バグズ・イン・ザ・ライオン
「おはよう軍曹」
「おはようございます少尉。あれ? 今日はヒトナナからでは?」
「胸騒ぎがしてな。熊野中尉には私から連絡してある。変わりないか?」
「先程笠岡より入電。フォックスは夜勤明けで睡眠中と推定だそうです」
「うん」
「それと少尉宛てに小包が。内容物は果物他、送り主には『実家』とだけ」
「なべて世は事もなし、か」
情報自衛隊福山基地・備品管理部別室!
通称「備管別」!
東西冷戦華やかなりしころは総勢40名を誇った秘密諜報部署!
だが現在ではその任務の性質は変わり、情報たゆたう電子の海の監視が、今やたった二人となった零細部隊の使命だった!
ネットを住処とし、コンテンツを糧として生きる人々のWEBアバター──仮想情報人格「V.I.P.s」!
この全く新しい社会構成員は世界各国でその勢力を伸ばし、それまで情報発信の中枢であった出版社、テレビ局、新聞社などと真っ向から対立し、易々とその権勢を過去のものとした!
流行! 世論! そして後世に伝わる文化!
今やそれらの多くが、ネットに流れる情報や言説に左右される!
文明情報の因子「ミーム」は伝播に使う媒体を物理実体からデジタル情報へと遷移させようとしていた!
社会への影響力、文化への貢献度の勢力図「ピリレイスの地図」は、各国政府を代表する旧世代の勢力の必死の抵抗にも関わらず、V.I.P.sたちの優勢を示す真紅に染まりつつあった!
人類の文明が新しい時代へと舵を切ろうとしている今!
備管別の少尉と軍曹は旧勢力と新勢力の丁度真ん中で、その様子をつぶさに観察する立場にあった!
「外線1番に着信。非通知設定です」
「取ってくれ」
「はい。こちら備品管理部別室。……は? ……はい。失礼します」
「間違い電話だな?」
「ええ」
「なんと言った?」
「メガネですがヒメはいますか、と」
「メガネとヒメ……」
「はい。で間違えました、とすぐに切れて」「……TLに異常は?」
「異常なし」
「軍曹、現スクリーンを動画記録。時刻を忘れるな」
「了解。Cドライブに保存します」
「フォックス1のホームをチェック」
「異常なし。最終ポストは6日前」
「ここから先は少し特殊な作業になるが、責任は私が持つ。正確に実施を頼む」
「?……了解」
「小包を開封してくれ」
「え? 少尉のご実家からのですか?」
「急げ」
「はい。……夏みかんが一個と……LANケーブルにノートパソコン⁉︎」
「ノートパソコンをセカンダリに接続。電源を入れろ」
「私物の端末接続は隊規違反……」
「命令だ。全責任は私が負う。訳は後で説明する。急げ!」
「りょ…了解。……端末起動。IDとパスは?」
「英数半角小文字で、IDはメガネ、パスはヒメ、だ」
「それって……いえ、了解。……ログイン成功。システムブート中」
「立ち上がったら自動でTLを読み込むはずだ」
「ほんとだ。TLが表示されてますが、特にこれと言って変わった点は……え! 嘘だ、なんで⁉ 感あり! F型通信! 21分前!」
「画面をコピー、セカンダリ経由でCドライブに保存」
「少尉、これは……」
「化かすのが狐、だ」
「笠岡から転送。フォックス2ポスト」
「後だ。端末のデスクトップ、時計のアイコンを開け」
「……開きました。この数値は?」
「その端末のCPUのクロック周波とシンクロコードだ。うちのタワー2のクロックモードを表示数値に変更、シンクロコードを同期。違反は承知だ」
「了解。……出た! タワー2の表示TLにF型通信! さっきまで無かったのに! 対象はテーマを交渉中!」
「一連の操作のスクリーン状況は録画できているな? 念の為テキストベースのログも別途保存してくれ」
「了解」
「端末をシャットダウンして小包にもどせ。タワー1は通常通り、タワー2は変更したモードのまま監視を継続だ。……どうした? 軍曹」
「狐につままれた気分ですよ。どういうことです?」
「新体制で探査頻度が大きく低下した。探査と探査の間隔が拡がったな」
「ええ」
「その間隔に合わせてパケット情報を断続発信したら?」
「当然我々には探知できない……しかしそれにはここのCPUのクロック周波数とシンクロコードを直接確認しないとできない……まさか!」
「そのまさかだろうな」
「内部犯……この基地のどこかにスパイが?」
「外部の人間が盗聴器を仕掛けるのは絶対に無理だとは言わないが、内部犯を疑う方が自然だ」
「そいつがノキグチガラクに我々の情報と我々からポストを隠匿する方法を教えた……?」
「あるいは狐の坊やも騙されているのかも知れん。我々がV.I.P.s妨害勢力であるかのように吹き込まれでもして」
「獅子身中の虫、ですね」
「一番タチの悪いセキュリティーホールはいつも人間だ」
「あの端末は?」
「パケット化された狐の通信を探知して断続発信のタイミングを計算し、CPUのクロックとシンクロコードを自己変更するウェアが入ってる。使わずに済めばそれに越したことはなかったんだが」
「間違い電話ではなく……外部の協力者、ですか」
「こっちが目隠しされていてはな」
「最悪、全く気付かないままフタヨンを迎えるところでした……」
「それだけは回避したかった。どうした? 不満そうだな」
「事前にご説明頂きたかったです。自分は信用できませんか?」
「今の一連の手続きで隊規に二桁は違反してる。説明すれば君も共犯だ」
「構いません」
「君の将来に関わることだ。無茶を言うな」
「にしても……こちらのPCのクロックやシンクロコードまで漏れてるなんて」
「それだけじゃない。予算の削減、回線使用量の圧縮……盗聴と情報のリーク。タイミングが良過ぎると思わんか?」
「どういう意味です?」
「スパイが一人紛れ込んだという規模の話じゃない」
「上層部が……ストーム24と我々を潰そうとしてる?」
「どうだかな。情報自衛隊も一枚板じゃない。内輪の派閥争いの割を喰ったのかも知れない」
「派閥争い? と言うと? 我々に下手を打たせてどこが得を?」
「陸軍閥の背広連中だ。元々ここも笠岡も旧海軍能登研究所の流れを組む海軍閥の組織だからな」
「あ! 盗聴の内偵は陸幕二部!」
「犯人が捕まらないわけだ」
「準戦時下で……足引っ張り合ってる場合じゃないでしょうに」
「近いうちに終わるのかもしれないな。ピリレイスの地図の上の、この戦争も」
「なんですって!」
「上層部はそれを知ってて……戦後の地位権力の確保を画策し始めてる、とかな。確証はないが」
「ありそうな話ですね。じゃあ我々のしてることって……」
「ネットワークインフラストラクチャの安定確保による、V.I.P.s文化の支援だ。今それができるのは我々だけだし、その任務は撤回も解消もされていない。フォックス1の様子は?」
「テーマ交渉が頓挫しています。テーマ依頼の相手がリプライしないようで」
「よし、軍曹。下書きフォルダのメール、タイトル『【重要】具申』を秘匿圧縮して中将に送信。同じメールを一般回線からも通常送信」
「送信完了。……どんな具申を?」
「一連のスクリーン画像だ。内部犯の状況証拠。例えば内輪揉めや終戦の仮定が真実だったとしたら、中将も今後に向けて使える手駒は欲しいはず。黒でも白でも耳の良いフクロウは良いフクロウ……位には評価して貰えれば、我々にも先がある」
「政治は苦手です」
「戦争論は?」
「買いはしました」
「戦争は政治の延長……政治そのものだ。それを忘れるな」
「……」
「そして残酷なのが戦争だ。フォックスの様子は?」
「テーマ提供者からリプライあり。目標はテーマ交渉を開始」
「よし、デフコン3発令。回線探査頻度……はマックス980か」
「現在最大出力です。すみません」
「君が謝ることではない。118号線とのバイパスは早めに開けておこう。ギリギリでバタバタするのはごめんだ」
「了解」
書籍! 音楽CD! 映像ソフト!
この時代、かつて時代時代の文化の代名詞だった実体メディアはその威光を失い、どのジャンルのコンテンツもネットワーク上のデータとしての流通量が圧倒的に優勢だった!
人々の購買行動、消費行動の変遷は、資本主義、民主主義の原則に基づき、大きな力のうねりとなって社会を抜本的に変えつつあった!
その最たるものが、この年の初頭に若手議員たちからなる「電網自由党」が掲げた「インターネット投票法案」である!
ネット世論のダイレクトな政局への反映の可否!
それを争点に国内のあらゆる勢力が賛否の討論に身を投じ、電脳世界は旧体制派とV.I.P.sを中心としたWEB住民たちの権限拡大派との一大闘争の様相を呈した!
後に「デジタルシチズン戦争」と呼ばれることになる、実社会とWEB社会との権利闘争である!
そして苛烈な闘争は当事者たちのモラルを低下させ、戦いに身を投じる者たちを時に卑劣に、時に残酷にさせるのだった!
「笠岡より入電。天候晴朗なれど波高し。注意されたし。E」
「あの准教授にも気を遣わせてるな。返電。感謝する、互いの健闘を期す」
「了解」
「来ると分かっていても嵐は嵐、か」
「不謹慎かも知れませんが、自分は嵐が来る前はワクワクするタチで。昔から」
「それ位でないとこの部署は務まらん」
「タワー2に感! 目標はテーマを発表。タワー1は沈黙」
「デフコン2発令」
「了解。デフコン2、発令します。あれ?……おかしいぞ」
「どうした?」
「入力を受け付けません。なんだこれ……ちょ、ウソだろ⁉︎ 名称不明のファイルを勝手にダウンロードしています! タワー1も同じ!」
「管理者権限の操作も受け付けない。プライマリも……セカンダリもだ!」
「ファイル名称不明が実行されました! どこかの侵入コードを解析してる……これは、うちのオフクロさんだ‼︎ 乗っ取られたタワー1他3台が基地マザーコンピュータ『ほくと』をハッキングしています‼︎」
少尉の拳がデスクを叩く!
迫るストーム24開催時刻!
乗っ取られた端末群と乗っ取られつつある主電算機群!
追い詰められた少尉と軍曹に起死回生の手段はあるのか⁉︎
待て! 次回!
「やられたな。ここまでやるとは……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます