虎の威を借る狐

 ネット上の大型創作イベント「ストーム24 」!

 その影響は詩文、映像や音楽のコンテンツへの芸術的影響だけに留まらず、同時に投稿される作品データの大量さから、回線やサーバーへの過負荷を生じさせ、情報インフラへの破壊的影響となる恐れがあった! 

 その動向を監視し、社会への負の影響を防止する任務を日々遂行する情報自衛隊福山基地、備品管理部別室──通称「備管別」!


 彼らの目であり耳であり武器でもあるコンピュータ群は今、何者かにハッキングを受け、コントロールできないばかりか自基地のメインコンピュータ『ほくと』をハッキングしつつあった!


 急げ少尉と軍曹!

 ストーム24開催まで、あと32分‼︎



「軍曹、全汚染PCを『ほくと』から物理断線! キャビネットの鍵だ!」

「了解! マスターとサブを抜きます!」

 席を立ち、投げられた鍵を空中でキャッチした軍曹は足早にサーバールームに向かうと一番奥のスチールキャビネットの鍵を開ける!

 そして備品管理部別室を基地メインコンピュータ『ほくと』と接続する二本の巨大な光ケーブルのケーブルキーパーをニッパーで切断するとそれを力任せに引き抜いた!

「断線完了!」

「よし。次はタワー1、2の無停電装置を外せ。プライマリセカンダリは私がやる」

「了解!……無停電装置オフライン!」

「両PCの電源を切って再起動」

「……駄目です。起動中にエラー。再々起動……クソ! 状況同じ!」

「こっちもだ。トロイホース……まんまとしてやられたというわけか」

「ありえません! プロミネンスウォールは最高レベルで稼働中です!」

「侵入がネットワーク経由でないとしたら?」

「インジェクション……まさか! 直接ここのPCに⁉︎」

「盗聴器を仕掛けることができたんだ。もっと慎重を期すべきだった。他に使えるPCは?」

「一般回線一本は生きてます! 備品管理室名義のダミーPC。ですが……」

「ロースペック過ぎる」

「カタログ上で最大処理速度128pps。小包の端末は?」

「変わらない。本体は市販のPCだ」

「……少尉。提案があります」

「却下する」

「少尉! 話を聴いてくださ……」

「却下だ。ただし、君の提案を却下した上で、私の発案で、私の責任で命令する。君がしようとした内容を全て実施せよ」

「……少尉!」

「急げ!」

「はい! では自分のPCを持って来ます‼」「いきなり重大違反か。全く……誰に似たのか」

「この上官にしてこの部下あり、ですね!」「無駄口聞いてないで早く行け!」

「了解‼」


 ロッカールームに走った軍曹はノートパソコンを抱えて帰って来ると、それを備品管理部別室付きとして登録されている表向きのダミーPCに繋ぎ、忙しく何かを入力し始めた。

 タンッ!

 軍曹のノートパソコン、そのエンターキーが一際音高く鳴った!

 時刻は23時46分11秒!

 WEBメディア表現の大爆発まで残り15分を切っていた!


「行けます! デフコン3発令!」

「そのままデフコン1へ。笠岡にも並行してモニターしてもらえ」

「了解。部内警報デフコン1発令! テーマは『誕生日』! これは演習ではない。繰り返す! これは演習ではない」

「118号とのバイパスを開通。そのPCから『ほくと』に指示は出せるか?」

「いえ、流石にそれは」

「ならバッファ領域も笠岡のダイダロスに間借りしよう。高い機械を持ってるんだ。仕事はしてもらう」

「了解。遠藤センセに連絡します」

「君の作業状況をメインモニターに飛ばせるか?」

「それは可能です。メインに回します」

「シークエンスは省略する。3番、7番、8番11番のみチェックを実行」

「了解。無停電装置は付け替えますか?」

「いや。それもいい。回線負荷分散に注力せよ。PCがこの有様だ。サポートはできない。すまないが君だけが頼りだ」

「任せてください。少尉はそこでアプリゲームの課金ガチャでも回しておいてくだされば」

「そんな類のアプリは入れてない。権限で交代が必要なら言ってくれ。まずは今回のストーム24を乗り切ってしまおう」

「了解。回線誘導、ターンアウトスイッチ、バッファシステム周辺のチェック完了。その他もろもろ、条件付きで良し。五分前。室内を暗転します」

「一般回線からの操作で総重量4ギガトンバイツゼカのデータ流のオペレート……行けるか? 軍曹」

「どうっすかね。やれることはやりました。ラプラスの悪魔とやらにでも聞いてください」

「サイコロ遊びは好きじゃない。運は実力のうちだが、それを引き寄せるのは日頃の準備と弛まぬ努力だ」

「同感です。ウェイトは外しても?」

「見ている限りバイパスの状態は安定してる。バッファ領域も足りそうだ。そのままで行けるだろう」

「……頑張ります」

「お喋りはここまでだ。来るぞ」

「ゼロタイムまであと、10……9……8……7……6……5……4……3……2……1……ゼロ!」



 ストーム24!

 それはめくるめく表現の饗宴!

 荒れ狂う創作の津波!

 情報の海を戦場にした新時代の才能のバトルロワイヤル!


 だが、その戦いに敗者はいない!

 参加者みなが自らと向き合い、昨日までの自分の表現と、その作品と戦うのだ!


 この日、備品管理部別室はその暴力的なまでのデータの奔流を限られた作業環境の下で見事に捌き切った!



***



「現時刻を持ってデフコン解除。通常体制へ移行」

「了解。ログを秘匿圧縮。総監部に送信。……着信を確認しました」

「ふう、ギリギリ間に合ったか……まさに……」

「間一髪、でしたね」

「流石に肝が冷えたよ。良くやった軍曹」

「日頃の訓練の成果が活かされています!」

「君のPC……セルフビルドか? 実効処理頻度で1280pps……個人所有の性能じゃないぞ」

「いえ、市販のボノボ製のノートです」

「じゃあどうやって?」

「スリーピングPCボランティアをご存知ですか?」

「ネットに繋がった休眠PCを学術研究に貸し出すって奴か? 最近は家庭用ゲーム機でもやってるな」

「参加PCが多ければ演算能力はスパコンに迫ります。回線も台数分使い放題」

「……そのサービスのホスト機関のサーバーをクラックするわけか」

「隊規違反じゃ収まりません。リアルに刑事罰の対象です」

「構わん。全ては私の責任だ。世間がどう捉えるか知らないが、私は君の今回の働きを評価する」

「超法規的措置、ですね?」

「他に手段が無かった。現に危険な状況だったろ。これが……以前君が言ってた学生時代の遊びか」

「公的な学術機関はセキュリティがザルなんです。ゲームボーイ並み。警察消防のネットもマシンパワーで押せば一発。このFWT法ならちょろいもんです」

「FWT? 何の略だ?」

「Fox With Tiger」

「虎の威を借る狐、か」

「狐を以て狐を制す、ですよ。に、しても……ここの端末に直接ウイルスを入れられるとは……まあプロミネンスウォールを破るより手っ取りばやいですが」

「…………」

「少尉?」

「軍曹。これに目を通せ」

「今ですか? PCのリカバリを先にしません? なんだが落ち着かなくて」

「私なりに『戦争論』の概要をまとめたメモだ。こんな時でもないと読まないだろう」

「うへえ」

「『うへえ』じゃない。さっさと読め。命令だ」

「少尉……このメモは……!」

「なんだ? 何か不自然か?」

「字、めっちゃ綺麗っすね」

「眺めてないで内容を理解しろ」

「は〜い」

「返事は短く!」

「はい! ……少尉? 何をなさってるんです?」


 備管別の天井埋め込み型エアコン!

 そのフィルターは取り付けワイヤーのリモコン操作により、カバー部分ごと目の高さまで降ろすことのできる機構を備えていた!


「カメラの回収だ。直近60時間を記録してる」

「いつの間に……あ、そう言えば盗聴器騒ぎの時にお一人でフィルター掃除を」

「盗聴器に何かあれば、仕掛けた奴が様子を見に来るんじゃないかと。ダメ元でな。まさかこんなことになるとは予想しなかったが」

「そうならそうと仰ってくださいよ」

「重要な証拠になるかも知れない画像だぞ。君のピースサインや変顔が写っていては困る」

「そんな子供みたいな真似……」

「しないのか?」

「しますね」

「するだろう」

「カメラはどうです? 誰か写ってますか?」

「まだ何も……何せ60時間だ。それ以前の犯行なら写ってない可能性もある」

「私物ですか?それも」

「ああ。領収書は切れまい」

「……違反ばっかり」

「何か言ったか?」

「いえ! 何も!」

「お! 来たぞ! 不審人物! ……こいつは」

「見せて下さい! え!……そんなっ、

まさか!」



 備品管理部別室の任務妨害を目論んだスパイ! その人物とは一体誰なのか⁉︎


 待て! 次回‼︎




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