警告
【『少尉と軍曹』はフィクションです。実在の人物・団体・組織・IT技術とは一切関係なく、また特定の国や地域、立場の方々を不当に貶める意図はございません。】
事件から一夜明けての朝である!
大きな事件の渦中にあった備管別、その責任者たる少尉は朝から地方総監部での聴取に呼ばれ、ホームグラウンドたる情報自衛隊、福山基地に出勤したのは正午まであと数分、という時刻であった!
「おはよう軍曹」
「おはようございます少尉。福島中将から少尉あてにメールが来ています」
「……成る程、さすが中将。仕事が速い」「なんです?」
「回線や通信会社を元の体制に戻して下さるそうだ」
「お! 助かりますね」
「約束は履行されたと言うわけだ。久しぶりに聞く良いニュースだな」
「ここんとこロクなことがなかったですもんね」
「フォックス2は継続して笠岡が担当……ふむ」
「まだ何か?」
「良いニュースだけとは行かないようだ。高木少佐の行方は依然不明。JCIAの管轄で捜査継続中」
「ほんとにあったんだ……JCIA」
「驚く所はそこでいいのか? 他言無用だぞ」
「名前がダサくて他言する気になりません」
J.C.I.A!
日本中央情報局!
内閣、警察機構、自衛隊! 元来、我が国では各公組織が個別の情報機関を持ち、個々にエージェントを要請し、それぞれで別個に情報収集活動を行なっていた!
イラク戦争前後、多極化する世界情勢と高まる国内防諜、対テロ活動の重要性から各情報機関の持つノウハウや情報を共有するための連絡会議が設けられた!
その連絡会議が常設部署となり、それを母体に組織化されたのが日本版CIA──JCIAである!
「笠岡より入電。フォックス2のポスト」「笠岡の分析結果は?」
「『ダイダロス』は回答を保留。遠藤准教授は見たまま、日記的記述だろうと」
「mrp値は?」
「現在4.32mrp、±6。直近1時間」
「ギリギリ自然mrpレベルだが……振れ幅が大きい。mrp値の推移をライブでメインに表示してくれ」
「了解……と、またか。笠岡より再度入電。フォックス2のポスト」
「活発だな。本当に時間があるのか……実は勤務先だが投稿をねじ込んでいるのか」
「内容がのびのびしてますね。自然体な感じ。私見ですが自宅でリラックスしてのツイートでは?」
「賛成だ。狐の坊やはお休みのようだ。念の為頻度を上げよう。デフコンはまだいい。回探上げ980」
「了解。回探上げキュウハチマル。ヨーソロ」
「軍曹。笠岡の『ダイダロス』に再演算を依頼してくれ。ポスト内容は変数に入れず、フォックス2のポストタイミングと、過去のストーム24開催時のフタヨンまでの残時間の相関だけでいい、と」
「了解。確かに今日の一連のポスト内容は、機械に判断させるには難解な内容ですもんね」
「詩情や芸術性なんて曖昧なものは、人間にさえはっきりこうと断じられるものではないからな」
mrp!
Machine Readable Prospective-attitude!
機械検出可能な開催態度積極性!
任意のサンプルから抽出される特定の行動への前向きさを示す数値である!
備管別の少尉と軍曹の言うそれは、ストーム24開催のそれであり! サンプルは狐耳アイコンの「ノキグチ ガラク」率いる有力V.I.P.sクラン、ケモノ耳アイコンをトレードマークとした「ノキグチ同盟」の同盟員ナンバー保持者たちだった!
「笠岡より入電。演算結果です。発動確率31.6%。ポスト内容を含めて演算するとやはり長考後に保留になるそうです」
「31.6。微妙な数字だな。23時……時間帯的にはなさそうなものだが」
「本日フタヨンまであと1時間ですもんね」
「念のため25時までは現体制で監視を続けよう。24時59分までが24時、という言葉もあるからな」
「了解」
***
「関連ポストなし。mrp値正常。探査範囲における回線負荷量、いずれも自然流動レベル」
「静かだな」
「少尉。気になることがあるのですが……」「気になること? なんだ? 言ってみろ」
「新しく入った受付の広報の子……可愛くないですか?」
「……それは純度100%、混じりっ気なしの『私語』だぞ」
***
情報自衛隊のイメージ戦略!
この時代、自衛隊も自治体や一般企業のようなイメージ向上のためのPR活動には積極的であった!
季節ごとの展示・見学イベント! 年に一度の基地祭! 情報自衛隊公式キャラクター、VRネコ・サーバーキャットの「さばニャン」! 取材や見学も事前に手続きすれば殆どの場合受諾される! そのため基地の入り口にはセキュリティーゲートを兼ねた受付けがあり、統計的な好感度の解析に基づいて、そこには若い女性の隊員が配置されることが多かった!
***
「フタヨン回る。TL異常なし。mrp値正常」
「峠は越えたな。とりあえず」
「コーヒー入れます。あ、少尉。夏みか……じゃなかった、デコポン剥きましょうか?」「頼む。合わせがデコポンなら紅茶がいいな」
「了解。……わ、香りが強いですね。酸っぱいですか?」
「そうでもないさ。小さい子供向けにフロストシュガーを掛けて出す家もあるようだが」
「先程は失礼しました」
「私語のことか? いい。気持ちは分かる。彼女は仲本二曹といったかな。確かに女優のような美人ではないが、素朴な、愛嬌のあるキャラクターだと私も思う」
「少尉。自分はこれから独り言を言います」「?」
「ん、ん。あの娘と食事でもしたいが一人じゃ誘い辛いなぁ〜」
「……軍曹。独り言の意味を取り違えてないか?」
「話題を変えます。フタヨンを回ったとはいえ、まだ任務中でした」
「そう願おう」
「新任受付嬢の仲本二曹ですが」
「変わってないじゃないか」
「年度開始のこの時期に異動なんて不自然、とは思いませんか?」
「……人事異動って大体は今くらいの年度改変期じゃないのか?」
「しかし証拠不十分な現在、公的な聴取は越権行為。私的に会って情報交換したいのですが立ち会って頂けます?」
「……物は言いよう、か。
ん? ……軍曹、メインモニターに開いてる黒いウィンドウはなんだ?」
「あれ? ほんとだ。少尉のプライマリからでは?」
「いや、こちらには何も」
「拡大します。……これは」「【CAUTION】《コーション》? 何の警告だ?」
「分かりません。一度消してみますか?」「ああ」
「えい。普通に消えた」
「ふむ……ウォールは展開中?」
「通常稼働ですね。シャッターはレベル5で閉鎖中。MF、THセル、NKセルの各エージェントもイントラ上を問題なく巡回中」
「念の為、全ドライブのセキュリティスキャンを実施。一台ずつ順にだ。TLからも目を離すな」
「了解。タワー1からスキャンスタート。笠岡より入電。メインに出します」
「狐の坊やは退勤のようだな」
「珍しく、少し愚痴っぽいですね」
「フォックス2がストレスフルになると発動率が上がるというデータもある。過去のライブラリから類型ツイートを抜き出し、発動の有無と照らして一覧にできるか笠岡に尋ねてくれ」
「了解」
***
「笠岡より入電。問い合わせへの返答です。……ライブラリには類型として扱えるポストが見当たらないそうです」
「……そうか」
「タワー1異常なし。探査タスクをタワー1に引き継ぎ、タワー2のスキャンスタート」
「頼む。トロイホース……あんなのは二度と御免だ」
「激しく同意です」
***
「タワー2も……問題ないですね」
「プライマリのアプリケーションは閉じた。次はここを頼む」
「了解。プライマリ、スキャンスタート。何事もないといいですね」
「……あったとしても対処できる問題であって欲しいな」
***
「プライマリ、問題なし」
「残るはセカンダリか」
「セカンダリ、スキャンスタート。TLも……異常なしですね」
「何かある日ばかりじゃ身がもたん」
***
「異常なし。4台とも健康です」
「取り越し苦労か……まあそれに越したことはないんだが」
「今回ばかりは少尉の勘もはずれましたね」
「そんなに勘に頼ったオペレーションはしてないつもりだが……君からはそう見えるのか?」
「え⁉ 神がかり的な勘が売り……じゃなかったんですか?」
「……」
***
「フタゴー回る。全て異常なし」
「状況終了。ログはいつも通りHQへ。……結局何事もなし、か」
「少尉。仲本二曹の私的面接の件ですが……」
「それだがな。広報の彼女と我々では勤務時間帯が全く合わないぞ。しかも私と君がそろってオフのことなんてないだろう?」
「……状況終了後では?」
「深夜1時を過ぎてから女性を食事に誘うのか?」
「……ぎゃふん!」
***
「クローズチェック終了。あとは我々の退勤だけです」
「サーバールームとメディアスロットの施錠をもう一度確認してくれ」
「……掛かってますね。大丈夫です。……はぁ……」
「仲本二曹か?」
「なんとかなりませんかね?」
「……私にどうしろと?」
「チンピラのカッコで彼女に絡んで頂いて……」
「その流れで君がヒーローをやったとして、私は翌日からどんな顔して受付の前を通ればいいんだ?」
「恋愛と戦争では手段を選びません」
「フレッチャーの引用とは大したものだと言いたいが、その言葉は私の質問に対する答えにはなってない」
「フレッチャー? 誰ですかそれ?」
「……またアニメのセリフの引用か。戦争論は読んだのか?」
「ちょこっとだけ」
「軍曹。女性を誘って食事の機会を得たとしても会話の内容で教養の底が知れると足元を見られるぞ」
「戦争論読んだらモテますか?」
「あまねく教養が自信に繋がり、人に臨む際の心のゆとりに繋がって、人間的魅力の下支えになるんだ」
「そういうもんですか?」
「そういうもんだ」
「でも少尉カノジョいないじゃん」
「いればいいというものじゃないだろう」
「いないよりいた方がいいです」
「君が恋愛に奔放になるのは構わんが、我々の仕事の防衛機密をひけらかして女の子の関心を引くような真似はするなよ」
「…………」
「返事はどうした」
自衛官の恋愛には制限が多い!
任地は僻地が多く、一般社会と距離のある職務はそれだけで敬遠されることもある!
隊内ではそもそも女性が少なく、若い女性自衛官はその比率から男性自衛官から声が掛かることも多いが、それ故に彼女たちのガードは総じて硬い傾向にあった!
季節は恋の季節、春!
だが軍曹の人生の春はまだ遠い!
「はあー、いっそ自分が女だったらなー。少尉と付き合うのに」
「待て。私にも相手を選ぶ権利はある」
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