ダイダロスの運び屋
情報自衛隊福山基地・備品管理部別室!
スチール棚の並んだ薄暗い倉庫の中でファイルやボールペンの数でも数えていそうな名前のこの部署の実態は!
ネットワークの海を監視し!
そのコンテンツの流動圧力をコントロールし!
情報社会の秩序と自由を守る非公然部隊である!
だが受難の時にあるこの部隊──通称「備管別」の二人は、今、予算と利用回線を絞られる不自由の中!
民間の研究機関「笠岡通信研究所」と協力、業務分担してなんとかその任務を遂行していた!
「笠岡通信研究所より入電。サブアカウント・フォックス2の通信を感知。ストーム24との関連、極めて小」
「……1時間も前のツイートじゃないか! 学者連中は寝てるのか⁉︎」
「返電は?」
「いつも通りでいい。文句は電話で言う!」「了解」
「奴らのリスク意識の低さときたら!」
「正に予算泥棒ですね……」
***
「……分かった。いや、いい。失礼する」
「笠岡はなんと?」
「所長は定時で上がって留守だそうだ。今は夜番の若い准教授一人らしい」
「無茶苦茶ですね」
「ああ。鈍い私の危機管理意識でも警報が鳴りっぱなしだ」
「このままじゃやばい、と?」
「正確にはこれ以上ないくらい非常にやばい、だな」
ストーム24!
それはネットワークを騒がす電子のフラッシュモブ!
深夜24時丁度に、テーマに沿った詩や絵画、楽曲などを一斉にWEBにアップする表現の饗宴!
今日と明日の間に燃え上がる創作の炎は、時にその熱量で回線を焦がし、サーバーを焼く!
備管別の少尉と軍曹は、その新世代の才能たちのビッグバンがネットワークのトラブルの原因となることを防ぐため!
そうなることでストーム24が、WEB上の表現活動が、あらぬ誤解を受けることを防ぐため!
その誤解を引き金に、情報の海の住民たちに新たな規制や圧力が掛かるのを防ぐために!
彼ら備管別はストーム24の創始者にして総指揮者「ノキグチ ガラク」を日夜監視している!
不定期開催の情報の嵐、「ストーム24」!
その予兆を決して見逃さぬように!
「外線3番、笠岡の遠藤准教授です」
「加藤だ。……いつ? ……内容は? ……分かった。いや、いい。そのまま転送してくれ。……ああ。いや、よく報せてくれた。今後は……ああ、すぐ転送でいい。感謝する」「来ました。フォックス2の通信の転送、と分析結果」
「……この手間暇で誰が得するんだ?」
「笠岡より再度入電。添付ファイルをメインに出します。」
***
>歌を歌おう 大切な人の歌を
>命が紡ぐ言葉に限りがあるなら
>その言葉を一つでも多く
>大切な人のために
***
「mrp値は?」
「現在0.89mrp」
「高くはないが……フォックス2のポスト、詩情があるな。探査頻度も上げられず、そもそも今は我々の査定対象じゃないが……」
「気になりますね」
「……だな。監視を続けろ。もう一度笠岡に電話する」
「了解」
***
「ああ。助かる。……いや、責任は私が持つ。明日所長には改めて私から電話しよう。ダイダロスの解析結果は?……そうか。君の責任ではない。ありがとう。失礼する」
「どうでした?」
「遠藤って准教授は有能だ。今の間にフォックス2の通信を傍受と同時にこちらに自動転送されるようサブルーチンを組んでくれたそうだ」
「やりますね。ダイダロスはなんと?」
「ループが生じて回答を保留」
「第五世代型のスパコンでも発した言葉から人間の心情や言葉に続く行動を予測するのは困難、というわけですね」
「所詮は機械、と、言いたいところだが。ダイダロスは実戦投入されて間がない。充分なデータが揃えば解析速度もその精度も向上するだろう」
「何でもかんでもAIとビッグデータですか? 我々は要らなくなりますね」
「AIがやらかした時に責任を取る人間は必要だ。責任者としての人間は残されるだろうな」
「夢がないなぁ」
「定時報告」
「関連投稿なし。mrp値、現在0.72。回線不可状況異常なし」
「うん」
「少尉。笠岡のサブルーチンをテストして宜しいですか?」
「テスト?」
「念のためです。笠岡に一報入れた上でTLにフォックス2のダミーポストを流します」「許可する。いい考え方だ軍曹。優秀な情報自衛官が信じるのは、自分の目と耳だけだ」
***
「ダミーポスト、スタンディングバイ」
「よし。プロミネンスウォール、閉鎖レベル1まで下げ。窓を開けるぞ。ポスト投下後、再度3まで上げる」
「了解」
「投下」
「投下します。……おお! すぐですね。笠岡より転送受信。タイムラグはこちらの送信からコンマ02秒。純粋に通信の往復時間と考えていいレベルです」
「サブルーチンはあてになる、ということか」
「優秀です。私見ですが反応速度から鑑みるにかなり軽いリストで構成されてるようです」
「短文は優なり。効果が同じなら軽く単純なものの方が優れているのは、漢詩もプログラムも同じだな」
***
「フタヨンマルマル。プラスヒト。フタ。サン」
「状況終了。ご苦労だった。クローズして上がろう」
「ふぃーっ、お疲れ様でしたー」
「ああ。お疲れ様」
「いやー、サブの『がらくた狐』がポエムなポストした時はどうなるかと思いましたが、何事もなかったっすね」
「化かすのが狐だ」
「『遠藤ポーター』のお陰で、少しだけマシになりましたね、新体制」
「そうだな……」
「少尉? どうなさったんです? 浮かない顔して」
「……軍曹、私は少し席を外す。15分で戻る」
「どちらへ?」
「電話を一本かけて来る。すまないがクローズを進めておいてくれ」
「ここからでは?」
「私物の携帯に番号がある。すぐ戻る。先方が寝る前に掛けたい」
「?……了解しました」
***
「異常はないか軍曹」
「お帰りなさい少尉。あとは日誌だけです」
「すまなかった。あとはこちらの仕事だ。先に上がっていいぞ」
「…………」
「どうした?」
「何を企んでらっしゃるんです?」
「実家に映画の録画を頼んだだけだ」
「映画? なんかやってましたっけ?」
「『スニーカーズ』。古い映画だ。BSの洋画劇場でな」
「聞いたことないなぁ」
「ノスタルジーだよ。世代が違うだろうな。ところで軍曹、『戦争論』のレポートは?」
「はっ! 鋭意読み進めている途中であります」
「どのあたりまで読んだ?」
「まっ……魔界統一トーナメント編あたりまで……」
「軍曹。まずは戦争論を入手しろ。今から72時間以内だ。いいな」
「……了解」
(くっ。また一日をマイナス指導受けて締めくくってしまった……。ただでさえ一対一で誘いにくいのに……!)
***
備品管理部別室!
少尉と軍曹、正隊員たった二人の棒のような縦社会!
軍曹はかねてより、仕事上がりに少尉と一度食事でもしたいと考えていた!
それは、彼自身が情報自衛官を目指すきっかけとなったある事件について、少尉と話したいがためである!
しかし、軍曹はノリは軽いが一対一の差し向かい誘いスキルは絶望的に低かった!
翌日!
『遠藤ポーター』はその威力を遺憾なく発揮し、備管別のモニターにはストーム24のリーダー、「ノキグチ ガラク」のサブアカウントのポストが次々と送られて来ていた!
だが、そのポストがストーム24の開催を示唆するかどうかは、
***
「活発だな、フォックス2」
「遠藤准教授さまさまですね。遠藤ポーター稼働良好」
「内容はストーム24とは関係なく見えるが……このポストの多さは気にかかる」
「添付されてるダイダロスの分析結果もそう判断してるようです。発動確率42.7%」
「発動があるとして回線の遅さを……どうカバーするかだな」
「ミスれば我々の責任ですもんね」
「それで済めばいいが……最後のフォックス1の通信は4日前?」
「いえ、5日前です」
「タイミング的にはそろそろな気もするが……フォックス2のポスト。仕事が忙しそうか?」
「ですね。ツイートも、休憩の間に見えます。これが直近三カ月分のポストの時間帯分布で、グリーンの帯が対象の休憩と推測されてる時間帯。今日のポストは全てその時間帯から発信されています」
「ポストは時限投稿も可能だから、これだけで狐の坊やが仕事が忙しいとは限らないが……」
「新体制……デフコン発令の判断が難しくなりますね」
「迷ったら発令する。それが空振りならいい。軍曹、現在のTLをスクリーンショットにしてこちらのモニタに回せるか?」
「可能ですが……関連ポストは皆無ですよ? フォックスも依然沈黙」
「分かってる。現在時刻が一画面に写り込むように領域指定を」
「了解。送ります」
「うん。これは動画でも記録可能だったな」
「?……ええ勿論。録画開始しますか?」
「合図から三十秒間。用意。……今」
「録画開始します
……録画終了」
「充分だ。内容もこちらで確認した。今録画した内容は消していい」
「……なんのテストです?」
「いや。特にこれと言った理由はない。ふと試してみただけだ」
「何かサプライズを用意してるなら、事前に言ってくださいよ?」
「それじゃサプライズにならんじゃないか。フタヨンまであと15分、か……」
「これ位が一番緊張します」
「私もだ」
「笠岡より入電。ダイダロスは対象を夜勤中と推定。発動確率8.9%。担当者のメモが添付されてます。読みます。『過去2年、対象が夜勤中にストーム24を発動したことはありません。お先に失礼します。遠藤』」
「今夜もあの准教授だったのか」
「そのようですね」
「電話応対もしっかりしていた。上司が小林所長では気苦労も多いだろうな。一度酒でも飲みたいものだ」
「その時はご一緒します!」
「どうした? 軍曹。怖い顔して。何か気に触ったか?」
「自分はいつもこんな顔であります!」
「……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます