軍曹、死す⁉︎

 暗殺兵器「マウス22C」の急襲を受け、倒れる軍曹!

 少尉の呼びかけにも答えず、その意識が戻る気配はない!



「軍曹! ……二曹は離れろ‼ 我々三人ともがターゲットかもしれない! それと救急車だ! 急げ!」

「りょ、了解!」

「あ! 嘘うそ! タンマタンマ! 救急車はいい!」


 息を吹き返した軍曹は焦った様子で二曹が救急車を呼ぼうとするのを差し止めた!

 驚いたのは少尉である!


「軍曹⁉︎ ……大丈夫、なのか?」

「ビックリしました? マウスはニセモノ。さっき百均で材料買って作ったんです。よくでき……」

『馬鹿者ッ‼︎』


 少尉が怒鳴った!

 その声量と剣幕に軍曹も二曹も縮み上がった!


「……ごっ、ごめんなさい」

「以降、似たような悪ふざけをした場合は立場の如何を問わず減俸3ヶ月とする! ニセマウスは没収だ! 恥を知れ!」

「そんなに怒らなくても……」

「心配するこっちの身にもなれ! 子供じゃないんだぞ!」

「……申し訳ありませんでした。反省します。もうしません」


 少尉は低頭した軍曹の様子に、深く溜息をついた。


「……もういい。とりあえず何事もなかったんだからな。食事に出る。何かあれば携帯に。留守を頼む」

「了解」

「了解」


***


「……あービックリした。思っきし怒鳴るんだもんな」

「あれは軍曹が悪いと思います。いつも冷静な少尉が血相を変えて……本当に心配だったんですよ」

「……うん。もうしないよ」


***


「よしよし。Seek係。頑張ってるな。もうちょっとだ」

「……分かりません軍曹。どうしてSeek係はマニアックな言語や旧世代プロトコルのサーバーをくぐるのがスムーズなんですか?」

「説明しよう! Seek係には万難を排して不正プログラム発信元を突き止める為、七つの秘密機能がある! その内の一つが『意味群認識機能』だ!」

「意味群認識?」

「エージェントがプログラム自体を読み解いて意味を理解し、一つの『意味群』として評価するんだ。絵の具で描こうとクレヨンで描こうと、花が花であるように、言語やプロトコルが変わっても、プログラムの持つ意味は変わらない」

「だから……死語みたいな記述の通信網に紛れ込んでも迷わずに痕跡を追い続けられる……」

「逆探を躱すのに異なった言語やプロトコルのサーバーを次々くぐるってのはクラッカーの常套手段だからね。シーカーみたいに言語の数だけ翻訳ウェアをくっつけると長大なリストになっちゃって美しくないだろ」

「しかし……勝負は結果が出るまで分かりません」

「その意見に依存はないよ……あれ? 笠岡から入電?」

「え……あ! ほんとだ! フォックス2のポスト。すみません。メインに出します」

「……ふーん」

「少尉に報せますか?」

「mrpは16.6か……。お帰りになってから伝えよう。じゃないと休まないもん。あの人」


***


「……あそこはなんですか? シーカーがもう30分も立ち往生してるんですが……」

「ちょっと待ってね……っと。あー……やっぱり通ってるのか。ザンスキングダムの『変態回廊』」

「変態回廊?」

「別名『ヌルスルタン・ストリート』。あの国は個別のPCのOSから全体のプロトコルまでたった一人の変態みたいな博士が作ってるんだ」

「たった一人で?……信じられない」

「だから変態なんだよ。言語もエスペラントって言う完全独自規格。その博士が作ったオリジナル文字で書かれてて、第三者には読むことすら困難」

「文字を……作る?」

「そ。一文字に……量的にはC言語のリスト二行分ぐらいをあてた文字を75万文字」

「…………」

「シーカーを作った人は知らなかったんだろうな。ハッカーの間じゃ伝説の変態だから追跡を振り切る切り札としてよく使われるんだよ」

「Seek係の意味評価は……対象通信の痕跡を見失わない?」

「いや。流石に変態回廊に入っちゃうと読解自体ができなくなる。別の手段で追いかけないと」

「別の手段……ですか」

「Seek係七つの秘密機能の内の一つ…『おぼろ総当たり分身』!」

「オボロ……総当たり分身?」

「変態回廊に入っちゃうとエージェント自体も論理体を保てない。だからカザフのサーバーの出口全てに分身を配置して、遡れる過去の通過信号全てを意味評価する」

「そんな! 不可能です! 出先のエージェントbotにそれだけの大仕事が……演算ソースが足りるわけありません!」

「近場の大きなソースを検索して自律クラック。寄生しながら分身を維持して、演算の負担はクラック対象のソースに載っけるわけか」

「あ、少尉。お帰りなさい。概ねその通りです。よくお分かりで」

「君の考えそうな事だ。FWTの応用だな?」「ええまあ」

「出先で自律クラック……完全な違法ソフトじゃないですか!」

「そうなるね。あ……Seek係がカザフ抜けた」

「シーカーは止まったままだな。逆転か」

「これが現実だよ二曹。自分達が相手にしてるのは違法万歳の悪質なブラックハットなんだ。法定速度じゃスピード違反の奴には追いつけない。シーカーの制作者はそれをやろうとしてる」

「………」

「だから言ったんだよ。シーカーを作った人はハッキングに詳しくないって。リスト見るとすげー勉強してるのは分かるんだけど、ハッキングやその逆探知はあまりやったことない人なんじゃないかな? 多分」

「その通りです……すいませんでした。生意気な口を聞いて。私の勉強不足でした。負けを認めます」

「なんで君が謝るの? 別に二曹は悪くないじゃん」

「ハイダーシーカーシリーズは……基礎設計もバージョンアップも……私がしてるんです」

「ああそうなんだ。なら納得……って、えええええっ⁉」

「本当か? 二曹」

「……はい。考えうる最高の追跡ソフトだと自負していたのですが……」

「そう落ち込むな二曹。軍曹がちょっときちんと異常なんだ」

「変態回廊……初めて知りました。しかし軍曹は専用の対策ウェアまで実装していて……蛇の道は蛇、ですね」

「ああ。変態は変態を知るだ」

「照れるなぁ! なんにもでませんよ♫」

「軍曹……褒めてはないぞ。それにしても……ザンスキングダムで振り切れるならザンスだけ通過しても良さそうなもんだが……何故こうもあっちこっち遠回りしてるんだ?」

「悪意ですよ」

「悪意?」

「こいつは追跡者が巡り巡って最後に追えなくなるよう、わざと初期経路にカザフを経由してるんです。多分もうすぐゴールですね」


 軍曹の言う通り、追跡は最後の仕上げに差し掛かりつつあるようだった!


 だが!


「うーむ……」

 唸ったのは少尉だった!

「ぐるっと……世界中を回って……」

 ごくり、と喉を鳴らしたのは二曹だった!

「戻ってきちゃいましたね。日本に」

 苦笑いしたのは軍曹だった!


「まあそうだろうとは思っていたが……嫌な流れだな。これは広島のサーバーだろう?」「ですね。あ、福山に入った」

「犯人は……すぐ近くに?」

「すぐ近く、で済むといいが……」


 ピーーーーッッッ!


 鳴り響くビープ音!

 地図の一点で万歳を繰り返すSeek係のディフォルメアイコン!

 それは、逆探知の完了の合図だった!


「そんな……!」

「あーあ。少尉。追跡終了です。不正アクセスの発信元はここ。情報自衛隊福山基地」

「詳細は追えるか? 発信端末の特定は?」

「いえ……残念ながら。これ携帯端末から一般の電話回線で送られてます。受信したアンテナまでは追えますが」

「また身内か……嫌になるな」

「……どうします?」

「私じゃないですよ……」

「今更二曹を疑う程やさぐれちゃいないさ。クローズして、マルヒト過ぎたら今日はもう上がろう。昨日今日で色々ありすぎた」

「ですね。追跡履歴のログ、日付タイトルでDドライブに保存します」

「例のメッセージは消しても?」

「ああ頼む」


***


「マルヒト経過。全て異常なし」

「ご苦労二曹。状況終了。クローズに入ろう」

「ログ送りまーす」

「軍曹。語尾を伸ばすな」

「アイアイサ!」

「サーなら伸ばせ」

「気難しいなぁ少尉は」

「…………」


「少尉……軍曹の上官、疲れませんか?」

「あれで仕事はできるんだ。……友人や恋人なら付き合い易いんだろうが」



***



「あー疲れたぁ〜」

「お疲れ様です軍曹」

「お疲れ〜。二曹。原付のニケツで良ければ駅まで送ろうか?」

「えっ……あ、でもほら。外、雨降ってますよ」

「げ……ほんとだ。カッパあったかな」

「と言うわけで、良かったら……駅まで送って頂けませんか? 少尉」

「雨……」

「少尉? どうかなさいました?」

「そうか! 雨だ! なぜ気づかなかった⁉」

「雨がどうかしたんです?」

「軍曹。君の翻訳で合ってたんだ。『FOXY』は『狐っぽい』だったんだよ」

「狐っぽい結婚式?」

「雨……あっ!」

「そう。日が照るのに降る雨……FOXY WEDDINGとは『狐の嫁入り』だ!」

「狐の嫁入り……?」

「に、気をつけろ……?」

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