忍びよる影

 ネット上の有力活動家「V.I.P.s」!

 強大な影響力を持つV.I.P.s「ノキグチガラク」!

 ノキグチガラクのWEBイベント「ストーム24」!

 そのコンテンツの膨大な量の情報をマネジメントし、実社会のトラブルを回避した情報自衛隊福山基地・備品管理部別室──通称「備管別」!


 少尉と軍曹!

 たった二人からなる非公然零細諜報部隊!

 彼らの秩序と自由の為の戦いを知る者は少ない!


 だが今、その秘密の霧の中を見透そうとする何者かの眼差しがあった!





「遅くなってすみません!」

「本来Bシフトの所を早く呼んだんだ。謝るのはこっちだ。すまなかった」

「本当ですか⁉︎ 我々の情報が漏洩してるって……!」

「これを見ろ」



***



>参加者の皆さんお疲れ様でした


>第49回ストーム24 お題は「爪」


>3月30日深夜24時開催分のまとめです


>春の嵐は強い風を伴います


>参加者の皆さんも、苦労性の監視者の皆さんも、風邪には気を付けて……



***


「うわ……」

「昨晩のログの送信状況を確認したい」

「了解です。ちょっと待ってください」

「使用したのは秘匿回線で間違いないな?」

「ダミー含めて144回線同期使用。暗号化もA-17の暗号化履歴がログに残ってます。ほらここ。ジャガンナートⅢ式暗号使用」

「確かジャガンナートは量子暗号を使ったタイプだったな」

「はい。ワンタイムパッド方式の量子暗号で、中でもⅢ式は落とし戸付き一方向関数を併用した深々度暗号です」

「落とし戸付き一方向関数……『ほくと』を使っても解析に10万年掛かる」

「回線から傍受できるわけがないし、傍受できたとして得られたデータを読めるわけがありませんよ」

「……軍曹。フォックス1が我々について言及した部分、何か気付かないか?」

「え……? なんです?」

「昨日の我々のやり取りをよく思い出してみろ」

「えーと、情報の海の風向きを変えることは我々には出来ません。ですがそれを記録し、分析し……」

「そこはもういい。もっと早送りだ。状況終了前後の話だ」

「……あ!」

「気付いたか?」

「苦労性の話は……ログを締めて送った後……」

「回線からの傍受じゃない」

「直接の……盗聴?」

「そうなるな」

「まさか、こうしてる今も?」

「どうかな。福島中将に報告を上げる。同時に警備主任の高木少佐に室内の洗浄を依頼しよう。少佐は防諜の専門家。盗聴器があれば見つけてくれるだろう」

「来てくれますかね」

「盗聴されてるなら、そもそも少佐の責任だ。責任は取ってもらうさ」

「見つけてもこっそり捨てて、無かったことにするんじゃないです?」

「結果的に盗聴器が撤去されるならそれでいい。しばらくは指示を含むコミュニケーションはLAN内ショートメールで行う。口頭での会話は最小限に」

「うえー。不便っすね」

「高木少佐には早く来るように頼んでおく」



 ***



「戻りましたー。あれ? 少尉ほんとにエアコン掃除してるんですか⁉︎ 言ってくれれば自分しますよ!」


 休憩から戻った軍曹が見たのは、リモコン操作で天井エアコンのフィルターユニットを下げてフィルターを交換する少尉の姿だった!


「君は花粉症気味だろう。粉塵を吸うような作業は辛いはずだ」

「かと言って少尉がなさるような仕事じゃないですよ」

「もう終わる。君と入れ替わりで高木少佐と警備部が来てな。備品管理部の表向きのイントラ端末があるだろう。そのコンセントタップから盗聴器が出た」

「マジっスか……」

「高木少佐のチームがカメラ#201の三ヶ月分の出入り記録を遡ってる」

「この部屋のドア前を抜いてる奴ですね」

「1時間ほどで終わる予定とのことだが、その間は念のため一切の業務を停止することになってな。他にすることもなかった」

「我々が疑われてるってことですか……」

「いや。例えば我々のどちらかが部内会話を録音したいならもっとバレにくい方法が幾らでもある」

「普通に出入りできるわけですからね」

「盗聴器はコンセントタップと一体になったタイプで、タップごと交換されていたようだ」

「えー……最初からあのタップじゃなかったでしたっけ……」

「正直、私もいつからあのコンセントタップだったか憶えていない。油断していたな」

「あ! コンセントタップ一体型ってことは電源はうちのコンセントから拾って半永久的に盗聴電波を飛ばし続けるんじゃ……」

「その通り。使い古された手だが盲点だった。このネットワーク時代に電波を飛ばす盗聴器で盗聴とは」

「くぅ……っ! 情報抜かれた上に盗聴に使う電気代までカマされてると思うと殊更ことさらに悔しいなぁ!」

「問題はだ。我々を盗聴していた連中の目的だ」

「え? 普通にノキグチ同盟のシンパでは?」

「我々の任務は見方によってはノキグチガラクの活動のフォローになっている。我々の情報を得て、例えば何か妨害する手立てを考えてるとしてだ。我々を妨害し、ストーム24が情報インフラの障害になって非難を浴びるのは彼らだぞ」

「まあ……そうですね」

「この備品管理部別室のセキュリティーレベルは5。この部屋に到達するまでに3つのチェックゲートを通る必要があるし、前の通路は夜間でも警備が巡回してる。軽い気持ちの悪戯などでできることじゃない」

「言われて見れば。プロの仕業……?」

「コンセントタップの管理をどうするか」

「目印つけてウィークでチェックとかするんですか?」

「いや。周囲の機器と封印のシールを付けて牽制だけしよう。中将の許可が出たらシールを用意する。それと軍曹。しばらくは言動に注意しろ。我々の会話から問題ある内容を拾って、それをネタに脅す、なんてこともあり得る」

「自分は職務中に問題発言などしません! その点はご安心を!」

「心配だ」

「そりゃないですよ」



 警備主任、高木の調査では、映像が保存されている三ヶ月の間、備品管理部別室に出入りした怪しい人物はいなかった!


 犯人不明のまま事件は一旦終息し、少尉と軍曹の業務停止も解除された!


 だが、この出来事は、のちに起こる大きな事件の、ささやかなプロローグに過ぎなかった!


***


 翌日!



「定時報告」

「はい。mrp値0.2プラスマイナス0.1。関連投稿なし。回線負荷も自然流動レベル。全て問題ありません」

「ネットワークは穏やかそのものか」

「少尉。盗聴の件、何か進展はあったんでしょうか?」

「さあな。第三者機関として陸幕二部が主管で捜査を進めているという話だが、今の所は何も」

「にしても卑怯な真似を。人の会話を盗み聞きするようなこてしやがって」

「我々だって似たようなものだ。だから部署として非公然なわけだし、今は準戦時状態だ。より手段を選ばない勢力が優位に立つのさ。悲しいことだが、それは我々人類のこれまでの歴史が証明してる。流血をいとう者は、これをいとわぬ者に必ず征服される、だ」

「クラウゼヴィッツですね」

「感心だな。勉強してるじゃないか」

「今ググッたんですよ」

「……軍曹。来週末までにクラウゼヴィッツの『戦争論』を読んでレポートを提出しろ。テーマは『戦争論における情報戦について』だ」

「りょ……了解」

「すまないが休憩は早めに取ってくれ。ヒトヨンマルマルから幕僚庁のヒアリングがある」

「ヒアリング? エアコンの文句言ってくださいよ」

「相手は中将の上の官僚たちだぞ。君なら言うのか?」

「言います!」

「そうだな……君がここの室長になったらそうしてくれ」



 備管別は、情報自衛隊福山基地のホストサーバーとは別に、独立したサーバーを持っている!

 イザナミ、イザナギと呼ばれるその正、副二系統のサーバー群は緊急時に備え、その二台だけで市全体の通信網の管制が可能な性能を与えられている!

 だが、その作動時の発熱量は甚大で、温度管理なしに稼働させればサーバールーム内の室温は数十秒で摂氏70度を超える!

 そのためサーバールームのエアコンだけは定期的に更新され、ほぼその性能限界で稼働し続けており、サーバールーム内は常時15度前後に保たれているのだ!




「ストーンカラーの背広連中め! 話にならん!」

「お帰りなさい少尉。何があったんです?」

「備管別の予算が削減される」

「は? 常勤二名で休暇シフトを他部署からのヘルプで補ってる零細部署からどうやって?」

「回線の使用量を圧縮するとさ」

「え⁉ ……カレーからルーを抜くって話でか?」

「探査頻度はMAX980ppsパーセカンド。提携サーバーホストも三社から一社に絞られる。並列同期でアクティベートできる本数も48本。……決定だそうだ」

「探査能力ばガタ落ち。活動の秘匿性はダダ下がりですね。いつからです?」

「31日付で施行」

「了解……って明日じゃないですか!」

「いや、本日ヒトハチマルマルからだ。削減した回線で運用試験を実施。そのまま新体制に移行する」

「ただでさえ漏洩の疑いがあるのに……」「査定対象はフォックス1だけになる。サブアカウントのフォックス2は笠岡がやるそうだ」

「関係ないでしょ? 我々の探査能力は回線能力に正比例です。」

「全くだ」



***


『ただ今より 午後6時 丁度 を お知らせします』


【ピッ……ピッ……ピッ……ポーン♬】



「これが最大? 980pps?」

「はい」

「遅いな」

「遅いですね。学生の頃、警察消防のイントラ傍受を仲間と遊びでやってたんですが、その時でさえ実効速度は1080ppsでしたからね」

「市販のPCと一般の回線で?」

「そこはまあ……色々と」

「おおっぴらには出来ないやり方か?」

「万一、少尉に迷惑がかかるといけませんし」

「よく言う」

「これ、監視対象のポスト漏れませんかね?」

「ノキグチガラクの主な利用媒体を考慮すれば丸々漏れたりはしないと思うが、タイムラグはあり得るな」

「例えば24時直前に開催告知が出て、タイムリーにそれをキャッチできなかったら……」

「…………」

「SNSが見られなくなるくらいならまだしも、医療施設や交通機関、横島原発のシステムなんかにストーム24の影響が出たら大事おおごとっすね」

「二重三重のセーフティネットを一足飛びして原発が爆発することはないだろうが、下手をすればストーム24 が潰されるばかりか、ネット上の表現活動に法律上の新たな制限が付く」

「その前に我々の進退ですよ。って言うか『退』一択でしょうけど」

「意見具申はしよう。それとは別に何か緊急手段は準備しておかなければな」

「お……なんかキナ臭いなぁ。悪いこと考えてるなら手伝いますよ」

「今はいい。万一、軍曹に迷惑が掛かるといけないしな」

「自分は少尉と一蓮托生、一心同体のつもりであります!」

「認識を改めてくれ。君と私は二蓮分乗、二心別体だ」

「ええー冷たいなー」

「これが普通の社会人の温度だ」



 新体制の低い処理能力に危機感を抱く少尉と軍曹!

 その悪い予感は、すぐに具体性を帯びた形で現実となって行った!






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