 拘束具、外しますよ!」

「拘束具?」

「大袈裟な。リストウェイトは外せ。我のシステムを死守せよ。侵入痕跡の消去は私が引き継ぐ」

「少尉が⁉︎ いえあたしがやります! まだ90万台近くあって……」

「少尉をなめちゃだめだよ。例の端末使うんでしょ? 『オレンジマジック』」

「見たのか……あれはそんな名じゃない。本当の名称は『デコポンⅡ』だ」

「オレンジにデコポン……お二人ともなんの話をなさって?」

「今から17年前。アメリカ国防省が大規模クラックを受けた事件は?」

「フェイルデリバリー事件?」

「犯人はペンタゴンのあらゆる部署に侵入し、あらゆる種類のピザを出前注文しまくった。被害総額は199万ドルに及んだ。署員が気が付いた時には、全く痕跡も残っていなかった。ただ、侵入されていた端末に一瞬、果物の……オレンジのアイコンが写ったという目撃証言を除いて。これが世に言う『フェイルデリバリー事件』。犯人の使ったマルウェアは、アイコンから『オレンジマジック』と呼ばれた。八ヶ月後、インド人学生が犯人として捕まったが不起訴に終わった」

「……彼には悪いことをした。私も兄もあんなに上手く行くとは思わなかったんだ。当時は子供だったしな」

「その端末は?」

「高木少佐の時に……部内端末があてに出来ない可能性があってな。念の為、色々使えるツールを入れた独自端末を用意してたんだ。」

「伝説のクラック犯『オレンジファーマー』が少尉だったとは……水臭いなぁ。言ってくれればもっと尊敬しましたのに」

「私一人の力ではない。それに足跡が消し放題だと知ったら君が何をするか分からん。使いたくなかった」

「人の事言えないですね、少尉。結構ワルじゃないですか」

「ずっと公務員だったわけじゃない」

「子供の頃は悪さもしてきた?」

「……お喋りはここまでだ。二曹、軍曹のサポートに回れ」

「了解」

「行くぞ軍曹。二曹。電子戦用意。総力戦だ。備品管理部別室の力、今ぞ見せる時!」

「二曹〜、お願いしていいかな? 一瞬左手打ちにするから、その間に右袖捲って、リストウェイト外してくれる?」

「それと二曹、タワー2のキーボードを抜いて持参。タワー1そばで待機だ」

「え⁉ キーボード、ですか?」

「二曹〜。はーやーくー」

「あ、はい! 了解しました!」

「いい? 行くよ。せーのっ」

「……しょっと。きゃっ! 重い! 軍曹……今までこんな重いのつけてキー打ちなさってたんですか?」

「二曹〜。ひーだーりーもー」

「りょ、了解。……よいしょ!」

「おおっ軽い軽い。シムラ! 行きまぁーす!」

【ジャラァァァァァ……!】

 そう宣言した軍曹のキーボードが流れる水流のような音を立てる!

 それは強く、激しく、彼の迸る情熱そのもののようだった!

 スクリーンの赤警告が小さなものから順番にグリーンに変わって消えてゆく!


「この……滝みたいな音。これがキータッチの音なの? あれ……なんか、キナ臭くやいですか?」

「二曹〜。カウント・ゼロでキー打ち止めるからなるべく早くキーボード、交換してくれる?」

「キーボードの、交換? あの、一体……?」

「行くよ〜。5、4、3、2、1…ゼロ!」

【ジャッ!】

「え! はい! キーボード交換良し。熱っっ‼」


 軍曹が使っていたタワー1のキーボードは二曹が取り落としそうになるほどに熱かった!


「これ……キーの摩擦で?」

「二曹。救急箱に冷却スプレーが入ってる。救急箱はキャビネットの上の開き戸だ。そのキーボードを冷却し次の交換に備えよ。5分目安で適宜交換。軍曹と呼吸を合わせてな」

「了解!」

「軍曹どうだ? 行けそうか?」

「……五分五分かなぁ。二曹のサポート次第っす」

「頑張ります!」


 メインスクリーンには軍曹と攻撃ワームの戦いが、サブスクリーンAには少尉の不正アクセス痕跡の消去の様子が映し出されていた!


「日本地図が……オレンジのアイコンで埋まって行く!」

 驚く二曹に、すかさず軍曹が説明する!

「CIAもFBIもNSAもMIBも……合衆国の威信を背負った機関が総出で調査して全くアクセス履歴を見出せなかった伝説の痕跡消去ソフト『オレンジマジック』。疾きこと風の如く、静かなること林の如く」

「……『デコポン』だと言ってるだろ。デコポンは……タスク終了後にその場で自壊作用が働き無意味なリスト片となってクラック対象のHDに沈着する。そのアクテビティの痕跡ごとな」


 二曹は、少尉のデスクが異様に静かなことに違和感を覚えた! サブスクリーンAでは何十万台というスレーブPCの、不正アクセスの履歴だけが、高速で消去されて行く!

 少尉の手元でも、かなりの高速でキーが叩かれているのを、二曹は認めた!


(少尉のキータッチも軍曹に負けずに速い! だけどとても静かだわ。怖い位に……)


「『デコポンⅡ』はアーキテクチャから設計し直した新世代のデコポン。親デコポンが消去対象の痕跡を自律判別し、子デコポンのチームを編成。痕跡消去が終わると親も子も一斉にアポトーシスして消滅する。……控えめに咲いてあっと言う間に散る、デコポンの花のように」

「マップのオレンジが……全部消えた!」「二曹。デコポンだ」

「少尉〜。そっち終わったなら助けて下さい〜」

「カウンターのタイプは?」

「チョコソースです〜。チョコ拭うのを手伝って下さい〜。シュガーアントは……よっと! 自分が相手をするんで!」

「ビッグボブのチョコソースか……了解だ。割り込むぞ」

「カウントどうぞ!」

「3、2、1、イントルード!」


「チョコソース?」

「勉強不足だぞ。二曹」

「無理ないですよ……東西冷戦中の技術。今じゃ教本にも載ってないですから。おりゃっと」

「『ビッグボブのチョコソース』。1980年代。ネットワークの黎明期。CIAの情報官ボブ・マッコイが考案したカウンタークラックの手法だ」

「巨漢の彼はビッグボブと呼ばれてた。クラッカーが特定のファイルを開くとクラッカーの端末にタグが付く。摘み食い犯の口元に付くチョコみたいにね。タグは端末自体のシステムに分散してクラッカー側から探知するのは困難。けど奴らは嗅ぎつける。超功性ワーム『シュガーアント』。多分今回はファイル開けてる時間がトリガーだな」

「一旦アントが放たれたら、対応策は一つだ。システムに深く埋め込まれたタグを識別分離し、消去するか論理接続を絶って隔離する」

「超攻性ワームの猛攻撃と戦いながら、ね。……あ、二曹。キーボード、煙出てる!」

「え⁉やだ! ……すぐ替えます!」

「どうした軍曹。押されてるんじゃないか?」

「プラのキーじゃ熱でやらかくなって打ち辛いんですよ。少尉こそ、キーの音がいつもより大きいですよ。無理してるんじゃないですか?」

「私に構うよりアリ退治に専念しろ。今の我々にはこの国の命運がかかっているんだぞ」

「了解。人遣い荒いんだから全く……あ〜……駄目だ〜! 少尉すいません。タワー2……いいですか?」

「やむを得ん。それで間に合わなければツケはセカンダリに回せ」

「二曹ごめん。扉の脇にある消化器持って来てタワー2に向けといて。火、消えたら逆さにすんだよ。消化器。じゃないと空になるまで消化剤止まんないから」

「え⁉ 火ですか? 物理的な? 例えじゃなくて?」

【バシュッシュッ!】

 二曹が訊き返した瞬間、タワー2の本体が火花を散らして燃え上がった!

「きゃあっ! タワー2発火! しょ……初期消火っ‼」

【バスゥゥゥッ!】

「はぁっ、はぁっ……初期消火成功。火災鎮火、タワー2……完全に沈黙!」

「上出来だ、二曹」

「まだですか〜少尉〜」

「15秒待て……よしマーカータグ隔離! 論理断線! ソースは全部そっちで使え軍曹!」

「待ってました! アリクイ、使います‼」

「許可する。ぶちかませ」

「アントイーター解凍! 攻撃範囲、攻撃強度、ともに最大に設定!」

「攻撃開始!」

「『アントイーター』フルドライブッッ‼ 」


 画面を埋め尽くしつつあった赤警告が、瞬く間に粉々に砕け散って消えた‼︎



【キュキュ…キュー…ンンン】


「ふぃー……キツかったぁ」

「乗り切った……の?」

「……よく頑張ってくれた。二人とも」

「流石にちょっとくたびれたなぁ」

「凄い……お二人とも凄いです! 私…私、感動しましたっ!」

「いや二曹だって大したもんだ。中々肝が座ってるじゃん」

「全くだ。二曹がいなかったら凌ぎ切れなかった。それは事実だ。ありがとう。軍曹、ファイルは抜き出せたか?」

「あ! 忘れて……るわけないでしょ? ばっちりです。紙ベースでも印刷しときますね。中将には紙で直接持って行かれますよね?」

「……そうだな。もう少し詳しく調べてからだ。とにかく一服いれよう。どちらでも構わないんだがコーヒーを入れてくれないか?」

「二曹、頼んでもいい? 次回は自分が入れるから」

「はい! えーと、グッズはどちらに?」

「あ、そっか。じゃ、今回はやるわ。また次の機会にお願い。二曹はアリアリで?」

「すみません、お願いします」

「少尉はいつも通りで?」

「砂糖を一個足してくれ」

「甘めにですね、了解です」

「三人分を入れてお湯はあまるか?」

「いえ、空になりますね」

「足して沸かしておいてくれ」

「おかわりですか? トイレ近くなりますよ」

「……煎茶の葉は?」

「まだあります。誰か来客が?」

「……分からん」

「……?」

「軍曹、燃えちゃったタワー2……運び出しませんか? 樹脂の焼けた臭いでコーヒーが美味しくありません」

「確かに。手伝うよ。……せーのっ!」

「よいしょっ、と」

「システムを通常に戻したら、交代で食事にしよう。二曹。先に行っていいぞ」

「そんな……一番仕事してない私が、先には行けません!」

「レディファーストだ。先に行きたまえ。二曹。これは、め、い、れ、い、だ」

「軍曹……それは誰のモノマネだ?」

「自分のオリジナルであります!サー!」


***


「戻りました。次、少尉どうぞ」

「軍曹、先にいいぞ。腕を休めてこい」

「はい。じゃあ遠慮なく。なんか買って来ます?」

「いやいい。逆に余計なものを買って来るな」

「了解」

「少尉……タワー2はあの有様なのでお隣のセカンダリを使って宜しいですか?」

「ああ。頼む」


***


「少尉、あの……」

「どうした? 二曹」

「少尉には彼女とかいらっしゃるんですか?」

「またそれか……君はもう少し備管別の二曹の任務に集中した方がいいな」

「集中する為に必要な質問です」

「……いない。これで集中できるか?」

「逆に集中し辛くなりました」

「……上官をからかうな」

「少尉も短歌、詠まれるんですか?」

「たまにな」

「Twitterで?」

「ああ」

「良かったらアカウントを教えて頂けませんか?」

「この件が終わるまでは、人にアイコンを知られたくないな」

「そ…そうですよね。すみません。(私のバカ!)」

「でも、この件が終わったら……私。この基地を去ります」

「元々内調の分析官だものな。次の潜入先へ別の肩書で、か。仲本ってのは本名?」

「はい。私の名前……仲本美晴は本名です。忘れないで下さいね。私の事……」

「一度仲間と認めた相手を忘れたりはせん」

「少尉、あの……」

「どうした? ニ曹」

「私……私……その、」

「只今戻りました〜。あー美味しかった。少尉。お待たせしました。ご飯休憩どうぞ」

「ああ。行かせて貰おう。二曹。何か言いかけていたようだが?」

「……なんでもありません」

「 ? ……そうか。留守を頼む」


「なんかあったの? 浮かない顔して」

「……なんにもなかったんです」


***


「変わりはないか?」

「あ、お帰りなさい。特になにも」

「二曹? どうした? 顔色が冴えないようだが?」

「デリカシーないなぁ。少尉。女の子には色々あるんですよ」

「違います。ちょっと……ジレンマで」

「ジレンマ?」

「……本件を早く解決したい気持ちと……解決したくない気持ちで」

「解決したくない、とは穏やかじゃないな。プロジェクト・サンシャワーが実行されれば、国民同志の争いによって……この国に血が流れることになる。マウス22Cが世に放たれれば、罪もないケモノ耳アイコンのV.I.P.sが命の危険に曝される。解決するんだ。絶対、何がなんでもな」

「……了解」


 二曹の様子から彼女の思いを察した軍曹は思った!

(全く、デリカシーがないなぁ少尉……。二曹がかわいそうだよ。二曹もあんな朴念仁やめときゃいいのに)


「ん? 軍曹、今…私の悪口を言わなかったか?」

「そのような事実はありません! サー!」「……そうか。すまん」


***


「マルヒト経過。全て異常なし」

「今日は本当にご苦労だった。軍曹、ログを送ったら上がっていい。二曹を送ってやれ。クローズは私がやろう」

「了解。……とはいいかねますね少尉。水臭い。二曹も自分と帰るのは気乗りしないでしょうし。一緒に待ちますよ」

「待つって…誰のことですか? 軍曹」

「今回の事件の犯人、ですよね。謎のメッセージを送り、ファイルにチョコソースを塗って、うちのPCをシュガーアントで焼いた張本人。でしょ? 少尉」

【カシャッ、ジャキッ!】

 軍曹は自分のデスクのキー付きドロアから自衛隊制式拳銃を取り出すとスライドを引いて初弾を装填した!


「物騒な物はしまえ、軍曹。多分必要ないぞ」

「念の為です。これでも腕には自信あるんですよ。記録保持者ですから、自分。」

「記録?なんのです?」

「カンナベモール三階ゲームコーナーの『サイバーコップ3D』」

「…………」

「じゃあ二曹は上がれ。すまんな。送ってやれなくて」

「お断りします」

「二曹。相手は仮にもクーデターの……」

「ここまで来てあたしだけ仲間外れですか⁉  そんなのないです! 石に齧りついてでもここに居ます! 見届けます! 最後まで!」

「二曹……だんだん『』が出てる……」

「全く……どいつもこいつも。どうなっても知らんぞ。将来を棒に振って後悔するなよ。ここに残るってことは、そういうことだ」

「構いませんよ。ねー、二曹」

「今去ってしまえば……のちのち後悔します。絶対に」

「自分達はもう一心同体です。少尉」

「君と私は飽くまで二心別体だ。軍曹」

「連れないなぁ! 少尉〜。このツンデレ上官!」

「未だかつて君にデレた覚えはない」

「少尉ルート、シナリオフラグ立て損ねました?」

「断言しよう。厳しくなることこそあれ、君にデレることは金輪際ない。それともデレてお弁当作って来たりする私が見たいか?」

「う……正直、微妙です」

「おふざけは終わりだ。フタマルヒト番カメラ。来たぞ」

「おいでなすったか犯人め。のこのことよくもまぁ」

「ズームします。え⁉ 嘘……これって……」

「二曹。お茶の支度だ。煎茶を煮えるように熱い湯で。私が出迎える」


 少尉は立ち上がり、ドアの前に立つ。

 自動ドアが開き、現れた人物に少尉は、姿勢を正して敬礼をした。


「お待ちしておりました司令……福島中将」

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