虎口を逃れ竜穴に入る
「……仲本二曹。君は誰だ? 一体、何を調べてる?」
「……え?」
「軍曹に、中将と親しいか尋ねていたな? 何故あんな質問をした?」
「おっしゃっている意味が分かりません」
「私にも同じ質問をしていた。プライベートで会ったりするか、とも。軍曹が私と中将のミーティングを話題にするとさらに詳しく掘り下げようとしたな?」
「送るのがお嫌なら……」
「軍曹が拳銃射撃が得意だとどこで知った?」
「噂で聞いたと言ったはずです。誰から聞いたかは覚えていません」
「彼は確かに拳銃射撃が異常に上手い。だが訓練生時代の成績はCマイナスだった。隊で教えるアイソセレススタンスが苦手で指導されたやり方では得点を得られなかったからだ。隊の公式の人事記録の短銃射撃能力にはその時の成績が記録されている」
「それが?」
「この基地に赴任して、定期訓練の時に自由に撃ちたいという彼の要望を私が許可したところ、30メートルで9ミリ拳銃のワンマガジンを連射して全てスイートスポットに収めて見せた。このことを私は当日の備品管理部別室の日報には記載した。だがそれ以外の公的記録には、彼のそのスキルの記載はない」
「そうなんですか」
「つまり君は、2年前のうちの日報に目を通しているか、それを元にアップデートされた人事情報を把握して来ていることになる。私は後者だと思っているが」
「少尉はお疲れのようで……図々しいことを言ってすみませんでした。駅までは歩きます」
「諜報オタクのヤモメ少尉風情、簡単に転がせると思ったか?」
「…………」
「君が誰かは知らないが、私の部下や仲間に手出しはするな。君がそうであるように、私も見かけより冷酷だと憶えておけ」
「……今日はありがとうございました。良い夢を。加藤少尉」
「……気を付けて帰りたまえ。仲本二曹」
二曹は平然と無帽敬礼すると、並木道を散歩するような足取りで去って行った!
少尉はその背中が見えなくなるまで油断なく見張っていたが、彼女が視界から消えると軽くため息をついて、自分の車の点検を始めた!
ブレーキへの細工や爆発物を警戒した為である!
(悪さをされた形跡はない……害意はない、ということか。少なくとも、今のところは)
***
翌朝!
「おはようございます少尉。お早いですね。あ、これ戦争論のレポートです」
「おはよう。レポート用紙? 手書きか……君のことだから何かしらテキストファイルだと思っていたが」
「なんでもデジタル化されて行く昨今……アナログの手触り、手作りの温かみを忘れないでいたい」
「字が大きい上に二行跳ばしだな」
「昨日はどうでした? あれから」
「特に問題はない。フォックス1は仕事かも知れないな。謎のウィンドウも無かった」
「じゃなくて仲本二曹ですよ」
「……異動予定だったスタッフの産休で急遽の代打だそうだ。民間希望だったが親御さんの意向で入隊し、せめて広報、と志願したらしい」
「それ……少尉が訊いたんですか?」
「そうだが」
「意外と積極的ですね。女性と話すの、苦手なんじゃないかと勝手に思ってました」
「確かにすごく得意、ではないな」
「結局一日一緒にいて『ああ』『許可する』『了解した』しか言わなかったよ……みたいなイメージだったので」
「……軍曹。仮にも上官に少し言い過ぎだ」
***
「定時報告。mrp値平常レベルで安定。回線負荷、安全域内。全て正常」
「ふむ……」
「先程から何をお読みに?」
「仲本二曹が海外在学中に書いたネット諜報のレポートだ。いや……良く書けてる。読ませるレポートだよ。誰かのと違って」
「後で見せて下さい」
「全文英語だぞ」
「……5千円で訳してくれませんか?」
「断る。翻訳ソフトを使え」
「あれ日本語不自然でそっち気になって全然内容がアタマに入って来ないんスよね」
「なら、自分で勉強することだ。英語を話せれば5億5千万人と話せる」
「中国語なら10億人と話せますよ」
「しかし中国語ではこの二曹のレポートは読めない。
ここなんて面白い指摘だな。過去の情報の評価は『確度』『鮮度』『量』『利用価値』によった。ネットワーク普及後、それに加え『拡散のし易さ』は情報操作の観点から大きな意味を持つようになった。……実験までしてる。ふーん……」
「実験? どんな?」
「……なるほどなぁ」
「教えて下さいよ」
「実験では世界各地にネットで募った協力者を配して、特徴ある噂を流し、拡散速度や伝わり方を測定したらしい」
「噂? 内容は?」
「実在教授の情報リークと称して、隕石衝突による地球滅亡が迫ってると学内LANから発信して……すごいな。18時間後には日本のTwitterトレンドに……。地球滅亡情報へのリアクションの傾向も大まかだが文化圏毎に纏めてる。欧米は相手にしない派と真剣に準備する派。イスラム圏ではアラーの名の大合唱。日本は……ふむ」
「なんです?」
「お題と捉えてジョークでいなす反応が多数。一部隕石と地球を擬人化して性的関係を妄想する反応あり」
「なんだかんだ言って少尉もご執心じゃないですか。二曹に」
「……昨晩、勤務後に基地の外で待っていてな。駅まで送ってくれとせがまれたよ」「え! 二曹にですか⁉」
「断ったがな」
「バッ……マジですか?」
「『バッ』ってなんだ?」
「くっ! 結局は地位と権力か……」
「……軍曹。私がそれ以外無いみたいな言い方はよせ」
少尉は少し思案すると、再び口を開いた!
「やはり君には言っておこう。私は彼女をどこかの密偵じゃないかと疑っている」
「まさか……考え過ぎでは?」
「民間志望と思えないレポート。中将と我々の関係を探るような質問……そして彼女は知られざる才能である君の拳銃射撃の腕前を知っていた。 何か隠しているのは確かだ」
「少尉……女性に悪い思い出でも?」
「……良い思い出と同じ位にはな。とにかく彼女には気をゆるすな。昨日のクローズが君と彼女だったら、君は簡単に籠絡されていただろう」
「自分がそんな軽薄な人間に見えますか⁉︎」
「見えるも何も。これは裏付けのある確信だ」
「結婚を前提にお付き合いしたい」
「より悪いじゃないか」
「軽薄ではないでしょう。虎穴に入らずんば虎子を得ずですよ」
「虎口に飛び込むチキンフィレオの間違いだろう」
「そう言えばお腹空きましたね」
「話をそらすな。いいか軍曹。彼女との私的な面会や必要以上の情報交換は……」
「あー! あー! あー! 聞こえませんー!」
「……メインに表示した。見えたな? 当座の間は禁止する。命令だ」
「おのれ少尉……こんなにあからさまに恋敵をツブしにかかるとは……!」
「軍曹。はっきり言うがこの措置は本当に真剣に裏表なしに心から君自身のためだぞ。彼女はやめておけ。骨折り損した末に切ない思いをして、AIコンシェルジュにでも慰めてもらうことになる」
「……自分にも人間の友人くらいいます」
***
「笠岡より入電。mrp値細動。注意されたし」
「フォックス1は?」
「前回のブログ更新の告知以降は沈黙を守っています」
「フォックス2の最後のツイートは?」
「7時間前。朝の挨拶ですね」
「今のところ異常はなし、か」
「うーん……」
「どうした軍曹」
「ごく微妙になんですが、なんか動作が重いんですよね」
「プロミネンスウォールの抗体エージェントは? あれから元に戻したか?」
「戻しましたよ。ズボン忘れてもそれは忘れません。隊内のイントラ絡みが重いようなのでワームやウィルスの類ではないと思いますが……念の為ちょっと探ってみます」
軍曹は新たなウィンドウでツールを開くと実行した。ウェイトバーが100%に達すると、メインスクリーンに地下鉄の路線図のような模式イラストが表示された!
「あー……やっぱり。見て下さい」
「この蜘蛛の巣みたいなのは……隊内イントラ回線の模式図か」
「色の違いは回線負荷です。ここと……ここ。それとこの辺り。真っ赤っか。イントラが重い筈だ」
「この赤いラインの中心……この施設は?」
「待って下さい。このIPアドレスは……陸上装備研究所?」
「ちょっと待て軍曹。こんなツール、うちにあったか? 初めて見る気がするが」
「えーと……ありましたよ。ずっと前から」
「……軍曹」
「……少尉」
「誤魔化すな! 隊の端末で使うツール導入には申請と審査と承認が必要だ。君も知ってるだろう」
「……だって」
「子供か」
「正規ツールじゃ仕事になりませんよ」
「この調子だと他にも何か勝手にインストールしてるな」
「…………」
「沈黙もまた答えだ。まあそのことは今は一旦いい。
それより今はイントラの異常だ。陸装研で何かあった……?」
「っぽいですね。15分頂けたら探りを入れて見ますが」
「どうやって?」
「同期が陸装研のソフト部門に居るんです。一本電話してみます」
「自部署のトラブルをペラペラ喋るか?」
「そいつが前に違法なマンガ閲覧サイトを運営してた証拠を握ってるんで。生かすも殺すも」
「……因果応報だな」
「かわいそうとは思いません」
***
「何か分かったか?」
「研究所で何かあったことは確かなようで……警備部の部隊が展開して騒然としてるそうです」
「その『何か』については?」
「開発中の何がが盗まれたらしい、とだけ」
「全く。次から次へと。これ以上なにもなければいいが」
>ノキグチ ガラク@ストーム24
>こんばんは
>このツイートも見えているんですよね?
>某組織の監視者さん。
>今夜のストーム24のテーマは、あなた方から頂きたいと思います。こちらに連絡できますか?
>私に伝わる手段ならリプライでもメールでもブログへの書き込みでもOKです。
>いいお返事をお待ちしています。
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